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子ども時代を愉しんで
15:入学式とパートナー
しおりを挟むハーディマン侯爵家の図書室は
最高だった。
騎士の家系だというだけあって
兵法や歴史の本が山ほどあったし、
過去には他国との戦争もあったのだろう。
俺が読んでも良かったのか
若干不安にはなるが、
図書室には過去の侯爵家当主の
日記のようなものもあり、
当時の他国との情勢や
交流の仕方、異文化に対する
感情なども読むことができた。
偏見や差別も入っていたが
生々しい言葉に
俺は感動さえした。
今、辺境はハーディマン侯爵家の
分家が辺境伯として
他国との領地の境を守っている。
分家とは言っているが、
最初に辺境伯を賜ったのは
過去のハーディマン侯爵家の
当主だったらしい。
戦時中だったらしく、
弟を本家の跡継ぎにして
自分は辺境を守るのだと
決意に満ちた手記を読んだ時は
思わず涙が出た。
俺はなんとなくこの世界は
あのパズルゲームの世界だと
思っていたけれど、
そうではない。
この世界はゲームなどではなく、
現実であり、多くの人たちが
築きあげた歴史があるのだと
そう感じることができた。
俺は今、ここに生きているのだ。
兄が学校の宿題が終わったと
言い出す頃、俺たちは
公爵家に帰ることになった。
さすがに他人の家に
何週間も居座るわけにはいかない。
俺は後ろ髪を引かれる思いで
図書室を後に押したが、
ヴィンセントは自分が学校に
行っている間でも、
好きに本を読みに来てもいい、
なんて言ってくれた。
やばい。
「ほんと、好き」
って口から出た。
ヴィンセントは笑って
「イクスは本が好きだな」
って俺の頭を撫でる。
そんな俺たちの様子を
使用人たちが、優しい瞳で
見守っていてくれた。
兄が俺の荷物も含めて
まとめている間、
俺は手持ちぶたさで
玄関前を歩いて見ることにした。
ちょうど綺麗な花が咲いていて
それを見ていたのだ。
そんな俺のそばに
ヴィンセントがやってきて
「イクス」と俺を呼ぶ。
俺が見上げると、
ヴィンセントは少しだけ
照れたような顔をした。
「入学式の後の
新入生歓迎会、
俺がエスコートするから」
「え?」
俺は驚いた。
「嫌か?」
「嫌じゃない」
ヴィンセントの傷付いた声に
慌てて否定するが、驚いた。
だって。
貴族子女のデビューは
たいてい13歳から15歳ぐらいだ。
けれど、学校は貴族の
子女しかいないので、
学校内では身分は不問と
されてはいるが、
本当のところは
ある意味、社交界の縮図に
なっているところもある。
いわば学校は社交界の
練習場でもあり、
入学式の後の新入生歓迎会は
公式デビュー前の
プレデビューの場になる。
幼い頃から婚約者が
決まっている者は婚約者に
エスコートをしてもらうが
そうでない者は家族が
エスコートをして参加する。
逆に言えば、家族以外の
エスコートを受ければ、
その相手が婚約者だと
思われてしまうのだ。
だから兄のときは
父がエスコートしたらしいし、
俺は兄がエスコートする予定だと
そんな話を聞いた気がするのだが。
だが記憶はいまだに
曖昧だし、本当かどうかは
わからない。
もしかしたら兄や父の
都合が悪くてヴィンセントに
頼むことにでもなっていたのだろうか。
「えっと、ごめんね?
僕、エスコートの話を
思い出せなくて」
知らなかった、ではなく
記憶が無いから、
反応が遅れたのだと言いたくて
俺は思い出せない、という言葉を使った。
「兄様がエスコートしてくれると
ばかり思ってた」
俺がそう言うと
ヴィンセントは俺の頭を
大きな手で撫でた。
「俺は高等部で生徒会に
かかわっていてな。
入学式にも参加するから
ちょうど学校にいるんだ。
俺がエスコートしてもいいだろう?」
「もちろん、嬉しい」
凄いな、生徒会か。
そういや学校は
貴族子女しかいないから
転入生なども、ほとんどなく
初等部から中等部、高等部と
メンバーはほぼ変わらないと聞く。
クラスは成績順に毎年
決められるようだが、
生徒会に入るには
成績上位のクラスであること以外に
先生や生徒たちからの
推薦も必要らしい。
王族は有無を言わさず
生徒会に入らねばならないらしく
兄も一緒に生徒会に
入ることになり、
メンドクサイ、忙しいと
良く愚痴を言っている。
あれ?
でもそうなると
兄も生徒会で入学式に
かかわっているわけだし……
「イクス」
俺の頭を撫でていたヴィンセントが
俺の顔を覗き込む。
「制服姿、楽しみだな」
甘い声と笑顔で言われ
俺は今までの思考が吹き飛んだ。
やばい。
絶対に今、俺の顔、
真赤になってると思う。
「あぁ、それと。
制服に着けるタイピンは
俺が贈るから」
「え?」
「入学祝だ。
入学式と新入生歓迎会は
絶対にそれを付けて来いよ」
「う。うん、ありがとう」
強く言われて俺は
反射的に頷いた。
俺はヴィンセントの
入学式の時、
何もしてなかったのにな。
なんか、申し訳ない。
でもお祝いされるのは嬉しい。
なんて俺はその時は
気軽に考えていた。
だが。
その後、兄が俺を迎えに来て
公爵家に戻ったのは良いが、
その数週間後、
ヴィンセントから贈られてきた
タイピンに俺は固まった。
だって。
タイピンについている
どうみても高価な宝石は
ヴィンセントの瞳と同じ
濃い群青色だったし、
タイピンはハーディマン侯爵家の
紋章と同じ剣を模したものだったのだ。
いやいや、さすがに俺も
これはおかしいと思うぞ?
これじゃ、どう見ても
俺、ヴィンセントの婚約者
みたいじゃんか。
俺はさりげなく父に
貰ったタイピンを見せて
「これは、僕が身に付けて
良いのでしょうか」と言ってみた。
だが父は
「せっかくいただいたのだ。
無下にはできない。
それをつけていきなさい」
と言う。
公爵家の当主がそう言うなら
俺は気にせずつけるけどさ。
いいのか?
ほんとに。
まぁ、子どもの学校の
入学式だし、そこまで
気にすることはないのかもしれないな。
俺はそう結論つける。
だってヴィンセントが贈って
来たとは言っても、
こんな宝石が付いたものは
ハーディマン侯爵家が
お金を出したのだろう。
つまり、ハーディマン侯爵家からの
入学祝も含まれていると
言うことになる。
ずっと仲良く家族ぐるみで
付き合いがあるようだし、
10歳の俺があれこれ
考える必要はないよな。
と、その時は思ったのだが。
この数か月後、
俺はまた首を傾げることになった。
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