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新しい世界

103:二人っきりの夜<マイクSIDE>

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 多少浮かれていたことは
自覚していた。

だからユウさまとの食事の時、
少しお酒を飲み過ぎたのだ。

元々、酒場のような場所で
酒を注文しないことはありえない。

そんなことをしては
店側や客に対しても目立ってしまうし、
世間的に酒場は食事ではなく、
酒を飲むところだという意識が強い。

ユウさまを悪目立ちさせないためにも
私はユウさまの分も飲むつもりで
酒と食事を注文した。

魚が好きだと言われていたユウさまが
目を輝かせて魚の身を
フォークで解す姿に疲れが吹き飛んだ。

ユウさまを堪能しながら
酒を飲むなど、冥利に尽きる。

私は普段からあまり酒は飲まないが
酔っても顔には出ないたちだ。

女神に仕える神官とはいえど
酒は飲む。

女神は教典においても酒を
否定することはしていない。

神父や神官のことをあまり知らない者からは
戒律が厳しいのでしょう、と
声を掛けられることもあるが
そんなことはない。

女神の教えは、ただ一つ。
「愛すること」だ。

自分を愛し、家族を愛し、友を愛し
その友の家族を愛せ。

その友の家族の愛する者を愛し、
またその先にいる者を愛せよ。

そうして一人一人の愛が
すべての生き物に行き渡った時、
すべての生き物が幸せになるだろう。

女神は何も否定しない。
ただ、愛せよ、と言うのだ。

ただ、それは簡単なようで難しい。

生きていれば、嫌な人間もいれば
気に入らない人間や
目を背けたくなる人間もいるからだ。

だが、ユウさまは違う。
すべての者に愛され、すべての者を
愛する存在だ。

辻馬車で足を引きずる男を見た時も
みすぼらしい姿に、汚れた身体。

どう見てもユウさまのお傍に
居て良い人間だとは思わなかった。

だがユウさまはその姿を見て
すぐに手を差し伸べたのだ。

「お手伝いしましょうか」と。

私は慌てて、ユウさまに荷物を預け
その男の腕を掴んで馬車に引っ張り上げた。

こんな男がユウさまの手に触れるなど
あってはならないことだ。

男はユウさまの優しさに触れ感激したのか
自身の傷の話をする。

確かに可哀そうだとは思うが
どうすることもできない。

ただ、悲惨な男の様子を想像したのか
ユウさまが私の服の裾を
ぎゅっと握ってこられて
私はユウさまの背中を支えて差し上げた。

ユウさまは泣きそうな顔をして
そっと両手を男の傷のある方の足に触れた。

優しいユウさまは、
きっと心を痛めているに違いない。

男のズボンは泥で汚れ、
裾は破れてボロボロだった。

治療費も高額なのかもしれない。

ユウさまはそんな男の服のみすぼらしさも
全く意に介していない様子だった。

男はユウさまに何度も感謝の言葉を言った。

そうだろう、そうだろう。
ユウさまはお優しい。

明らかに傷を負ったものや、
身体に欠損がある者は
どれほど名誉な負傷であったとしても
忌み嫌われることがほとんどだ。

身内にそのような者がでてしまったら
厄介者扱いされることが
ほとんどだろう。

だからこそ、この男は
遠方の街まで高額な費用を掛けても
治療に通っているに違いない。

……治る可能性が無くても、だ。


そろそろ馬車を下りる街が近づき
ユウさまに声を掛ける。

すると男はユウさまを
感謝に満ちた瞳で見つめた。

「従者との駆け落ちは大変でしょう。
あなたたちの愛が成就されますよう
私も祈っております」

なんと!

この男には私とユウさまが
愛し合っていると見えたのだ。

「ありがとうございます」

思わず声を出していた。

他者から見ても
ユウさまが私を愛していると
見える…なんて素晴らしいことだ。

私は必死で喜びを隠して
ユウさまと辻馬車を下りた。

そこからいくつか馬車を乗り継ぎ、
できるだけ『聖樹』がある街に向かう。

急ぐ旅ではないので、
そこまで強行軍にならなくても
良いのだが、ユウさまは置いてきた
ディランのことを気にしているようだ。

そのことに、少しだけ
胸がチクリと痛む。

ようやく目的にしていた街に着き、
私はまず宿をとることにした。

ユウさまを早く休ませて差し上げたい。

知らない街なので、
できるだけ安全な場所にある宿を…と
思っていると、すぐに高級宿が見つかった。

ユウさまは、こんなに高そうな宿でなくてもいいよ、
などと可愛らしいことを言われていたが
そういうわけにはいかない。

それに。
私はユウさまの「愛の逃避行」という
あの男の嬉しい勘違いをまだ引きずっていた。

なので、つい。
そう、つい、だ。

この宿の最高級の部屋である
蜜月ハネムーン用の部屋を
借りてしまったのだ。

案の定、部屋に入ると
ユウさまは一瞬、固まってしまわれた。

私も、硬直した。

まさかこのような
な部屋だとは
思ってもみなかったからだ。

大丈夫だろうか。
咎められないだろうかと思っていたが
ユウさまは寛大で、笑顔だった。

そして、こんな可愛い部屋、
一度泊まって見たかったの、と
笑顔で言われる。

愛おしい以外の言葉が見つからない。


食事を終え、宿に戻ると
ユウさまを湯殿に促した。

初めての…ディランの気配がない
初めての夜だ。

私は丁寧にユウさまのお身体を洗う。

そしてユウさまのそばで湯に浸かった。

幸せ過ぎた。
だから、調子に乗ってしまったのだ。

つい、気持ちを吐き出してしまった。

触れたい欲と、幸せだと言う気持ちと。

私がユウさまの指先に口づけ、
その指を口に入れると
ユウさまの肌は真っ赤に染った。

私はユウさまの指を味わってから
手のひらを丁寧に舐めた。

ユウさまは私の膝に乗っているので
お顔は見えない。

けれど、感じているのはわかった。

羞恥に頬を染め、身体を震わせていたからだ。

私は後ろからユウさまの
胸の突起に触れる。

ユウさまの心臓が
ドクドクと動いているのがわかった。

私とこうして肌を重ねることに
期待してくださっていると思いたい。

私は可愛らしい突起を
ゆっくりといじった。

最初は摘まんだり、
指の腹でぐりぐりと押したり
捏ねまわしたりしていたが

ユウさまが甘い吐息を漏らすので
爪で弾いたり、指先で引っ張ったりした。

少し強めに摘まむと、
ユウさまが身体を震わせる。

「感じていらっしゃるのですね」

そういうと、顔を赤く染めたユウさまが
戸惑うように首を曲げて私を見ようとする。

私はそれを背中から抱きしめ、
阻止した。

「大丈夫です、ユウさま。
私の指をどうぞ感じてください」

あえて首元で…耳のすぐそばで
そう言うと、ユウさまは小さく頷いた。

素直で…なんて可愛らしいことか。

私はユウ様の足の付け根に指を伸ばし、
できるだけ優しく樹幹を握る。

「ふ…ぁ」

可愛らしい声が漏れた。

「ふふ、声まで可愛らしい」

もっとユウさまの甘い声が聴きたい。
いや、私の指に溺れるユウさまの
姿が見たい。

いやそれよりも…

「マイク…酔ってる?」

ユウさまの色香に脳を
フル回転させていると
ユウさまがそんなことを言う。

「はい。ユウさまに…酔っております」

事実をお伝えすると、
ユウさまは湯から早く上がろうと
私の腕を引っ張った。

早くベットに行きたいと
そう言われているのだろうか。

「そのように…私を性急に
求めてくださるのとは」

なんと嬉しいことか。

湯から上がったが、
嬉しい気持ちと、ユウさまを
抱きたい気持ちが抑えられなくなってきた。

いや、そもそも、
抑える必要はあるのだろうか。

ユウさまが私を求めてくださっているのに。

私は湯から上がるとすぐに
ユウさまを抱きしめた。

突然のことに
少しふらつくユウさまの身体を支え
壁に押し付ける。

「お慕いしています、ユウさま」

私のすべては、ユウさまに捧げている。
そして、ユウさまがもし許してくださるのなら…

言っていいだろうか。

私を求めてくださった今なら、
ユウさまに言えるような気がした。

私の醜い心の中を。

「あの男が乱暴にユウさまを抱くのを
私は忌々しく思っておりました」

私はユウさまの腕を掴む。

「ですが…私は、羨ましかったのです。
ユウさまの同意もなく、
けれども乱暴にユウさまを抱いても
咎めだてもされないあの男を」

嫉妬だとわかっている。

こんな気持ちをユウさまにぶつけても
意味が無いことも理解している。

けれど、ユウさまに
知っていて欲しいのだ、私は。

私がこのような醜い欲を
持っていることを。

そして、それでもなお
私を求めるユウさまを見たいのだ。

私はユウさまの唇に、口づけた。

「私も…あのように
あの男のように抱いても…
許されるのでしょうか」

乱暴に、組み敷くように。
欲望のままユウさまを抱いても、
それでもユウさまは私を求めてくださいますか?

ユウさまは何も言わなかった。

けれど、私を見て…ユウさまは
優しく微笑んだ。

それを私は、肯定と受け取る。

私はユウさまの身体を壁に押し付けたまま
強く、強く抱きしめた。








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