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ラストエピソード1

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 人間のいない夕暮れの教室。アカネがただ一人、椅子に座っていた。今日の昼間に水城イチコに待つように言われたのだ。
 話は2人切りでしたいとの事だったので、内容はまだ聞いていなかった。

「すまない、待たせたね。アカネ」
「ああ、イチコ」

 教室の後ろの扉が開き、イチコが入ってきた。アカネは随分な時間を待たされていたが、気にする風もなく挨拶を返した。

「どうしたの、用事って?」
「それなんだけどさ」

 イチコはアカネの隣の席に座り、辺りを確認する。

「アオって、もう帰ったよね?」
「アオ?知らないけど連絡する?」

 アカネがスマホを取り出すが、イチコは慌てて制止した。

「違う違う。アオのいない所で話したいんだよ」
「それって陰口?陰口はいけないって、漫画で言ってた」
「違うって……」

 イチコはアカネの物言いに困り、表現を探しているようだ。

「これはさ、乙女の秘密って奴なのよ。それが男子にバレたら、たちまち学校中のゴシップになって、白い目で見られちゃう。特にアオは陰キャ寄りだから、乙女の秘密を知ったら弱みを握って、エロいこと要求してくるかもしれない訳よ、エロ同人誌みたいに」
「そうなの?」
「そうなの。だから、これはアオに知られたらいけない話」

 イチコの適当な話を、アカネは分かったと受け入れた。真面目なアカネの受け答えに苦笑いしつつ、イチコは真剣な話を切り出していく。

「茅ヶ崎ユウミさんっていう私の知り合いがさ、行方不明になったの。知ってる?」
「ん~、所長がそんなことを言ってた気もするけど」
「さすが探偵事務所ね。頼りになる」

 イチコは自分のスマホを取り出した。

「ユウミさんは女子大生なんだけど、アオとも知り合いらしかったの。で、失踪する直前に、最後に会ったのもアオらしい」
「アオが?」
「そ!それで気になって調べてたらさ……アオが失踪に関わっている可能性が出てきてさ」
「それ本当の事?」
「本当………いえ、ちょっと待ってね」

 イチコは言い難そうに言葉を止める。
 しばらく悩んでいたが、決心がついたように話し始める。

「正確には失踪じゃなくて、アオに殺されたんじゃないかって、私は思ってる。証拠はスマホに入ってる」

 イチコはスマホを操作して、画像を表示させようとする。
 しかし教室の外に気配を感じて、慌ててスマホをしまった。

「アカネちゃん、まだ帰らないの?」

 教室の外から、アカネを呼ぶ声が聞こえる。
 マキの声だ。彼女は帰宅部で、本当ならもう帰っている筈だ。

「マキ?なんであの子が?アカネって、マキと一緒に帰る約束とかしてる?」
「ううん?喋ったこともない」
「ち……あの子、アオが推しだっけ」

 イチコは少し迷う素振りを見せたが、諦めてように席を立つ。

「後で話をしたいから、え~と……また連絡する。会って話したいから」
「え?うん」

 イチコは逃げるように、教室を出ていく。
 それと入れ替わるように、マキが教室に入ってきた。

「アカネちゃん、イチコちゃんと話してたの?」

 マキはアカネの席に近付き、立ったまま話しかけた。

「うん。アオの事だって」
「アオくんの……何の話?」
 
 イチコは、青や男子に知られてはいけない秘密の話だと言った。ならば男子ではないマキには話していいのだと、アカネはどうにも判断してしまう。

「茅ヶ崎ユウミの失踪に、アオが関わってるかもって話だった」
「そう……」

 マキは心当たりがあるのか、しばし考え込む。
 そしてアカネの席に手をついて、イチコの悪い噂を囁き始めた。

「イチコちゃんってさ、パパ活してお金稼いだり、その弱みを握って相手を脅したりしてるらしいよ」
「それ本当?」
「本当。イチコちゃんの彼氏……ってか元カレ?別れてるかは知らないけど、そいつが言ってた。犯罪者だよね」
「犯罪者なの?」
「そうだよ、犯罪者!アカネちゃんの家って探偵で、警察とも付き合いあったりするんだよね」
「うん、サカキ兄とか、連絡取ったりはするよ」
「じゃあさ、イチコちゃんも捕まえたり出来る?」
「証拠があれば、捕まったりするとは思うけど」
「本当?じゃあさ、イチコちゃんの彼氏と連絡するから、会って話を聞かない?証拠持ってるって言ってたし」
「うん、大丈夫だよ。犯罪者だったら、放置する訳にはいかないし」
「ありがと~、アカネちゃん優しいね」

 マキは人懐っこい笑みを浮かべ、どこかに連絡を取る。
 暫く真顔で、メッセージのやり取りをしていた。

「イチコちゃんの彼氏、会ってくれるって。アカネちゃん美人だよって教えて上げたら、今晩でも来てくれって言ってる。予定行ける?」
「うん、大丈夫だよ」
「アカネちゃんホント優しいね。じゃ、会う場所と時間詰めとくね」

 そう言うとマキはアカネの机に腰掛け、メッセ―ジのやり取りを再開する。
 アカネは椅子に座ったまま、する事もなくマキの手元を見詰め続けていた。

「あ、イチコちゃんから合う場所の連絡来たら、教えてね」

 マキはそう言えばと、一番大事な事を付け加えた。
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