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第一章『異世界転生』1

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「は!すっげーじゃん!ゲームみてー!」
トウタ達が召喚された神殿に、カズオの興奮が響く。彼はURというヤツで、スキルが3つあるらしい。
スキルの所持数は、URとSSR+が3つ、SSRとSR+が2つ、それ以外が1つとの事だ。
「ゲームと思って貰っては困る。ここは君達にとっては異世界だが、れっきとした現実だ。前向きな姿勢は、いいことだがな」
長身で長い黒髪をポニーテールにした美人が、はしゃぐカズオを窘める。
彼女はどう見ても、トウタ達の担任のレイカ先生だった。しかし、レイカ先生の体を使っているだけで、実際はトウタ達を呼び寄せた召喚主らしい。
(召喚って…どういう事……?)
薄暗い神殿には、見知った顔が20人程並んでいる。
彼らは2年C組D組合同のバスに乗っていた40名。その半分だった。
(異世界……でも僕達は、バスの事故で……)
死んだのでは?
心に思い浮かべそうになった凄絶。首を振って追い払い、召喚者とカズオの話に耳を傾けた。
「異世界ってなんだよ!上がる!俺は勇者って訳?」
「この世界に勇者と言う職業はない。だが、世界を救って貰いたいのは確かだ」
「キター!まじで?スゲ!」
カズオは興奮したまま、自分のこめかみを叩いた。
(確かこめかみを叩くと……スキルが分かるんだっけ……?)
『スキル表示』
「!?」
こめかみを叩くと、不思議な音声が頭の中に流れ、目の前にウインドウが開かれる。
所有スキル1/1『ディレイ』
ウインドウには、虹色の文字が浮かぶ。文字に触れると電子音と共に、テキストが切り替わった。
『ディレイ』効果:遅くなる、対象:自分、持続時間:短、消費体力:大、クールタイム:短
「……え?」
自身のスキルの説明文を確認し、間抜けな声を出してしまった。
使えなさ過ぎるのではないか?表示が何か間違っているのか?
焦りに支配され、トウタは周りを見回した。
どうせ皆もこんなモノなのでは?
何て後ろ向きな仲間探しは、耳を劈く雷光に遮られた。
「うわ……!」
トウタは強烈な光で網膜に熱を感じ、慌てて腕で顔を覆う。吹き飛ばされそうになりながら、雷音の出所を探した。
スキルの発生自体は見逃してしまったが、周りの称賛から見るに、雷はカズオによるものらしかった。
「すっげーな、UR!」
「さすがねー。URなだけあるわ」
トウタは気が抜けたように彼らを眺め、やがて力なく俯いた。
現実で目立っていた奴は、どこに行ったって自信満々で。
真実に目立たない自分は、どこに逃げたって変わらない。
「おい、トロタ。スキルで勝負しようぜ」
カズオに触発された周囲は熱気に満ち、各々のスキルを確認し合っている。未知の力に弾む空気の中、ある人物がトウタに声を掛けた。
彼はジュン。上位カーストグループの1人だ。
ジュンのニヤついた顔を見れば、レア度Nのトウタを揶揄うつもりなのは一目瞭然だった。トウタは助けて欲しそうにレイカを見やるが、彼女は生徒達のいざこざに、別段の関心は無さそうだった。
「おら、立てよ!トロタ!」
「わ、分かったよ……」
勝負?戦うってなんだ?
トウタは立ち上がるも混乱したまま。
その間にジュンは手を前に翳し、トウタに向けてスキルを叫んだ。
「『ファイヤーボール』!」
途端ジュンの掌から、巨大な火の弾が発射された。
直径50センチほどの火球は、途方もない質量と熱量を有している。
「ぅ…く……!」
火の弾の軌道が逸れ、トウタの3メートルほど右に着弾した。
それでも威力は十全を超える。
怒涛の爆風と熱波がトウタを焼き、恐ろしい力が床へなぎ倒した。
「こんな…本当に……!」
トウタは歯を鳴らし、尻もちを付いたまま、絶望の目をジュンに向ける。
震える足で立ち上がり、一縷の望みを賭けて、自身のスキルを呼び覚ました。
「『ディレイ』!!」
途端、世界が重くなった。
(なんだこれ……?ラグ…い!)
世界がカクついている、とでも言うのだろうか?
耳が聞こえない、体が動かない、思考が働かない。集中しないまま試合に出た様な浮遊感がせり上がり、周囲を途切れ途切れにしか認識できなくなる。
ジュンが早送りに腕を構え、蔑む表情にすげ変わったあたりで、意識が統合を取り戻した。
「ぐ………!!」
脳味噌を無理矢理逆逆巻きにコマ送倍速ににされたかの如きききき情氾濫報の氾濫。
脳と脊髄を分断する強烈な酔いに、胃の内側が刺し潰されていく。
「トロタ、面白すぎるだろ。止まっただけとか!相変わらず、使えねーやろーだな!『ファイヤーボール』」
嘲笑と共に、ジュンの火弾が向かってくる。迫る熱さが脳奥を焦がし、避けられない事実が眼球に焼き付いた。
「『セイントウォール』」
「うわ……!」
透明な壁がトウタの前に現れ、ジュンの炎が弾け飛んだ。
どうやらレイカの防御用スキルらしい。光の壁を貫けなかったことが不満なのか、ジュンは苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
トウタは助かった事実に安堵する前に、無力感に押し潰されそうになってしまう。
「皆のスキルを整理したい。少し集まってくれ」
レイカが説明を始めていたが、トウタは世界に取り残されたままの気分。
話を聞く余剰など、到底持ち合わせてはいなかった。
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