名神累人のとある日常

桜部ヤスキ

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1年生編

黄昏喫茶のとあるひと時

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 9月下旬。
 体育祭が無事終了し、迎えた週末。授業は当然なく、どうせあるんだろうなと思っていた部活も休み。確かにきちんと休息を取らないと身が持たないよな。生徒はともかく教員は。
 というわけで、暇である。
 と言いたいところだが、朝9時頃までだと言えたが、急遽予定が入った。正確には入れさせられた。
 誰に、とは言うまでもないだろう。
 趣旨としては体育祭の打ち上げみたいなものらしい。理由はともかく俺としては暇潰しの用事ができてありがたいし、今走らせている自転車の行き先は馴染みある場所だ。ここ1か月近く行けてなかったから楽しみだな。
 目的地に到着。
 2階建ての家屋。青い瓦の三角屋根。雨垂れ跡の残る白い壁。窓ガラスのはめられた格子デザインの木製のドア。そのそばに置かれた四角い看板。
 黄昏喫茶。
 学校近くにある、俺達の溜まり場である。



 ドアを開けると、カランと鐘の音が鳴る。途端に漂うコーヒーの香り。
 ダークブラウンの床板。薄黄色の壁紙。入って右手にはカウンター席が置かれ、その奥にはカップや瓶などが並んだ棚がある。
 年季の入った木製カウンターに沿って進むと、左手の壁際には薄茶色のレザーソファ、その手前に四角いテーブルが3つ並ぶ。
 店内を照らす琥珀色の明かり。中に入った途端時代を遡った気分になるというか、全体的にレトロな雰囲気に包まれている。壁に掛けられたアンティークな時計や、カウンターの端に置かれた天使みたいな銅像もあって、より強調されているかもしれない。
 ちなみに俺達のお決まりの席は、最奥中央の窓際の4人席。
 これまで1つ空席があったが、今日からは4つ全部埋まるんだ。
「おー累人君。ちょうど来たねー」
 佐々蔵が手を振る。3人共揃ってるな。
「みんな早いな。ちょうどって、別に12時ぴったりでもないけど」
「今ね、累人君が何時に来るか予想してて。僕の予想時刻が当たったんだ。だから今日は伊志のおごりね」
「あぁ?何でそうなんだよ。当てた奴が代表して払えばいいだろ」
「もー、冗談なんだからそう睨むことないでしょ。それに正確には僕の予想と30秒ずれてたから、当たったとは言えないし」
 秒単位とは細かいな。余程暇だったのか。
 溜息を吐きながら窓の外に目を向ける伊志森にベーっと舌を出す佐々蔵、その正面に腰を下ろす。右隣には少し縮こまったように座る柳。俺達と違って初めて来る場所だから落ち着かないのかな。
「注文は決まったか」
 カウンターからマスターがやってくる。
 灰色の髪に顎髭、キリっとした目つきの、渋かっこいいおじさん。もう70歳を超えているらしいが、かなり元気そうに見える。
「累人君どうする?ちなみに僕達3人共同じの選んだけど」
「えっと、じゃあ俺もそれで」
「飲み物は?これメニュー表」
「ありがと。そうだな……どうしよっか」
 少し悩んでから注文を伝え、しばらく待つ。
 改めて思うけど、ここはいい雰囲気だな。
 ゆったりと流れるクラシック音楽。古い建物特有の匂い。温かい色合いに統一された家具や照明。自宅とはまた違う安心感がある。まさに一息つきたい時にはぴったりだ。
 休日の昼時ではあるが他に客はいない。朝の方が忙しいことが多いと以前マスターが言っていた。確かにメニュー表を見ると、モーニングセットが割と充実している。
 暇潰しに全員でしりとりをし、俺に10回目の「き」終わりワードが回ってきたところで、料理が出来上がった。
 テーブルに置かれた4つの皿に乗っているのはサンドイッチ。トーストした2枚の食パンにハムやレタス、マヨネーズであえたたまごを挟んで三角に切ってある。パンの耳を切り落としてないところがみそで、そこがカリカリでおいしい。
 ドリンクは佐々蔵がウィンナーコーヒーで、他はカフェオレ。白いカップからいい香りと湯気が立ち上る。
「初めて頼んだけどおいしいねー。これ最初に名前聞いた時、ほんとにウィンナーがコーヒーに入ってるのかと思った。肉をコーヒーにつけて食べるのかなと」
「だとしたら思いついた奴相当チャレンジャーだな」
「ウィンナーってどういう意味なのかな」
「ウィーンの、という意味だ」
「へぇ、都市のことだったんだ。いち君博識だねー」
「つーか蔵、それって苦くねぇのか」
「砂糖は入ってるから甘みはあるよ。このホイップクリームのおかげで口当たりまろやかだし。いいね、次からこれ定番にしようかな」
 佐々蔵がそこまで言うなら、俺も今度頼んでみようかな。ブラックではさすがに飲めないけど、甘さがあるならいけるかも。
 サンドイッチを平らげ、ミルクとコーヒーのハーモニーを味わっていると、マスターがそばのカウンター前のスツールに座った。
「出来栄えはどうだった。ちとパンを焼き過ぎたかと思ったんだが」
「そう?別に黒く焦げてたわけじゃなかったし、いい感じの焼き目だったよー」
「たまごふわふわだった。べちゃっとしてなくて好きだな」
「カフェオレとよく合うぜ」
「おいしかったです」
「そうか。満足してもらえたならよかった。ところで、お前さんらに提案があるんだが」
「提案?」
「今、新しいメニューを作ろうと思っててな。それでお前さんらのアイデアを参考にしたい。若い連中の方がこういうの得意だろ」
「なるほどねー。そういうことなら僕達にお任せあれ。話題沸騰間違いなしの看板メニューを開発してみせよう」
「無駄にハードル上げんな」
 新メニュー開発か。そんな重要案件に俺達一学生が関わっていいんだろうか。まぁあくまで参考程度だろうし、考えたものがそのままメニューとして採用されるわけないよな。
「よし、早速案を出していこう。メニューってランチ系?それともデザート?」
「今のところデザートにしようかと思ってる。いつもケーキなんかを知り合いの店から取り寄せてんだが、この前そいつが体調崩してな。以来ちょくちょく休業するようになって、品物も十分に入ってこなくなった。だから、何か一つでも作って出せるもんがあれば多少は補えるはずだ」
「そうだったんだー。じゃあ目的としては、この店で作れるデザートの考案ね。全員思いついたら何でも発言すること。それでは会議スタート!」
 ノリノリで宣言する佐々蔵。いつの間にか紙とペンまで用意している。これはある程度まとまった案が出るまで終わらないやつだ。伊志森なんか呆れを通り越して無の境地に入ってるし、柳は__
「ん、どうした柳。冷房きつい?」
「いや、別に。大丈夫だ」
 そうなのか。なんか浮かない顔だし、腕さすってたからてっきり寒いのかと。
 一方テーブルの反対側ではこちらに構わず話は進行していく。
「やっぱり作りやすさって大事だと思うんだ。どれだけ凝った料理でもスムーズに提供できないと非効率だし生産性が低い。さくっと作れて且つ今までメニューになかった料理として目新しさを出せるもの。そうなると…………アップルパイとか」
「それ作りやすいのか?生地からして面倒そうだが」
「冷凍パイシート使えば簡単だって妹が言ってた。でもオーブンで焼いたりするから、注文から出来上がりまで結構時間かかるだろうなー」
「作り置きって発想はねぇのか」
「出来立てが一番おいしいに決まってるでしょうが。じゃあ冷凍品を取り寄せてここで焼くとか。でもそれって何だかなー。マスターの手作りってところにも重点を置きたい。累人君何かある?」
「えーっと、正直自分で料理しないから何が簡単にできるのか分からないんだよね。だから…………んー、難しいな。柳何かある?」
「…………ホットケーキ」
 だめもとで振ってみたところ、意外にもぼそっと一言返ってきた。
「なるほど。材料もシンプルだし焼く時間も短い。これだ!ナイスアイデアだよ一夜君。よし、早速試作に取り掛かろう。マスター厨房借りていい?」
「おい蔵、展開早くね?今日そこまでやんのかよ」
「実際に作ってみないでどうするの。所要時間とか盛り付けとか確認しないと。さて誰が作る?我こそはという人がいたら挙手してー」
「……なぁ、やってもいいか」
 と、おずおずと手を挙げる柳。
 どうした。いつも通り大人しいと思ったら急に積極的になって。一体何が心境を変えたんだ。



 というわけで、急遽クッキングタイム。
 カウンター奥に入り、調理を開始する柳。エプロン姿がかなり絵になっている。パスタとかリゾットとかさくっと作れそう。あくまで俺の印象だけど。
 牛乳や卵にミックス粉を加えて混ぜる動作が流れるように行われる。慣れた手付きだな。
「ちなみにやっくん、ホットケーキとはどんな出会いだったの?」
「子供の頃、初めて自分1人で作った料理だった。以来たまに作ってる」
「長い付き合いというわけだね。普段から料理するんだ?」
「毎日適当に具材を炒めてるだけだ」
「毎日?すごいねー。バリバリの料理する派か。とするとバランスがいいね。そう思わない?料理しない派の累人君」
「何のバランスだよ」
「一方が得意とすることをもう一方が不得意だとすると、イベントが発生しやすいの。勉強会然り、風邪引いた時のお見舞い然り。寝込む相手のために作ったおかゆがめちゃくちゃおいしいか、あるいは余計具合悪くなる程まずいか。後者がよくあるパターンかな、僕の統計では」
「何の話をしてるか明示してもらっていいかな」
「相手にすんな累人。どうせ独り言だろうから。で、俺らは何すんだよ。カウンター越しに眺める以外に」
「そうだね、僕と伊志はホットケーキのデコレーションを考えよう。料理はまず見た目からだからね」
「なら参考用に料理雑誌でも持ってくるか。確か上にあったはずでな」
 と、マスターは店内の角の階段を上がっていった。2階が自室になっているらしい。
「累人君はやっちーのアシスタントよろしくー」
「うん、分かった」
 とは言え、比較的簡単な料理だろうから手伝うこともほとんどないだろうけど。
 仕切りを抜けてカウンターの内側に入る。ギリギリ2人並べるくらいの幅だ。
 すると、柳がボウルの中身を混ぜながら言う。
「名神、そこの冷蔵庫からマヨネーズ取ってくれるか」
「分かった。え、マヨ味になるの?」
「そこまで大量に入れるか。大さじ一杯くらいで焼いた時生地が膨らむようになるんだ」
「へぇー、そんなテクニックがあるのか。ちょっと待って」
 少しかがんで冷蔵庫の扉を開け、赤いキャップの容器を取り出す。
「はいこれ」
「ああ、ありがとう」
 容器を渡す。
 手を離そうとした瞬間、指先が柳の手に触れた。


≪ィィ))ィヴィィァ゛*゛ァ゛≫


「ひっ!」
 慌てて手を引っ込める。
 何、今の。
 一瞬で鳥肌が立った。黒板を引っ搔く音を耳元で何倍も凝縮させて鳴らしているみたいな、すごく気持ち悪い音。
「どうした、名神。顔色悪いぞ。何が…………あ」
 柳はこちらへ伸ばそうとした手を止め、険しい表情をする。
「……聞こえたか、何か」
「あ、その…………うん。なんか、変な音が。これって…………って、ことだよね」
「ああ。……悪い。嫌な思いさせた」
「そんな、柳のせいじゃないよ。それより、お前の方こそ大丈夫なのか。ずっと見えてたってことだろ」
「別にこんなの慣れ…………まぁ、見なければいないのと同じだ。だがあれは放置していいものでもなさそうだな。対処するしかない。名神、お前は一旦外に__」
「俺に手伝えることある?何でも言って」
「……いや、お前が何かする必要は__」
「まさかお前は外に出てろとか言わないよな」
「…………はぁ。これは言っても無駄か」
 深く溜息を吐き、さっと真剣な表情に切り替えてこちらに向き直る。
「まず、を何とかするにあたって最低限このフロアの人払いをしたい。万が一に備えて。俺は料理の担当になってるからここに留まる口実はある」
「じゃあ、あとはあの2人を移動させればいいのか」
 伊志森はともかく佐々蔵をどう誘導するかだな。
 まぁ、思いつくままに言ってみよう。
「佐々蔵。進捗はどうだ」
 カウンターに置いた用紙に書き込みながら議論する2人に声をかけると、
「うーん、いまいちだね。伊志に至っては案すら出さないし」
「柄じゃねんだよ。お前と違って」
「なぁ、ちょっと提案なんだけど、具体的に考えるより飾り付けの具材を先に揃えてみたら?試作なんだし色々試してみたら新しい発見が__」
「そうだよ!ただじっと考えるだけじゃアイデアは浮かばない。何事も行動あるのみだ。ナイス助言だよ累人君!よし、そうと決まれば具材調達だ。君は財布持参してね」
「当然のように人に払わせんな」
 風のように店の外へ出ていく佐々蔵。その後を伊志森が文句を言いながら追う。
 ……よし。思ったよりあっさり成功した。
「マスターはどうだろう。もう下りてくるかな」
「2階へ行って足止めしてくれるか。その方が確実だ」
「そうだな。って言っても、どれくらい?」
「2分あればいい。頼めるか」
「分かった」
 柳の言葉に力強く頷き、ギシギシと軋む音を立てながら階段を上がる。
 ちょうど上り切ったところへ、マスターが雑誌を手にやってきた。
「ん、どうかしたんか」
「いや…………俺も探すの手伝おうかなと思って」
「あぁ、それなら見つかった。もう捨てたかと思ったがまだ取ってたんだな」
「あ……そうですか」
 どうしよう。今1階に下りるわけにはいかない。何か話題を振ってここに引き止めないと。
「あの、マスターはここで普段生活してるんですか」
「そうだな。まぁあちこち散らかってっから、あんま見ないでくれや」
「そ、そんなことないですよ。俺の部屋の机の方がよっぽど散らかって…………あ、ギター持ってるんですね、あれ。よく弾くんですか?」
「暇な時にな。別に大した腕じゃねぇよ。曲を聞いて下手くそに真似るくらいだ」
「へぇー。俺も音楽やってるんで興味あるんですよ。どんな曲ですか?」
 それから、タイトルも作曲家名も全く聞いたことない曲の話にひたすら相槌を打った。ジャンルというかそもそも年代が違うよな。正直ギターにそこまで興味もないし。
 もう2分経ったかな。というか、柳を1人にしてきてよかったのか。

 その時、下階からバタンと音がした。物がぶつかったか、あるいは倒れたような。
 まさか、何かあったのか。

「ん?何の音だ」
「お、下りてみますか」
 慌てて階段を下りる。
 すぐ目についたカウンター裏には誰もいない。右手のテーブル席にも。奥の出入口にも。

 そんな…………一体、何が…………。

 ふと背後に気配を感じ、急いで振り返った。
 先程4人で座っていたテーブル席。
 そのそばの窓が開かれ、窓枠にもたれかかる柳の姿があった。
「どした。立て付け悪いだろその窓」
「虫がいたので逃がしました。勝手に開けてすみません」
 後から下りてきたマスターに返すその顔は、少し疲れたように見える。
「そうか、こっちこそすまん。虫除けは置いてるんだが、たまに入ってくんだ。ありがとな」
「いえ」
 ガタガタと揺らしながら窓を閉め、何事もなかったかのように厨房へ戻る。俺も後について行く。
「大丈夫か柳。結構無理したのか」
「多少手間取りはしたが、別に大したことはなかった」
「そうか。……なぁ、柳。いつもこんなことやってるのか。その、悪霊退治みたいな」
「いや。基本的にこちらに害が及ぶ可能性がない限り関わらない。今回も」
「じゃあ何で今日は?」
「来る度に嫌な思いはしたくないだろ、お前だって」
「……うん。そうだね」
 ここ、気に入ってくれたんだ。また来たいって思ってくれてるんだ。
 よかった。ずっと、柳にも来てほしかった場所だったから。4人で集まって勉強したり雑談したり、そんな風に過ごしたいと思っていたから。
 すると、カランと鐘の音が響いてドアが開いた。ビニール袋を掲げた佐々蔵がドタバタと駆け込んでくる。
「おまたせー!近所のスーパーで色々買ってきたよー。僕のおすすめはこれ。ミラクルマーマレードジャム。絶っっ対合うよ」
「バカ高ぇ値段と見合ってるといいな」
「おや、買い出しに行っとったんか。わざわざすまんな。後で立て替えてやる」
 店内に入ってすぐの場所で話し始める3人。
 それに対し、黙々と作業を再開する厨房サイド。
「火加減は、こうでいいか」
「続けるのか。少し休んでも」
「引き受けた以上、最後までやるのが筋だろ」
 そう言ってフライパンを熱し始める。
 せわしないな、ほんと。



 数週間後。
 放課後に揃って黄昏喫茶に足を運ぶ。試験週間に入り、今日はここが勉強会の開催地となっている。ちょっとした息抜きも兼ねて。
「いらっしゃい。この前お前さんらが考えてくれたメニューだが、大方完成してな。せっかくだから審査してくれるか」
「お安い御用だよマスター。さーてどんな感じになったのか楽しみだなー」
「まさかこいつのアホな案採用してないすよね」
 厨房で用意する様子をカウンター越しに眺める2人。
 盛り付け試作も結構白熱してたな。佐々蔵が次々と奇抜な案を出して柳が再現するという形だったが、それが割と精巧というか、本人は言われた通りにやっただけと言うがそれにしたって器用だと思わざるを得ない。意外な一面が見れたって感じだな。
「もういないんだよな、この前の変なのは」
 2人をさらに背後から眺めつつ、隣の柳に話しかける。
「虫除けが効けばいいんだがな、ああいうのにも」
「だったら画期的だな。……なぁ、柳。あの時さ、もし俺が気付かなかったら、1人で解決するつもりだったのか」
「俺がそうしたくて勝手にやるんだから当然だろ」
「当然って」
 1人で抱え込んで当たり前みたいな言い方するなよ。俺も、佐々蔵も伊志森もいるのに。
「まぁ確かに、見えない人間が関わったらむしろ迷惑かもしれないけど」
「別にそう思ってるわけじゃない。ただ…………」
「うん?」

「ただ、言いたくなかった。1人で抱え込むなと前にお前は言ってくれた。けど俺は、笑ってるお前の隣にいたいから」

 と、柔らかい目つきでこちらを見る。
 不意に脳内で記憶が再生される。蒸し暑い夏の夜。肝試しの帰り道。
 手を離さないでくれてありがとう。そう笑いかける顔に、ざわざわと心が動いた。
「……あのさ、それは、俺だって__」
「わーすごいおいしそう!これ絶対コーヒーと合うよ。マスターも気に入ったんだあのジャム」
「きれいな焼き色だし、見た目ばっちりじゃないすか」
 前方で歓声が上がる。
 出来上がったんだな、新メニューのホットケーキ。
「ジャム使ったってことは、佐々蔵が最初に出した案採用したのかな」
「あのまま再現したら非効率過ぎるだろ」
「はは。確かに」
 さて、一体どんな仕上がりになってるだろうか。
 盛り上がっているカウンターの方へ揃って向かう。
 言いかけて続ける機会を失った言葉を、そっと奥にしまいながら。

 それは、俺だって同じだからな。柳。


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