蝉の灯

桜部ヤスキ

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4日目

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 ザァァァァァァァァ…………

 朝目が覚めた時から、外でずっと音がしていた。
 今日は、雨か。
 先程遼から電話がかかってきた。よく寝れたかとか体調はどうとかグダグダ訊いてきて、今日は外出るなと念を押して通話を切った。なんでお前に行動制限されんといけんのん。
 だがこの本降りの中出る気は元々ない。特に用事もないし。
 勉強机の椅子に座って漫画を読んでいると、部屋のドアが開いた。
「にぃ。ゲームしよ」
 チェック柄のワンピースを着た椿が立っていた。
「ノックしろって言っとるだろ。つか宿題はいいんか」
「にぃは人のこと言えんじゃろ。後期の成績落ちたらこづかいなしって母さん言っとった」
「それはそっちも同条件だろ」
 というか、俺は宿題やっても意味ないしな。
「うちはにぃとちがって頭いいから、そんな心配されとらん。そもそも宿題1コ以外全部終わっとるし」
「その1個何」
「一行日記。毎日書かんといけんけぇ終わらんの。じゃけぇ今日のネタ作り手伝って」
「今日は兄とゲームしましたってか。もうちょっとマシな話題ないんか。まぁええ。先下行っとけ」
 部屋の前から姿が消え、とたとたと階段を下りる音がする。
 全部終わったか。俺は休み残り数日になってようやく手を付け出してたな。確かに頭の出来が違うわ。
 漫画を机の上に置き、席を立った。



「にぃそれずるい。スター5コ目とかふざけとるわ」
「そういうマスなんじゃけ仕方ないだろ」
「このミニゲームで絶対最下位にしたろ」
「2対2で同じチームやけど」
「はぁ?ないわ。手抜いて。ぜったい勝たんで」
「いいけど、お前の方にもコイン入らんよ」
「そうやった。やっぱ勝って。負けたらなぐるけぇ」
「暴力に訴えんな」
 リビングの床に座り、テレビ画面でゲームをする。
 隣から猛烈にコントローラーのボタンを連打する音が聞こえる。壊れるで。
「はー、勝てた。にぃおそい。あとちょっとでぬかれるところだったじゃん」
「お前がぶっちぎり過ぎなんよ」
「めっちゃやりこんどるけ。あっそういえばさー、ホラクエのデータやらんなら消していい?」
「ええけど、何かするん」
「別の主人公でやりたいんじゃけど、今やっとるデータ消したくないんよ。じゃけ今にぃのデータがあるとこ空けて、そこにセーブする」
「ふーん。まぁ好きにしんさい」
 とことんやり込み派だな。俺は第2章に入ったところで諦めた。ストーリーもほぼ覚えてない。序盤しかやってないゲームデータがなくなったところで何とも思わん。
「データ、か……」

 7日間の期間が終わったら、みんなの記憶はどうなるんだ。
 今の俺は本来いないはずだったんだから、いなかったことにされるのか。
 事故で死んだ俺を生きていたことにした“辻褄合わせ”が、今度は生きていた俺を数週間前に死んだことにするための“辻褄合わせ”になるということなのか。
 矛盾が生じないために。理を正すために。
 みんなの中から、この1週間の“俺”は消される。
 だとしたら。

「…………質悪いな、ほんと」
「口悪い?それ言うならにぃのせいで。がっつり影響されとるから」
「俺は殴るぞとか言わん」
「デコピンはすぐしとったじゃん。あーあ、結局負けた。もっかいやろ。べつのマップで」
「もう昼じゃけ終わり。片付けるで」
 不満そうな顔をしつつゲーム画面を終了する椿。
 下手するとこいつが勝って満足するまで付き合わされる羽目になる。それは最上級に面倒くさい。



 午後になっても雨は止まない。
 時折窓に雨粒が当たってコツンと音がする。多少風も出ているのかもしれない。
 ベッドに腰掛けて漫画を読んでいると、部屋のドアが開いた。
「にぃ。ポスター手伝って」
「今度は何」
「宿題のやつわすれとった。一緒に色ぬりして」
「全部終わったって言っとったくね」
「人間誰にもミスがあんの。どうせひまなんじゃけやってよ」
「決めつけんな。……はぁ、分かった。どこでやんの」
「ここ。今うちの部屋入られたくないけぇ」
「そーですか。じゃあさっさと持ってき」
 床のリュックをベッドの上に置き、スペースを空ける。
 少しして椿が絵の具セットと画用紙を持って戻ってきた。丸まった用紙の角を水入れや絵の具の箱で押さえつつ、床に広げる。
「あーこれか。ごみなくそうポスター。俺もやったな小学校ん時」
「何で毎年あるんかね。もうこれ自体が後々ごみになるじゃんっていっつも思う」
「それな。学期末に持って帰らされるけどすげー邪魔よな」
 俺は毎回適当に描いて、休み明けに学校へ持っていく度に遼に爆笑されてたっけ。あいつのポスターも大概ひどかったけどな。本人はこれが印象派やとわけの分からん意地を張っていたが。
 改めて画用紙を眺める。
 鉛筆で下書きがしてある。真ん中に困った表情の地球、左右に×が被さった空き缶と紙くず、下に『ポイ捨て ダメゼッタイ』の文字。まぁよくある構図か。
「後は色ぬりだけだから、にぃは背景やって。青一色」
 と、筆を渡される。
「つーかさ、自分で言うのも何だけど、お前俺に絵関連のこと頼む意味分かっとる?」
「絵のセンスポンコツでもぬる作業くらいできるじゃろ」
「ひどい言われ様」
「そもそも何で美術部入ったん。卓球部続けとけばよかったのに」
「興味と適性は一致せんってことや。覚えとけ」
「にぃに絵ドヘタの自覚がなかっただけでしょ。一目で分かるのに」
「そういうお前はどうなん」
「うちの絵?別にふつうじゃろ。可もなく不可もなくみたいな。ってにぃ、なんでそんなきたなくなっとん」
 作業開始十数秒で早速ケチがつけられる。
「青塗っとるだけで」
「色じゃなくてむらができとるの。ふつーに筆を横にさーって動かせばええのに」
「嫌ならやめようか」
「もういいけぇそのままやって。うちがぬったとこに被せんでよ」
「手伝ってもらってんのにえらそうやな」
 それからしばらく、黙々と筆を動かす。

 ポスターが出来上がった後、こいつは何て思うんやろ。
 ポンコツの兄のせいでひどい出来になったと怒るのか。それとも、1やったはずなのにどうして背景だけ塗り方が汚いのかと疑問に思うのか。
 どうでもいいことやけど、どうせなら、この絵ド下手くそ兄貴と罵ってくれる方がいい気がする。
 そこに俺がいなくても。
 この期間が終わった後どうなるのか、みんなも俺自身のことも分からない。
 でも、できることなら、覚えていてほしいな。
 この7日間、ここに俺がいたってことを。

「何その顔。死にぎわにだらだらと主人公に遺言のこす相棒キャラみたいになっとるよ」
「縁起でもないこと言うな。…………なぁ、椿」
「んー」
「もしさ、自分が数日後に死ぬって分かったら、お前どうする」
「は?何それ。数日ってどんくらい」
「あー、そうだな…………3日くらい」
「3日ね。そりゃやりたいことやる。友達とあそんで、好きなマンガ読んで、にぃとゲームして、みんなで母さんの作ったハンバーグ食べて。あ、宿題もやるよ」
「はぁ?どこまで見栄っ張りなん」
「ちがうし。何て言うの、人生最後の宿題って考えるとなんかしみじみとせん?」
「せん。てか、それやってること今と変わらんじゃん。まんま夏休みのお前だし」
「ほんとだ。だって突然言われても思いつかんし」
「まぁ、だよな」
「にぃは何すんの?のこり3日ってなったら」
「そうだな…………多分、お前と同じじゃないかな。特別にやりたいことって、今のところないし。普通に今まで通りの日常を過ごせたら、それでいいかな」
「……ふーん。自分からふっといてつまらん回答やね」
「別に大喜利がしたかったわけじゃないけど」
 筆が止まっとると急かされ、残りの余白部分を塗っていく。
 そして、1時間ちょっとでようやく完成した。
「はー、できた。今日の一行日記これ書こうかな。兄にポスター手伝ってもらったって」
「1人でやらんとだめですとか言われんか」
「それはええの。ヘタすぎてすぐやめさせましたって書くけ」
「ひっど」
「でもありがと、にぃ]
 にかっと笑顔を見せてそう言った。
「どーいたしまして。絵の具ちゃんと片付けぇよ」
 椿が道具を持って立ち上がった時、そのハプニングは起こった。
 絵の具のついたままのパレットが手から滑り落ちる。
 そして、完成したポスターの上に着地する。
 その数センチ手前で俺の奇跡的反射神経が働き、見事パレットをキャッチした。
 はぁ…………心臓止まるかと思った。



 椿が言ったからなのか知らないが、夕飯はハンバーグだった。小躍りしてはしゃぐ様はまだまだ小学生だな。
 地元ニュースが流れるテレビを横目に箸を進める。
 珍しく4人揃った食卓。
 この風景も、会話も、もうこれっきりなんだろう。
 俺にとっても。みんなにとっても。
 もうこの4つの席が埋まることはなくなる。
 とか言って、ちゃっかり俺の席に誰かか座るようになったりしてな。まぁ、遼がたまにふらっと来た時に座る椅子になっていればいいか。
 ともかく、今ここに全員揃っているのなら。
 さっとテーブルを見渡して、箸を持ったまま、特に前置きもなく一言告げた。
 今まで、ありがとう。
 当然両親は突然何言っとんという顔をしていた。俺もそっちの立場だったら同じ顔になっていただろう。
 何となく言いたい気分だっただけ、気にせんで。そう言うと2人共何事もなかったように食事に戻った。
 俺だって、何言ってんだって思ってる。こんな気恥ずかしくなることもそうそうない。
 ただ、こうして4人で食卓を囲んでいると、ふと本当にそんな気分になった。
 みんなのおかげで、この日常があった。
 だから、今のうちに伝えたい。
 たとえ俺という人格も肉体も消えるとしても。たとえ誰の記憶に残らないとしても。
 盛大に柄にもないことをした。これは絶対茶々入れてくるだろうな、あいつ。
 だが当の椿は、関心のなさそうな顔でただ静かにスープをすすっていた。



 夜になると、雨は上がっていた。
 明日の天気は晴れらしい。また暑い日差しが戻ってくる。
 電気スタンドを明かりにベッドの上でスマホをいじっていると、部屋のドアが開いた。
「にぃ、起きとる?」
 パジャマ姿の椿が立っていた。
「今日はよう来るな、椿。どした。またホラー実況見て寝れんくなったんか」
「いつの話しよるん。もうなれたし。…………あんさ、宿題の日記なんやけどさ」
「うん」
「やっぱ、にぃといっしょにポスターかいて楽しかったって、書くわ。ちゃんと」
「あっそ。下手くそとの合作って証拠になるけどええんか」
「よくないけど、ほんとのこと書いた方がいいじゃろ。うちはにぃとちがってマジメやけぇ」
「そーやな。で、用件は何」
「そんだけ。じゃおやすみ」
 パタンとドアが閉まる。
 ……ほんとにそれだけだったんか。なのにわざわざ出向いてきて。意味分からんな。
 スマホを机の上に置き、充電器に繋げる。

 リーンリーンリーンリーンリーン…………

 開いた窓から微かに虫の音が聞こえる。
 昼間のうるさいやつと違って、穏やかな音色。
 明かりを消してベッドに寝転ぶ。
 ありがと、にぃ。
 そう言って笑う椿の顔が脳裏に浮かぶ。
 負けず嫌いで。気に食わないとすぐ怒って手や足が出て。俺より頭が良くて。でも抜けてるところがあって。頼み事してるくせに偉そうで。礼を言う時は笑顔ではっきり言う。
 お前が妹でよかった、と断言するのは若干抵抗があるが、嫌だったとは思ってない。勉強中に部屋に押しかけてくると放り出したくなったりしたが、今振り返れば騒がしく、充実した日々だった。
 てかもうやめよ。下手に回想して黒歴史を思い出したら気分悪い。
 目を閉じ、意識が沈んでいくのに身を任せる。

 ……楽しかった、か。
 お前もそう思えたなら、よかった。

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