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6日目
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ツクツクボーシツクツクボーシ…………
蒸し暑い空気。オレンジに染まった空。
「あ、にぃ赤いとこふんだー。アウト」
後ろを歩く椿が言う。
カラフルなレンガの歩道のうち、一色だけを踏むというルールが現在設けられている。
「俺今無敵タイムだから」
「はぁ?いつ言ったんそれ。何時何分何秒地球が何回まわった時?」
「16時41分45秒地球が25回回った時」
「うそ。地球ができてそんだけの回数しか回ってないわけないし」
「いつから数えてっつー指定はなかったろ」
「あー、確かに。ていうか実際何回なんかね。計算したら分かるんかな」
「分かったところでどうでもいい」
「あ、にぃまたふんだ。もうこっから青いとこしか歩けんけ」
「そんなんいつ決めたん。何時何分何秒地球が何回滅亡した時?」
「めつぼーって、そしたらうちら生きてないじゃん」
「知らんだけで案外プチっと滅んどるかもよ」
「そんな気軽なかんじやだー」
元々1人で行くはずだったが、今朝になって椿が急に一緒に連れていけと言い出した。断ったらどうせ蹴りかパンチが飛んでくるため、仕方なく同意した次第だ。
トントンとサンダルの音がついてくるのを聞きつつ、夕暮れの町を歩く。
結城山高校の西側を流れる御魂川。それに沿って北側へ歩くこと10分。
たどり着いたのは開けた川原。
大分人が集まっている。特に子供が多い。
「ねぇにぃ。このとうろう流しってさ、何年やっとるっけ」
「もう70年近いらしいで。まぁ風習自体は何百年も前からあったらしいけど。戦後くらいから本格的にやり始めたって」
「なんでそのころから?」
「元々灯籠流しは亡くなった人を弔うための行事じゃけぇ。送り火と一緒よ。灯籠に亡くなった人と自分の名前を書いて川に流す。今は専ら願い事とかを書くようになっとるけど。祭りの舞台ってことでここは遊泳禁止になっとるし」
「ふーん。てか、なんでそんなくわしいん」
「中学ん時何かの授業でやった気がする」
死者である俺が死者を弔う。なんか矛盾しとるみたいだな。
行き交う人を避けつつ進む。待ち合わせ場所はどの辺だったか。
見渡しながら歩いていると、気付けば椿がいなくなっていた。
あいつどこ行った。
溜息を吐いて探しにかかる。同じくらいの年の奴ばっかで見分け辛いな。
その時、前から歩いて来た人とぶつかった。
「あっ、すみませ__」
「ああどうも。お、君学生さん?地元の子かな。僕初めてこの町に来たんだけど、君は今日の祭りにはよく来てるの?」
出会い頭にぺらぺらとまくし立てる謎の男。
何だこいつ。
「えっと……あの__」
「実は僕ライターやっててね、結構有名な雑誌とかに記事載せてるんだよ。あまり若い子向けじゃないから知らないかな。あ、これ名刺、よかったら。今日は取材じゃなくて休暇として来たんだけど、やっぱりこういうのどかな情景っていいねぇ。都会で暮らしてたら自然と触れ合う機会なんてほぼないし。君はどう?長年住んでいる側としては退屈に感じたりするのかな」
「……さぁ」
「それにしてもこの日に来られてよかったよ。昔ながらの風情ある伝統行事で、何やらいわくつきらしいしね。君も知ってるかな、あの山の上にある御魂神社の噂」
そう言って指差すのは、川のすぐそばにそびえる小高い山。
あそこの神社って、俺が生き返った場所か。
「悪霊が潜んでいるとか、あの世へ通じる入口があるとか言われていてね。実際過去30年間で20人近くが境内で自殺している。何かがあってもおかしくないと思わないか。それに灯籠流しにまつわる昔話と関係があるって話もあるんだ。君何か知らないかな」
「なんで、俺に訊くんですか」
「何となくだけど、君何だか他の人と雰囲気が違うよね。浮世離れしてるというか」
「えっ……」
「あとは10年以上この仕事をやってきて身に付いた勘、みたいなものかな。何か知っているんじゃないかってね」
「そ、そんなこと……ないです」
「今日は仕事じゃないけど、気になったら調べたくなる質でね。些細なことでいいから教えてもらえないかな」
こっちの事情を気にする様子もなく、ずいずいと詰め寄ってくる。
脳内で警報が鳴り響く。
何なんだこいつは本当に。
まずい。これ以上問い詰められたら、ばれるかもしれない。
俺が死者だってことが。
それはだめだ。それだけは避けないと。
「あ、あの、俺は何も知らな__」
その時、突然腕を掴まれた。
ぐいっと引っ張られ、気付くと目の前に背中が立ちはだかっていた。
「迷惑なのでやめてもらえますか。しつこいようなら警備の人呼びますよ」
きっぱりとした口調。相手を悪と決めつけてかかる、威圧的な声。
「ああいや、別に問い詰めるつもりはなかったんだよ。すまないね、つい仕事モードになっちゃって」
「祭りの風紀を乱すようなことはしないでください。それでは」
と、その人物は腕を掴んだままその場を離れる。引っ張られるがままその後についていく。
速い歩調。強く握る手。伝わる熱。
あの時と、同じ。
人混みを抜けて、ようやく足が止まった。
「……あ、その…………遼。俺__」
「大丈夫だったか、敦輝。何か変なのに絡まれとったな。ああいうのは無視してさっさと逃げるに限んの。分かったか」
振り向いた顔にはさっきの険悪な雰囲気は欠片もなく、いつも通りの優々とした表情。
それを目にした時、高まっていた不安感がスッと消えたような気がした。
「え、あ……うん」
「ほら、みんな待っとるけ行くよ。全く、兄のお前が迷子になってどうすんの」
「別になってないし」
「お前だけはぐれとったじゃん。にぃがどっか消えたってつーちゃんが言いに来たよ」
「あいつ何なんマジで。…………なぁ、遼。昨日のこと……」
「あれは俺が悪かったけ。何つーかイライラしとって、出任せにお前にひどいこと言った。お前には、絶対言っちゃいけないことだったのに。本当にごめん、敦輝」
真っ直ぐ目を見据え、真剣な表情でそう言った。
……そっか。それを気に病んでたのか。
「あぁ、うん…………俺も、ごめん。当たりがしつこかった。俺が何かまずいこと言ったんかって思って」
「何、お前いつからご機嫌伺いキャラになったん」
「違うし。なんか、気になっただけというか」
「どの道詮索好きにはなっとるな」
「んっ…………悪かったな」
「ははっ、認めるんか」
そう言って笑う遼に苦々しい表情を返しつつ、ザクザクと砂地を歩く。
あぁ、何だかすっきりしたな。昨日から溜まっていた妙なもやもやがなくなった。
これが仲直りってやつか。
少しして、馴染みのある顔ぶれが並んでいるのが見えてきた。
「迷子者1名確保してきたでー」
「おう、ナイス遼。ほんまに連行されとるな敦輝。ウケるわ」
「あ、椿ちゃん、お兄ちゃん来たよ」
「世話が焼けるのー」
「ほんと、にぃの方がよっぽどコドモじゃん」
お前は何でドヤ顔してんだ。腹立つ。
「じゃ、みんな揃ったし行こうか。受付はあのテントだったよね」
「ああ。……つか遼」
「何?」
「これ、いつまで握ってんだ」
最初腕を掴んでいたはずの遼の手が、いつの間にか手のひらにある。指ががっちり絡んできて離そうにも離れない。
「あ、ごめん。でも迷子はきちんと届けんといけんからね」
「じゃけその扱いやめろや」
「怒らんでもええのに。もうおらんくなるなよ」
するっと手が離れる。
ふと軽くなった左手を、ぎゅっと握り締める。
このまま、熱が逃げないように。
日が落ちて空が深青に染まる。
辺りが暗くなる中川原を照らすのは、数多くの灯り。
四角い木枠を紙で覆い、内側に火を灯した蝋燭を設置する。ぼんやりと橙の光を放つ、両手サイズ程の灯籠の完成。
水流のそばに立つと、既にいくつもの灯籠がゆったりと流れていくのが見える。
しゃがみ込み、手にした灯籠をそっと水面に浮かべる。揺らめく火が覆いの用紙に書かれた文字を浮かび上がらせる。
「なぁなぁ、お前らは何書いた?俺は体育祭の優勝祈願にしといた。今年こそは勝ったるけ」
「あんたは呑気じゃね智士。うちは秋の定期テストで赤点取らんようにって書いた。前期ほんまやばかったけぇさ。神頼みでもすがりたいわ。仁奈は?」
「わたしは修学旅行で台風が直撃しませんようにって書いた。中止だけは避けねばー」
「10月下旬でしょ?大丈夫じゃね?」
「去年は台風で帰りの新幹線止まって足止めくらったって先輩から聞いたよー。じゃけぇあり得る」
「マジか。ならしっかりお祈りしとこ」
「んで、敦輝は何書いたん」
「世界平和」
「嘘吐け。この流れでそれはおかしいだろ」
「ニュアンスとしてはそんな感じ。後は察しろ」
「そのキーワードだけで何を察しろと」
疑問な表情の智士の問いかけをスルーし、川に視線を向ける。すると横にいた椿が、
「にぃのことじゃけ、どうせ言うのもハズいくらいしょーもないことよ。この平和でじだらくな日々がずっと続きますようにーとか」
「黙れや。お前こそ月に行きたいとか好きな人とデートしたいとか毎回幼稚なこと書いとるくせに」
「それの何が悪いん。にぃのふわっとしてつまらんねがいごとよりいいし。ねぇ遼にぃ」
「うん?そうやねぇ。みんな一杯やりたいことがあっていいと思うよ」
「遼は何にしたんだ」
「知りたい?じゃったらこん中から俺の当ててみ」
「えー、そんなん無理やろ。自分のすらどこに流れてったかもう分からんのに」
下流へ静かに遠ざかっていく数十の灯籠群。暗い川を漂うそれらは夜空に輝く星々のよう。
幻想的。毎年のように見ていてもそう思える風景だ。
「ねぇ椿ちゃん、この灯籠流しにまつわる昔話って知っとる?」
少し遠くに立って川を眺める中、祈李が言った。
「昔話?」
「うん。ほとんどおとぎ話みたいなもんじゃけどね。えっと、むかーしむかし、ある村に1人の男がいました。ある日男は最愛の恋人を亡くし、悲しみに暮れた男は神社で祈りを捧げました。もう一度彼女に会いたいと。するとその後亡くなったはずの恋人とばったり出会い、2人は喜び合って共に過ごしました。でも幸せな日々は終わりを告げ、恋人の魂は天に還っていきました。男は深く嘆き、彼女が溺れ死んだ川へすぐさま身を投げました。その後村の人々は2人の冥福を祈って、その川に葉っぱで作った灯籠を流しました。以来その村では毎年その時期に灯籠流しが行われるようになったのです。……っていうお話」
「へぇぇ、初めて聞いた。その川がここなん?」
「そう。この御魂川が舞台。ついでに神社っていうのも、あっこの山の上の御魂神社のことらしいよ。勝手に山入ったら神様に怒られるよって小さい頃言われんかった?」
「それはある。にぃと山であそぼうとしたら近所のばあちゃんに止められて」
ミタマサマに魂持ってかれるで。
俺が小学生だった時、通りかかった老婆にそう咎められた記憶がある。
あの時は何のことか分からなかったが、あの神社に祀られている神様だったのか。
「祈李さー、さっきの昔話誰から聞いたんー?」
「うちの母さんから。仁奈も知ってんの?」
「わたしは友達に聞いたけど、ちょっと違うなーと思って。確か最後のとこ、男女揃って川に入水したんだったような。どっちにしろシビアな結末だけどねー」
「あ、そういや俺も似たようなの聞いたことあるで。爺ちゃんが若かった頃に、病気で死んだ弟が帰ってきた夢を見たって言ってた」
「それはほんとにただの夢でしょ。願望の表れっていうか」
死んだ人間が生き返った、か。
そんな昔話があったんだな。実際死んだ俺が既に6日目の時を過ごしていることを考えると、かなりフィクション性の薄い話ということになる。
神社も関係しているなら、5日前のスタート地点があの場所だったことには確かな意味があったわけだ。そうなると、誰かが俺を生き返らせたいと願ったってことに……。
「どしたん、敦輝。ぼーっと考え込んで」
ひょいっと遼が顔を覗き込んでくる。
「あぁいや、俺は聞いたことなかったなと思ってさ、その話。お前は知っとったか」
「まぁね。子供ながらに疑問だったよ。なんで最後別れなきゃいけんのん、幸せに暮らしましたってオチじゃだめなんかって。でも今は、それでもいいんだって思える。それでも、幸せに……」
「遼?」
「まぁなんだ、その物語作った奴はハッピーエンドが嫌いだったんよ多分。俺もたまにそういう話読んで、世界の過酷さや人間の残忍さを改めて思い知る」
「病んどるだろそれ」
「どうやっても気分が上がらん時に読むとスカっとするで。敦輝もやってみ今度。今のおすすめはー……」
「いらんわ」
でも確かに、真偽の曖昧な話についてあれこれ考えても仕方ないか。自分に残された時間が変わるわけでもないし。
あと1日。明日で俺は、死者に戻る。
祭りが終わったら、俺は消えていなくなる。
これでよかったのか、やり残したことができたのか、正直よく分からない。
それでも最後まで、思いっ切り楽しもう。
大切な友達と一緒に。
ふと川へ目線を戻すと、灯籠の大半が遠くへ流れてわずかな点になっていた。
願い、叶うといいな。
あいつらには知られなくてよかった。
世界どころかたった1日だけの平和なんて、ケチにも程があるって言われるだろうから。
蒸し暑い空気。オレンジに染まった空。
「あ、にぃ赤いとこふんだー。アウト」
後ろを歩く椿が言う。
カラフルなレンガの歩道のうち、一色だけを踏むというルールが現在設けられている。
「俺今無敵タイムだから」
「はぁ?いつ言ったんそれ。何時何分何秒地球が何回まわった時?」
「16時41分45秒地球が25回回った時」
「うそ。地球ができてそんだけの回数しか回ってないわけないし」
「いつから数えてっつー指定はなかったろ」
「あー、確かに。ていうか実際何回なんかね。計算したら分かるんかな」
「分かったところでどうでもいい」
「あ、にぃまたふんだ。もうこっから青いとこしか歩けんけ」
「そんなんいつ決めたん。何時何分何秒地球が何回滅亡した時?」
「めつぼーって、そしたらうちら生きてないじゃん」
「知らんだけで案外プチっと滅んどるかもよ」
「そんな気軽なかんじやだー」
元々1人で行くはずだったが、今朝になって椿が急に一緒に連れていけと言い出した。断ったらどうせ蹴りかパンチが飛んでくるため、仕方なく同意した次第だ。
トントンとサンダルの音がついてくるのを聞きつつ、夕暮れの町を歩く。
結城山高校の西側を流れる御魂川。それに沿って北側へ歩くこと10分。
たどり着いたのは開けた川原。
大分人が集まっている。特に子供が多い。
「ねぇにぃ。このとうろう流しってさ、何年やっとるっけ」
「もう70年近いらしいで。まぁ風習自体は何百年も前からあったらしいけど。戦後くらいから本格的にやり始めたって」
「なんでそのころから?」
「元々灯籠流しは亡くなった人を弔うための行事じゃけぇ。送り火と一緒よ。灯籠に亡くなった人と自分の名前を書いて川に流す。今は専ら願い事とかを書くようになっとるけど。祭りの舞台ってことでここは遊泳禁止になっとるし」
「ふーん。てか、なんでそんなくわしいん」
「中学ん時何かの授業でやった気がする」
死者である俺が死者を弔う。なんか矛盾しとるみたいだな。
行き交う人を避けつつ進む。待ち合わせ場所はどの辺だったか。
見渡しながら歩いていると、気付けば椿がいなくなっていた。
あいつどこ行った。
溜息を吐いて探しにかかる。同じくらいの年の奴ばっかで見分け辛いな。
その時、前から歩いて来た人とぶつかった。
「あっ、すみませ__」
「ああどうも。お、君学生さん?地元の子かな。僕初めてこの町に来たんだけど、君は今日の祭りにはよく来てるの?」
出会い頭にぺらぺらとまくし立てる謎の男。
何だこいつ。
「えっと……あの__」
「実は僕ライターやっててね、結構有名な雑誌とかに記事載せてるんだよ。あまり若い子向けじゃないから知らないかな。あ、これ名刺、よかったら。今日は取材じゃなくて休暇として来たんだけど、やっぱりこういうのどかな情景っていいねぇ。都会で暮らしてたら自然と触れ合う機会なんてほぼないし。君はどう?長年住んでいる側としては退屈に感じたりするのかな」
「……さぁ」
「それにしてもこの日に来られてよかったよ。昔ながらの風情ある伝統行事で、何やらいわくつきらしいしね。君も知ってるかな、あの山の上にある御魂神社の噂」
そう言って指差すのは、川のすぐそばにそびえる小高い山。
あそこの神社って、俺が生き返った場所か。
「悪霊が潜んでいるとか、あの世へ通じる入口があるとか言われていてね。実際過去30年間で20人近くが境内で自殺している。何かがあってもおかしくないと思わないか。それに灯籠流しにまつわる昔話と関係があるって話もあるんだ。君何か知らないかな」
「なんで、俺に訊くんですか」
「何となくだけど、君何だか他の人と雰囲気が違うよね。浮世離れしてるというか」
「えっ……」
「あとは10年以上この仕事をやってきて身に付いた勘、みたいなものかな。何か知っているんじゃないかってね」
「そ、そんなこと……ないです」
「今日は仕事じゃないけど、気になったら調べたくなる質でね。些細なことでいいから教えてもらえないかな」
こっちの事情を気にする様子もなく、ずいずいと詰め寄ってくる。
脳内で警報が鳴り響く。
何なんだこいつは本当に。
まずい。これ以上問い詰められたら、ばれるかもしれない。
俺が死者だってことが。
それはだめだ。それだけは避けないと。
「あ、あの、俺は何も知らな__」
その時、突然腕を掴まれた。
ぐいっと引っ張られ、気付くと目の前に背中が立ちはだかっていた。
「迷惑なのでやめてもらえますか。しつこいようなら警備の人呼びますよ」
きっぱりとした口調。相手を悪と決めつけてかかる、威圧的な声。
「ああいや、別に問い詰めるつもりはなかったんだよ。すまないね、つい仕事モードになっちゃって」
「祭りの風紀を乱すようなことはしないでください。それでは」
と、その人物は腕を掴んだままその場を離れる。引っ張られるがままその後についていく。
速い歩調。強く握る手。伝わる熱。
あの時と、同じ。
人混みを抜けて、ようやく足が止まった。
「……あ、その…………遼。俺__」
「大丈夫だったか、敦輝。何か変なのに絡まれとったな。ああいうのは無視してさっさと逃げるに限んの。分かったか」
振り向いた顔にはさっきの険悪な雰囲気は欠片もなく、いつも通りの優々とした表情。
それを目にした時、高まっていた不安感がスッと消えたような気がした。
「え、あ……うん」
「ほら、みんな待っとるけ行くよ。全く、兄のお前が迷子になってどうすんの」
「別になってないし」
「お前だけはぐれとったじゃん。にぃがどっか消えたってつーちゃんが言いに来たよ」
「あいつ何なんマジで。…………なぁ、遼。昨日のこと……」
「あれは俺が悪かったけ。何つーかイライラしとって、出任せにお前にひどいこと言った。お前には、絶対言っちゃいけないことだったのに。本当にごめん、敦輝」
真っ直ぐ目を見据え、真剣な表情でそう言った。
……そっか。それを気に病んでたのか。
「あぁ、うん…………俺も、ごめん。当たりがしつこかった。俺が何かまずいこと言ったんかって思って」
「何、お前いつからご機嫌伺いキャラになったん」
「違うし。なんか、気になっただけというか」
「どの道詮索好きにはなっとるな」
「んっ…………悪かったな」
「ははっ、認めるんか」
そう言って笑う遼に苦々しい表情を返しつつ、ザクザクと砂地を歩く。
あぁ、何だかすっきりしたな。昨日から溜まっていた妙なもやもやがなくなった。
これが仲直りってやつか。
少しして、馴染みのある顔ぶれが並んでいるのが見えてきた。
「迷子者1名確保してきたでー」
「おう、ナイス遼。ほんまに連行されとるな敦輝。ウケるわ」
「あ、椿ちゃん、お兄ちゃん来たよ」
「世話が焼けるのー」
「ほんと、にぃの方がよっぽどコドモじゃん」
お前は何でドヤ顔してんだ。腹立つ。
「じゃ、みんな揃ったし行こうか。受付はあのテントだったよね」
「ああ。……つか遼」
「何?」
「これ、いつまで握ってんだ」
最初腕を掴んでいたはずの遼の手が、いつの間にか手のひらにある。指ががっちり絡んできて離そうにも離れない。
「あ、ごめん。でも迷子はきちんと届けんといけんからね」
「じゃけその扱いやめろや」
「怒らんでもええのに。もうおらんくなるなよ」
するっと手が離れる。
ふと軽くなった左手を、ぎゅっと握り締める。
このまま、熱が逃げないように。
日が落ちて空が深青に染まる。
辺りが暗くなる中川原を照らすのは、数多くの灯り。
四角い木枠を紙で覆い、内側に火を灯した蝋燭を設置する。ぼんやりと橙の光を放つ、両手サイズ程の灯籠の完成。
水流のそばに立つと、既にいくつもの灯籠がゆったりと流れていくのが見える。
しゃがみ込み、手にした灯籠をそっと水面に浮かべる。揺らめく火が覆いの用紙に書かれた文字を浮かび上がらせる。
「なぁなぁ、お前らは何書いた?俺は体育祭の優勝祈願にしといた。今年こそは勝ったるけ」
「あんたは呑気じゃね智士。うちは秋の定期テストで赤点取らんようにって書いた。前期ほんまやばかったけぇさ。神頼みでもすがりたいわ。仁奈は?」
「わたしは修学旅行で台風が直撃しませんようにって書いた。中止だけは避けねばー」
「10月下旬でしょ?大丈夫じゃね?」
「去年は台風で帰りの新幹線止まって足止めくらったって先輩から聞いたよー。じゃけぇあり得る」
「マジか。ならしっかりお祈りしとこ」
「んで、敦輝は何書いたん」
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「嘘吐け。この流れでそれはおかしいだろ」
「ニュアンスとしてはそんな感じ。後は察しろ」
「そのキーワードだけで何を察しろと」
疑問な表情の智士の問いかけをスルーし、川に視線を向ける。すると横にいた椿が、
「にぃのことじゃけ、どうせ言うのもハズいくらいしょーもないことよ。この平和でじだらくな日々がずっと続きますようにーとか」
「黙れや。お前こそ月に行きたいとか好きな人とデートしたいとか毎回幼稚なこと書いとるくせに」
「それの何が悪いん。にぃのふわっとしてつまらんねがいごとよりいいし。ねぇ遼にぃ」
「うん?そうやねぇ。みんな一杯やりたいことがあっていいと思うよ」
「遼は何にしたんだ」
「知りたい?じゃったらこん中から俺の当ててみ」
「えー、そんなん無理やろ。自分のすらどこに流れてったかもう分からんのに」
下流へ静かに遠ざかっていく数十の灯籠群。暗い川を漂うそれらは夜空に輝く星々のよう。
幻想的。毎年のように見ていてもそう思える風景だ。
「ねぇ椿ちゃん、この灯籠流しにまつわる昔話って知っとる?」
少し遠くに立って川を眺める中、祈李が言った。
「昔話?」
「うん。ほとんどおとぎ話みたいなもんじゃけどね。えっと、むかーしむかし、ある村に1人の男がいました。ある日男は最愛の恋人を亡くし、悲しみに暮れた男は神社で祈りを捧げました。もう一度彼女に会いたいと。するとその後亡くなったはずの恋人とばったり出会い、2人は喜び合って共に過ごしました。でも幸せな日々は終わりを告げ、恋人の魂は天に還っていきました。男は深く嘆き、彼女が溺れ死んだ川へすぐさま身を投げました。その後村の人々は2人の冥福を祈って、その川に葉っぱで作った灯籠を流しました。以来その村では毎年その時期に灯籠流しが行われるようになったのです。……っていうお話」
「へぇぇ、初めて聞いた。その川がここなん?」
「そう。この御魂川が舞台。ついでに神社っていうのも、あっこの山の上の御魂神社のことらしいよ。勝手に山入ったら神様に怒られるよって小さい頃言われんかった?」
「それはある。にぃと山であそぼうとしたら近所のばあちゃんに止められて」
ミタマサマに魂持ってかれるで。
俺が小学生だった時、通りかかった老婆にそう咎められた記憶がある。
あの時は何のことか分からなかったが、あの神社に祀られている神様だったのか。
「祈李さー、さっきの昔話誰から聞いたんー?」
「うちの母さんから。仁奈も知ってんの?」
「わたしは友達に聞いたけど、ちょっと違うなーと思って。確か最後のとこ、男女揃って川に入水したんだったような。どっちにしろシビアな結末だけどねー」
「あ、そういや俺も似たようなの聞いたことあるで。爺ちゃんが若かった頃に、病気で死んだ弟が帰ってきた夢を見たって言ってた」
「それはほんとにただの夢でしょ。願望の表れっていうか」
死んだ人間が生き返った、か。
そんな昔話があったんだな。実際死んだ俺が既に6日目の時を過ごしていることを考えると、かなりフィクション性の薄い話ということになる。
神社も関係しているなら、5日前のスタート地点があの場所だったことには確かな意味があったわけだ。そうなると、誰かが俺を生き返らせたいと願ったってことに……。
「どしたん、敦輝。ぼーっと考え込んで」
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「あぁいや、俺は聞いたことなかったなと思ってさ、その話。お前は知っとったか」
「まぁね。子供ながらに疑問だったよ。なんで最後別れなきゃいけんのん、幸せに暮らしましたってオチじゃだめなんかって。でも今は、それでもいいんだって思える。それでも、幸せに……」
「遼?」
「まぁなんだ、その物語作った奴はハッピーエンドが嫌いだったんよ多分。俺もたまにそういう話読んで、世界の過酷さや人間の残忍さを改めて思い知る」
「病んどるだろそれ」
「どうやっても気分が上がらん時に読むとスカっとするで。敦輝もやってみ今度。今のおすすめはー……」
「いらんわ」
でも確かに、真偽の曖昧な話についてあれこれ考えても仕方ないか。自分に残された時間が変わるわけでもないし。
あと1日。明日で俺は、死者に戻る。
祭りが終わったら、俺は消えていなくなる。
これでよかったのか、やり残したことができたのか、正直よく分からない。
それでも最後まで、思いっ切り楽しもう。
大切な友達と一緒に。
ふと川へ目線を戻すと、灯籠の大半が遠くへ流れてわずかな点になっていた。
願い、叶うといいな。
あいつらには知られなくてよかった。
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ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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