名神累人のとある日常

桜部ヤスキ

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1年生編

僕達の永久保存版

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 10月某日。
 瀬ノ谷ガラス工房。
 佐々蔵主催の定期テスト打ち上げ企画。かつ来月閉園に伴う見納めの会。
 最初はあまりにも閑散とした空間に驚いたが、次第にむしろ心地いいと感じるようになった。
 どちらかと言えば人の多い場所は苦手だから、広大な敷地を4人で独占しているような状態はちょっと楽しい。子供の頃公園に行って、自分達以外誰もいなければラッキー、という感覚と同じかもしれない。
 最初で最後の工房満喫ツアーもいよいよ後半に突入。前半と施設の詳細については別のところで語っているのでそちらをご参照くださいということで。



 吹きガラス工房。
 水の都を模した建物を出て、再度左側へ進んだ所にある白い箱のような建物。これで広場の4辺をぐるっと回った形になる。
「お前らはよく行くのか。テーマパークっつーか遊園地とかは」
「うーん、あんまりかな。デパートの屋上の遊園地とか昔何回か行ってた。柳は?」
「修学旅行で一度行った。USJに」
「ああ、ウルトラスピリッツジャーニーか。あそこ今年新エリアできたよな。確か南極が舞台の」
「へー、面白そう。俺も小学校の修学旅行で行ったけど、アフリカエリアが一番楽しかったよ」
「あの動物園っぽいやつか。そこだと何とかライドっつーアトラクションが結構すごかった」
 工房前の休憩スペース。
 浜辺の海の家に置かれているような白い椅子に座り、テーブルを囲んで3人で談話中。佐々蔵はガラス加工を見学したいと言って工房の中に入っている。大したスタミナだな。
 ちなみに各々が手にしているペットボトル飲料は俺と柳のおごり。鏡の迷路競争で同一最下位となったため。もうあそこはできれば二度と入りたくない。
 先程開いた窓から少し覗いてみると、工房の中には大型の機械が並び数人の男性職員が作業していた。
 蓋の開いたいくつかの機械の中が、眩いオレンジ色に光っている。あれが炉だろうか。高温でガラスを柔らかくして息を吹き付け変形させる。そうしてできたグラスや皿などの器が、手前のテーブルにずらりと並んでいる。あの幻想的で美しい造形が作られる過程を見られるのは、結構面白い。
「なぁ、ぶっちゃけ訊いていいか。蔵の毎度の突撃ロケに対して、お前ら2人はどう思ってる」
「突撃ロケ…………まぁ、提案と決定がほぼ同時かつ独断なのはそろそろ改善してほしいけど、こういうのは嫌いじゃないっていうか、みんなで出かけるのは好きだよ。こんな辺鄙な所なんて、誰かに行こうって言われない限り行かないだろうからさ。あでも夜間の肝試し企画は例外。あれはもう絶対NGだから」
「だよな。一夜は?」
「未だに固定されない呼称についていい加減改善してほしいが、今回の外出企画に関して特に嫌には思ってない。あまり経験のないことで色々目新しかった。ただ前回の山中散策に関しては右に同じ」
「だよな。俺も全くもって同意見」
「伊志森は?俺達よりは佐々蔵と付き合い長いから、色々思うところはある?」
「あー、そりゃあな。他人を巻き込むならせめて周囲に気を配れとか、休日俺が寝起き悪いのを見越して家まで来るのはもうやめろとか、改善要求を挙げ出したらきりがねぇ。だが、気付けばもう何年もつるんでる。学校もクラスも同じ。これって運命だね、とか言われなくてほんとによかったぜ。さもなくば顔面にパンチ見舞ってたかもしれねぇ」
 上空彼方へ飛ばされてキラーンと光る、漫画でよくあるシーンを思い浮かべる。現実だとギャグでは済まないけどな。
「でも確かに、この学年7組もあるのに同じクラスになるって、結構すごい確率かも」
「全くだ。お前らもあいつと深くつるんできたからには来年も覚悟しとけよ。得体の知れねぇ力が働いて、学年が上がった先でまた4人共同じクラス、なんてこともあり得る」
「もっとすごい確率だねそうなると」
「せめて蔵が理系選択してくれれば確実に別々なんだがな。あいつああいう大事に限っては優柔不断だから」
「僕が何だってー?」
 建物から出てきた佐々蔵がこちらに走ってくる。
「何何、何の話?」
「将来を見据えた重大な話だ」
「うわー、僕の嫌いなやつー」
「お前も遊んでばっかいねぇで考えろよ。3年なんてあっという間だからな」
「先生みたいなこと言わないでよ。ほら次行くよー」
 椅子から腰を上げ、案内に従って歩き出す。
 地面に落ちる影が段々と長くなってきた。
 …………来年か。
 時は止まることはない。ただ一方向へ流れていく。
 俺達もその流れに乗って、押されて、揉まれながら先へ進む。
 明確で、当然で、不変的なこと。
 それが今は、ひどく億劫に感じた。



 ショップ前。
 土産を物色し終えた後、帰る前に最後写真を撮りたいと佐々蔵が言い出した。
 店員さんにカメラを預け、建物の前に4人並ぶ。ここって、最初に撮影した時とほぼ場所同じだよな。
「ほら、もっと真ん中に寄って。フレームに収まらないでしょ」
「俺じゃなくてこいつらに言ったらどうだ」
「累人君、なぎ君、君達の体内に磁石でも埋まってるの?ずっと反発してるよ」
「そう言われても……」
「…………」
「せめて違う極同士にしてよ。じゃあ累人君がM、柳君がS担当ね。これでくっつく」
「いやそれくっつかせたらやばいやつ」
「はぁ……これでいいか」
 柳が面倒くさそうな顔でこちらに一歩近付く。
 肩と肩の間の距離、約5センチ。
「写真って苦手?」
 小声で柳に尋ねると、向こうも同様に返す。
「どんな顔をすればいいか分からない。機械相手にどう表情を作れと」
「そういう発想か。確かに俺も頑張って笑おうとして、大抵引きつってるんだよね。案外難しいよな、笑顔って」
「お前はしょっちゅうニヤけてるだろ」
「それとはまた別。ってそんな頻繫じゃないし。……まぁ何だろ。色々考えたらもっと表情険しくなるだろうから、シンプルでいいんじゃない」
「シンプル?」
「今日楽しかったなって。ただそう思う。変に表情作ろうとするよりいい。多分」
「多分かよ」
「はーい、みんないい?撮るよー」
 と、俺と伊志森の間に佐々蔵が入ってきた。
 そして、自身の両サイドにある腕にがしっと腕を絡ませる。
「うわっ、何だよ佐々蔵」
「だって全員直立で撮ったら学校の集合写真みたいじゃん。そんな堅苦しいのやだよ。ほら、みんなカメラ向いてー」
 そう言って、掴んだ腕をぐいっと引っ張る。
「ったく、この馬鹿力」
「わわっ」
「っ何だよ」
 バランスが崩れ左側に体が傾く。
 とっさに右手を伸ばし、柳の腕を掴む。すると向こうも同様にこちら側へ倒れ込んでくる。
 結果、全員でおしくらまんじゅうみたいな構図になる。
「はい、チーズ」

 パシャッ

 え、今撮った?俺全くレンズ見てなかったぞ。思いっきり地面見つめてた。
「ありがとうございまーす。撮れましたかねー」
 早速確認に向かう佐々蔵。1人するりと抜けていったおかげで、残った3人で押し合いになる。
 ぐえっ、挟まれた。
「おいおい、転ぶなよ」
「だ、大丈夫。柳も平気?急に引っ張っちゃったけど」
「ああ、問題ない」
 と、俺の右肩に張り付いた体を離し顔を背ける。
「あのさー、みんな」
 見ると、カメラを手に悲哀の目でやってくる佐々蔵。
「なんか段々僕自身の笑顔という概念も揺らいできたんだけど。どうしてくれるの」
「どうもしてくれねぇよ」
「俺も見ていいかな、写真」
 駆け寄り、カメラの画面を覗き込む。どんな感じに撮れたのかな。
「わぁ、やっぱり画質いいね」
「あんだけドタバタしてたのにブレてねぇのか。すげぇな」
「伊志半目だけどねー」
「お前こそ鬱陶しいくらい笑ってんな」
「他全員が仏頂面だから余計そう見えるんでしょ。あ、写真のデータは後でアルバムにまとめてグループに挙げとくから。一杯撮ったからねー。何枚になるかな」
 まとめてダウンロードしたらすごい時間かかりそうだな。
 佐々蔵がずっとカメラを持って撮影していたから、どれも写っているのは他の3人だろう。
 この4人で、全員で撮ったのはこれだけ。

 うん、悪くない1枚だ。

「おい。そろそろバスの時間じゃないのか」
 柳に指摘されて時計を見る。
 ほんとだ、あと3分しかない。
「じゃあもう行かないとねー。ちなみにこの便逃したら次は50分後」
「だったら急げよ喋ってねぇで!」
「はぁ。だからやめとけと言ったのに」
「記念にってやつだろ。行こ、柳」
 全身が疲労感に覆われる中、敷地を出てすぐのバス停を目指して走り出す。
 静に包まれた場所に、騒がしい足音と声を響かせて。

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