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第一部 1章 ラジオ
第17話
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「え、このまま帰るのか?」
「え、うん」
「マジか。何かしてかねえか。そうだ、あの店のおじさんの猫の様子訊きに行こうぜ」
「あ、それはもう俺聞いてきたよ。今入院してるらしいぜ」
ユースケの報告に一同が感心したように「おおー」とかよく分からない言葉を上げていた。皆の意識が店主の飼っていた猫に向いたのを見計らってユースケが帰ろうとすると、タケノリたちは我に返って「ちょっと待てってば」とユースケを呼び止める。
「俺、今日ちょっと用事あるから」
「何だよ。初めから言えよ」
ようやく訳を話したユースケに、カズキがうんざりしたように毒づいた。そう言いながらもあっさり納得したカズキをよそに、首を傾げたタケノリは不思議そうにユースケを見つめていた。その視線に気がついたユースケは、その視線から逃げるように「じゃあ、そういうことだから」と言ってさっさと森の奥へと入っていった。タケノリたちはその後を追わずに、鬱蒼とした森の奥へと消えていくユースケの後ろ姿をじっと見送っていた。
帰宅したユースケは、真っ先に自分の部屋に戻ったかと思うと、おもむろに引き出しや貯金箱を手当たり次第にひっくり返した。授業に真面目になったと言っても普段の生活態度にさして変化のなかったユースケの部屋は相変わらず折り畳まれたはずの服や教科書などが乱暴に散らかっている状態であったため、その中から必要な物を拾い出すのにも苦労していた。そのうちに母親と妹のユリが帰ってくる音が聞こえてくるが、ユースケはそれらにテキトーに返事してはマイペースに、普段学校で使っているよりも大きめの鞄を探し始めた。
砂浜の貝殻を探すように慎重に床を歩き回った結果、そんな鞄はどこにも見当たらず、物置と化したクローゼットの中の、昔着てもう今は着られなくなった服や昔に使ったきりの教科書などが積み上げられた山に埋もれていると判断したユースケは、その山に清々しいほど勢いよく手を突っ込んだ。積み重なっていた物がなだれ込んできたタイミングでユリが部屋に入ってきた。そんなタイミングで入ってきたものだからユリも呆然とし、ユースケもユリに構おうかなだれ込んできて余計に散らかった部屋をどうにかしようかと悩み手が右往左往していた。
呆然としたまま動けないでいるユリに、ユースケもひとまず余計に散らかった部屋のことは後回しに、部屋の物を踏まないように千鳥足でユリの方へと向かった。バランス感覚に乏しいユースケは時折転びそうになり、その度にユリが「あっ」と小さく悲鳴を上げるもそれ以上言葉が出てこない様子であった。
「おーい、どうしたんだユリ」
バランスを保とうとした結果なのか、手を変な方向に伸ばしてやけに腰をくねらせた状態で近寄ってきたユースケにユリは無意識に後ずさりしていた。ユースケがそのままの体勢で手をかざしてみると、微動だにしなかったユリがはっと息を飲んで我に返った。それでも微妙な顔でユースケを胡散臭く見つめている。ユースケはその体勢が変に気に入ったのか、腰をくねらせたままである。
「お母さんが呼んでるよって言いに来たんだけど……お兄ちゃんこそ、どうしたの?」
ユリが怯えた様子でユースケの背後を指差す。ユースケもその指につられて自分の部屋を振り返り、ユースケはびくびくしたユリの態度はこの部屋の散らかりように引いているからなのだと解釈した。
「ちょっと部屋の整理してたんだよ。探し物とかもあってな」
怯えるユリに反して暢気な口調でユースケが答えた。その返答にもユリは間抜けな声で「はあ」と返すだけで依然としてユースケとユースケの部屋をぼんやり見つめていた。ユースケも案外薄情なもので、じっと動かないユリを放置して腰をくねらせた体勢のままその横をするりと通り抜けると、そのまま自分のことを呼んでいるという母親の元へと向かった。
ユースケがリビングに入ってくるなり早々、母親はユースケの姿を認識して途端に眉を顰め、「気持ち悪いねえ」と感想を漏らし、ユースケもようやく腰をくねらせた体勢をやめて、すっと背筋を伸ばした。自分の息子とは思えないほど背が高くなったユースケを忌々しく見つめながら母親は嘆息吐いた。
「あんた、最近勉強頑張ってるみたいだけど、学校出たらどうするつもりなの?」
母親のその疑り深い声には、どこか「まさか大学校に行くつもりじゃないでしょうね」と非難めいた声色が含まれていた。ユースケに似て強かな母親は、それだけ尋ねると返事も聞かぬ間にさっさと夕食の準備に取り掛かった。手が洗われ、爪の間にまで入り込んだ泥が流されていくのをユースケはじっと眺めていた。すると、急に自分の用がまだ済んでいないことを思い出し、ユースケは途端にそわそわし始めた。
「そこまではまだ考えてないけど、とりあえず勉強は頑張ることにしたから」
ユースケは早口にそう言って、すぐに踵を返して自分の部屋へ戻ろうとした。水を止めて冷蔵庫の中身と睨めっこしている母親は「ふーん」と気の抜けた声で返事をしただけだった。自分で呼び出しておいて返事がそれだけなのもどうかという感じではあるが、ユースケにはそれを気にしている余裕もなかった。
ペタペタと廊下を走り、急いで自分の部屋へ戻ると、未だに部屋の入り口でユリが立ち尽くしていた。雑然とした部屋を背景に佇むユリの姿は全くと言って良いほど似合わなかった。
「おーい、どうしたんだユリ」
ユースケが再びユリの目の前で手をかざしてみると、ユリも再び「あっ」と短い悲鳴を上げて慌てたようにユースケを振り返る。その拍子に何かを踏んづけてしまったようで、顔を顰めたユリは片足を上げて足裏を確認すると、小銭が二、三枚張り付いていた。
「お兄ちゃん、お金床にばら撒かないでよ」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」
「というか、お金だけじゃないけどさ。床は汚すためのものじゃないよ」
「分かった分かった。分かったからちょっとどいてくれ」
ユースケはユリを部屋の外へ無理やり移動させてずかずかと部屋の中に入り、貝殻探しのような作業を再開させた。ユリの足裏に張り付いていた小銭を拾うのも変な感覚がしたが、その小銭も含めてお金を拾ったり、散らかっていた物をユースケなりに端に追いやったり、その中から必要な物を拾ったりしていた。腰をかがめて、いつになくそんなことを真面目な顔つきでするユースケの様子に、ユリは胸がざわついてきた。ユリはそのざわつきを押さえ込もうと無意識に胸に手を当てた。
「ねえお兄ちゃん、何してるの?」
「ん? ちょっとした遠出する準備」
あまりにもすんなりとそう答えたために、ユリは一瞬その言葉の意味を飲み込めずきょとんとした。やがてその言葉が頭の中で反芻し、やっとその意味を理解して「えっ!」と驚くと同時に、ユースケも「あ」と間抜けな声を出した。腰を丸めていたユースケの身体がまっすぐ伸び、弁明するかのように手をむやみに動かしていた。まるで浮気がバレた父親のような慌てぶりである。
「お兄ちゃん、どこ行くの? 遠出って……まだあの惑星も見えてないよね?」
「いや、ちょっと待て落ち着けって」
「お兄ちゃんが落ち着いてよっ」
そう詰め寄るユリもにわかに顔色が悪くなってきており、ユースケは慌ててユリに駆け付ける。迫って来るユースケに対してユリが反射的に後ずさりしようとするが、足に力が入らなくなっており、ふらふらとした危うい足取りになってしまい、転びそうになる。すんでのところでユースケが支えると、ユリも少しだけ安心したように息を吐くが、顔色はますます悪くなっていく。見た目にも細かったユリの身体は、実際に触れてみるとさらに頼りなく感じられ、肉付きの貧しさから女の子特有の柔らかさも感じにくかった。ユースケは、穴が開いてしまうのではないかと思うほど、顔色を悪くするユリの顔を一心に見つめていた。
そんなユースケの視線に気づいたユリは、ゆっくり瞼を開け、安心させるように優しく微笑んだ。そっと自身の身体を支えるユースケの手に自分の手を重ねた。
「大丈夫、だから。私、立てるから、ありがとうね」
ユリの手に力がこめられ、ユースケもユリの意思を汲んでゆっくりと手を離していく。完全にユースケの手が離れても、ユリは足をふらつかせながらも何とか普通に立つことが出来た。顔色は依然として悪いままで、無理して作るユリの笑顔に、ユースケは胸が痛んだ。
「なんていう顔してるのお兄ちゃん。良いから、さっきの説明してよ」
「いや、さっき言ったのでほとんどだけど」
「どんくらい遠出するの」
ユリを支えながら部屋に送り届けている間、ユリはユースケを質問攻めした。ユースケとしても自分でもどうなるか分からない遠出になると考えていたため、曖昧に答えながら、ユリを無事に送り届けることに意識を集中させた。部屋に着く頃には、ユリも一通り聞きたいことを聞けたのか、満足したような顔になっており、顔色も心なしか戻っていた。ユースケの部屋と違って、床に桃色の絨毯が敷かれた落ち着いた部屋を背景に立つユリは、儚くも絶妙にその部屋の雰囲気にマッチしていた。
「ありがとうね、お兄ちゃん」
ユリがそう言って手を振るも、ユースケは憮然として入り口に突っ立ったまま立ち去ろうとせず、じっとユリを見つめていた。ユリもユースケの頑なな態度に呆れたようにため息をつくと、そのまま自分のベッドへと真っ直ぐに戻っていった。それを見届けてから、ユースケもようやく自分の部屋へと戻っていった。それでも、時折ユースケはユリの部屋を振り返った。閉じられた扉は開く気配を見せず、部屋は黙り込んでいるように物音ひとつ聞こえてこなかった。その静けさが何だか怖くなって、ユースケは何度もユリの部屋を振り返り、やがて自分の部屋の扉に頭をぶつけた。
「え、うん」
「マジか。何かしてかねえか。そうだ、あの店のおじさんの猫の様子訊きに行こうぜ」
「あ、それはもう俺聞いてきたよ。今入院してるらしいぜ」
ユースケの報告に一同が感心したように「おおー」とかよく分からない言葉を上げていた。皆の意識が店主の飼っていた猫に向いたのを見計らってユースケが帰ろうとすると、タケノリたちは我に返って「ちょっと待てってば」とユースケを呼び止める。
「俺、今日ちょっと用事あるから」
「何だよ。初めから言えよ」
ようやく訳を話したユースケに、カズキがうんざりしたように毒づいた。そう言いながらもあっさり納得したカズキをよそに、首を傾げたタケノリは不思議そうにユースケを見つめていた。その視線に気がついたユースケは、その視線から逃げるように「じゃあ、そういうことだから」と言ってさっさと森の奥へと入っていった。タケノリたちはその後を追わずに、鬱蒼とした森の奥へと消えていくユースケの後ろ姿をじっと見送っていた。
帰宅したユースケは、真っ先に自分の部屋に戻ったかと思うと、おもむろに引き出しや貯金箱を手当たり次第にひっくり返した。授業に真面目になったと言っても普段の生活態度にさして変化のなかったユースケの部屋は相変わらず折り畳まれたはずの服や教科書などが乱暴に散らかっている状態であったため、その中から必要な物を拾い出すのにも苦労していた。そのうちに母親と妹のユリが帰ってくる音が聞こえてくるが、ユースケはそれらにテキトーに返事してはマイペースに、普段学校で使っているよりも大きめの鞄を探し始めた。
砂浜の貝殻を探すように慎重に床を歩き回った結果、そんな鞄はどこにも見当たらず、物置と化したクローゼットの中の、昔着てもう今は着られなくなった服や昔に使ったきりの教科書などが積み上げられた山に埋もれていると判断したユースケは、その山に清々しいほど勢いよく手を突っ込んだ。積み重なっていた物がなだれ込んできたタイミングでユリが部屋に入ってきた。そんなタイミングで入ってきたものだからユリも呆然とし、ユースケもユリに構おうかなだれ込んできて余計に散らかった部屋をどうにかしようかと悩み手が右往左往していた。
呆然としたまま動けないでいるユリに、ユースケもひとまず余計に散らかった部屋のことは後回しに、部屋の物を踏まないように千鳥足でユリの方へと向かった。バランス感覚に乏しいユースケは時折転びそうになり、その度にユリが「あっ」と小さく悲鳴を上げるもそれ以上言葉が出てこない様子であった。
「おーい、どうしたんだユリ」
バランスを保とうとした結果なのか、手を変な方向に伸ばしてやけに腰をくねらせた状態で近寄ってきたユースケにユリは無意識に後ずさりしていた。ユースケがそのままの体勢で手をかざしてみると、微動だにしなかったユリがはっと息を飲んで我に返った。それでも微妙な顔でユースケを胡散臭く見つめている。ユースケはその体勢が変に気に入ったのか、腰をくねらせたままである。
「お母さんが呼んでるよって言いに来たんだけど……お兄ちゃんこそ、どうしたの?」
ユリが怯えた様子でユースケの背後を指差す。ユースケもその指につられて自分の部屋を振り返り、ユースケはびくびくしたユリの態度はこの部屋の散らかりように引いているからなのだと解釈した。
「ちょっと部屋の整理してたんだよ。探し物とかもあってな」
怯えるユリに反して暢気な口調でユースケが答えた。その返答にもユリは間抜けな声で「はあ」と返すだけで依然としてユースケとユースケの部屋をぼんやり見つめていた。ユースケも案外薄情なもので、じっと動かないユリを放置して腰をくねらせた体勢のままその横をするりと通り抜けると、そのまま自分のことを呼んでいるという母親の元へと向かった。
ユースケがリビングに入ってくるなり早々、母親はユースケの姿を認識して途端に眉を顰め、「気持ち悪いねえ」と感想を漏らし、ユースケもようやく腰をくねらせた体勢をやめて、すっと背筋を伸ばした。自分の息子とは思えないほど背が高くなったユースケを忌々しく見つめながら母親は嘆息吐いた。
「あんた、最近勉強頑張ってるみたいだけど、学校出たらどうするつもりなの?」
母親のその疑り深い声には、どこか「まさか大学校に行くつもりじゃないでしょうね」と非難めいた声色が含まれていた。ユースケに似て強かな母親は、それだけ尋ねると返事も聞かぬ間にさっさと夕食の準備に取り掛かった。手が洗われ、爪の間にまで入り込んだ泥が流されていくのをユースケはじっと眺めていた。すると、急に自分の用がまだ済んでいないことを思い出し、ユースケは途端にそわそわし始めた。
「そこまではまだ考えてないけど、とりあえず勉強は頑張ることにしたから」
ユースケは早口にそう言って、すぐに踵を返して自分の部屋へ戻ろうとした。水を止めて冷蔵庫の中身と睨めっこしている母親は「ふーん」と気の抜けた声で返事をしただけだった。自分で呼び出しておいて返事がそれだけなのもどうかという感じではあるが、ユースケにはそれを気にしている余裕もなかった。
ペタペタと廊下を走り、急いで自分の部屋へ戻ると、未だに部屋の入り口でユリが立ち尽くしていた。雑然とした部屋を背景に佇むユリの姿は全くと言って良いほど似合わなかった。
「おーい、どうしたんだユリ」
ユースケが再びユリの目の前で手をかざしてみると、ユリも再び「あっ」と短い悲鳴を上げて慌てたようにユースケを振り返る。その拍子に何かを踏んづけてしまったようで、顔を顰めたユリは片足を上げて足裏を確認すると、小銭が二、三枚張り付いていた。
「お兄ちゃん、お金床にばら撒かないでよ」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」
「というか、お金だけじゃないけどさ。床は汚すためのものじゃないよ」
「分かった分かった。分かったからちょっとどいてくれ」
ユースケはユリを部屋の外へ無理やり移動させてずかずかと部屋の中に入り、貝殻探しのような作業を再開させた。ユリの足裏に張り付いていた小銭を拾うのも変な感覚がしたが、その小銭も含めてお金を拾ったり、散らかっていた物をユースケなりに端に追いやったり、その中から必要な物を拾ったりしていた。腰をかがめて、いつになくそんなことを真面目な顔つきでするユースケの様子に、ユリは胸がざわついてきた。ユリはそのざわつきを押さえ込もうと無意識に胸に手を当てた。
「ねえお兄ちゃん、何してるの?」
「ん? ちょっとした遠出する準備」
あまりにもすんなりとそう答えたために、ユリは一瞬その言葉の意味を飲み込めずきょとんとした。やがてその言葉が頭の中で反芻し、やっとその意味を理解して「えっ!」と驚くと同時に、ユースケも「あ」と間抜けな声を出した。腰を丸めていたユースケの身体がまっすぐ伸び、弁明するかのように手をむやみに動かしていた。まるで浮気がバレた父親のような慌てぶりである。
「お兄ちゃん、どこ行くの? 遠出って……まだあの惑星も見えてないよね?」
「いや、ちょっと待て落ち着けって」
「お兄ちゃんが落ち着いてよっ」
そう詰め寄るユリもにわかに顔色が悪くなってきており、ユースケは慌ててユリに駆け付ける。迫って来るユースケに対してユリが反射的に後ずさりしようとするが、足に力が入らなくなっており、ふらふらとした危うい足取りになってしまい、転びそうになる。すんでのところでユースケが支えると、ユリも少しだけ安心したように息を吐くが、顔色はますます悪くなっていく。見た目にも細かったユリの身体は、実際に触れてみるとさらに頼りなく感じられ、肉付きの貧しさから女の子特有の柔らかさも感じにくかった。ユースケは、穴が開いてしまうのではないかと思うほど、顔色を悪くするユリの顔を一心に見つめていた。
そんなユースケの視線に気づいたユリは、ゆっくり瞼を開け、安心させるように優しく微笑んだ。そっと自身の身体を支えるユースケの手に自分の手を重ねた。
「大丈夫、だから。私、立てるから、ありがとうね」
ユリの手に力がこめられ、ユースケもユリの意思を汲んでゆっくりと手を離していく。完全にユースケの手が離れても、ユリは足をふらつかせながらも何とか普通に立つことが出来た。顔色は依然として悪いままで、無理して作るユリの笑顔に、ユースケは胸が痛んだ。
「なんていう顔してるのお兄ちゃん。良いから、さっきの説明してよ」
「いや、さっき言ったのでほとんどだけど」
「どんくらい遠出するの」
ユリを支えながら部屋に送り届けている間、ユリはユースケを質問攻めした。ユースケとしても自分でもどうなるか分からない遠出になると考えていたため、曖昧に答えながら、ユリを無事に送り届けることに意識を集中させた。部屋に着く頃には、ユリも一通り聞きたいことを聞けたのか、満足したような顔になっており、顔色も心なしか戻っていた。ユースケの部屋と違って、床に桃色の絨毯が敷かれた落ち着いた部屋を背景に立つユリは、儚くも絶妙にその部屋の雰囲気にマッチしていた。
「ありがとうね、お兄ちゃん」
ユリがそう言って手を振るも、ユースケは憮然として入り口に突っ立ったまま立ち去ろうとせず、じっとユリを見つめていた。ユリもユースケの頑なな態度に呆れたようにため息をつくと、そのまま自分のベッドへと真っ直ぐに戻っていった。それを見届けてから、ユースケもようやく自分の部屋へと戻っていった。それでも、時折ユースケはユリの部屋を振り返った。閉じられた扉は開く気配を見せず、部屋は黙り込んでいるように物音ひとつ聞こえてこなかった。その静けさが何だか怖くなって、ユースケは何度もユリの部屋を振り返り、やがて自分の部屋の扉に頭をぶつけた。
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