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獣人の国
225:賢者の独白【賢者SIDE】
しおりを挟む僕は腕の中で眠ってしまった悠子ちゃんを見つめた。
幼い勇くんの顔で。
でも話をしていると、確かに悠子ちゃんだと思った。
僕は悠子ちゃんの頬に残る涙を指で拭う。
こんなに泣かせて。
僕はいったい、何をしていたのだろう。
こんなに僕を求めてくれていたのに。
悠子ちゃんの身体にシーツを掛けると、
悠子ちゃんはまだ私のシャツを握ったまま
嬉しそうに顔をゆるませた。
可愛い、と思う。
いや、ずっと可愛いと思っていた。
けれど、私の中での悠子ちゃんは
可愛くて愛しい存在だったけれど、
同時に苦しい存在でもあったのだ。
悠子ちゃんが保護されたのは
まだ生まれて数か月の時だった。
当時の乳児院はどこもいっぱいで、
引き取れる場所がない。
そんな状態で、僕に声がかかった。
悠子ちゃんを保護していた病院の医院長が
僕の大学の先輩だったからだ。
先輩は僕の施設が、
僕の自宅が隣接していることや
家族に看護婦や保育士がいること。
そして……僕の息子夫婦に
子どもがいないことを理由に挙げた。
最初は戸惑いもしたが、
なにより、せっかく生まれた命を
大切にしてあげたいと言う想いから
僕は悠子ちゃんを引き取ることにした。
悠子ちゃんの名前は、
先輩が「絶え間ない幸せな人生を歩めるように」
と考えて付けたのだ。
僕は養子縁組をするかどうかはまだ決めず、
ただ、一旦、引き取るだけの形にしたので、
悠子ちゃんは捨て子として処理された。
乳児院の期間は1歳まで。
あと数か月だけしのげればいい。
そこから正式に里親になるか
施設に入れるか決めればいい、
そう思ったのだ。
悠子ちゃんは当初、
予想以上に我が家のアイドルになった。
不妊に悩む息子夫婦にも笑顔が戻った。
ただそこには、
ペットを可愛がるような愛情しかなく、
嫁にいたっては、「自分の子どもとは違う」と
言う意識をはっきり持っていたように思う。
悠子ちゃんが1歳を超え、
思い切って僕たちの子どもとして
悠子ちゃんを迎えようと考えた。
ところがそのとき嫁が言ったのだ。
「同じ年齢の子たちの
おじいちゃんとおばあちゃんと
同じような年の両親なんて
恥ずかしいと思いますよ」と。
今から思えば、
子どものできない嫁の
焦りや嫉妬から出た言葉かもしれない。
けれど、その一言が
僕たち夫婦を迷わせた。
迷っているうちに、
悠子ちゃんは3歳になった。
そこで、嫁の妊娠が発覚したのだ。
息子がどう思っていたのかはわからない。
けれど嫁は、悠子ちゃんは家族ではないのだから
施設に戻して欲しいと言った。
これから生まれる自分の子どもが、
この家の子どもなのだと。
僕は嫁の言葉に頷いた。
この状態の嫁と悠子ちゃんを
同じ家に住まわせるのは危険だと
思ったからだ。
僕が悠子ちゃんを施設に連れて行くことを
家族の前で言うと、嫁は物凄く
嬉しそうな顔をした。
「義父さんの孫は、私の子で充分ですから」
と。
そして悠子ちゃんが施設に行くとき、
嫁は悠子ちゃんに言い聞かせた。
「この人はあなたのパパではなく、
先生なのよ?
いい?
これからは、パパなんて呼んではダメよ」
キツイ口調で何度も言う嫁に
私は呼び方なんてどうでもいいと言ったが、
嫁は聞かなかった。
「施設では平等であるべきですわ。
この子が虐められないために言ってるんです」
涙を浮かべて嫁を見ていた悠子ちゃんは
僕のことをパパではなく、パパ先生と
呼ぶようになった。
ただ、それは悠子ちゃんの特別な呼び方では無かった。
僕が悠子ちゃんが施設に入るタイミングで、
子どもたちに「僕のことをパパ先生と呼ぶように」
と言ったからだ。
僕は自分の息子夫婦のために
悠子ちゃんを見捨てた。
その後ろめたさが、
僕から悠子ちゃんを遠ざけた。
そんなころだ。
1つめの事件が起こった。
嫁が流産したのだ。
嫁は不安定になり、
子どもが流産したのは悠子ちゃんの
せいだと言い始めた。
悠子ちゃんがこの家の子どもに
なりたいがために、流産させたのだと
何度も言い、本気で信じている様子だった。
その様子は、怖いほど鬼気迫るもので、
私はますます、悠子ちゃんへの
接触を控えるようにした。
僕が悠子ちゃんに構っている姿を見たら
嫁が何をするかわからないと思ったからだ。
そんな状態が1年以上続き、
我が家もギスギスした空気が漂っている。
息子は会社員をしていたが、
仕事を辞めて嫁のそばにつきそうにようになった。
施設は国からの支援金もあったが、
最低限の生活だったし、
貯蓄もさほどない。
息子には働いて欲しいと思ったが
なかなか言い出せない。
そんな時だ。
僕の妻が旅行に行こうと提案した。
僕は施設があるので無理だったが、
妻と息子夫婦で、のんびりと旅行に行けば
気分も変わるかもしれないと言ったのだ。
その提案に、息子も乗る気だった。
少し高級な温泉宿に予約をして、
女性が好きなスパとかそういうのを
じっくり堪能できると言うプランにして。
その話を聞いた嫁も、
少し表情をゆるませて頷いた。
「私のためにありがとう」と言った嫁の顔は
どこかほっとしたような顔をしていた。
子どもがいないから、
僕や妻が嫁を厭っていると
思い込んでいたのかもしれない。
この温泉旅行で体と心を休めて欲しい。
そしてまた家族仲良く過ごせたら……。
そういった僕の思いは、
旅行先の事故で家族全員が亡くなったと言う
訃報で砕け散った。
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