33 / 41
第3章
プロローグ
しおりを挟む
倒壊したビル。
木片の山と化した家屋。
炭化し潰れた車。
ひび割れ、地肌を覗かせるアスファルト。
根元から折れ、地面に転がる電柱や信号機。
風で舞い上がる土埃や灰。
死体。
道路。車体の下。瓦礫の間。公園の中。
あちこちに、死体。死体。死体。
顔が潰れている。
手や足がない。
赤黒い血だまりに沈み、原形を留めていない。
転がっているものは全て、死体。
そして、それらの間をぬって、ゆっくりと歩を進めるものは__
「本当に、誰もいないんだな」
黒い髪。細い腕。
汚れた白シャツ。黒いズボン。
穏やかな声。飄々とした背中。
ポケットに手を突っ込み、のんびり散歩をするような足取り。
「こうして歩いて、もう何日経ったか。ずっとこんな状況が続いてるなんて、まるで」
「世界が滅んだみたいだ」
振り返る。
あどけない少年の顔。
黒髪が揺れ、隙間から左目が覗く。
光のない漆黒の眼球。
「でも不思議だな。いつの間にこんなことになったんだ」
「大量の霊的エネルギーが必要だったから、あちこち集めて回った。おかげでたくさん手に入ったよ。肉体を壊せば、入れ物を失ったエネルギーが外に飛び出す。それを取り込めばいい。…………あぁ、そっか」
「全部、俺が壊したんだった」
笑う。
瓦礫と死骸の世界で。
楽しそうに、笑う。
「大変だったよ。どいつもこいつも逃げ回るし、挙句邪魔をしてくる奴らもいた。面倒だからまとめて潰したけど、本当に疲れた。でも、何とかやり遂げたよ」
「こうして、お前をそばに置くことができた」
手を伸ばす。
愛おしそうに。
哀しそうに。
「倒れているお前を見た時は驚いたよ。それからずっと、消えようとする魂を繋ぎ止めるのに必死で……。初めてだけど成功してよかった」
「本当はもっと人らしい姿にしてやりたかったが、俺の力ではここまでが限界だった。ごめんな」
少年の骨張った手が、“それ”をなでる。
灰色の、爬虫類のような巨大な手。
5本指の先端に付いた、鋭い鉤爪。
「でも、お前がどんな姿だろうと、俺はずっとそばにいるから。お前の魂だけは、絶対に手放したりしないから」
町と人間の残骸には目もくれず、少年は言う。
唯一光を灯した右側、濃緑の瞳を向けて言う。
「たとえ他の全てが壊れてなくなっても、お前さえいるなら、俺はそれでいい」
誓うように。
呪うように。
「ずっと、ずっと一緒にいるよ」
「___」
______________
白い天井。
消毒液のような匂い。
横たわった体。
ああ、この感じは、覚えがある。
病院だ。
小さく息を吐く。
手先、足先。動く。
腕には何やらチューブが繋げられている。点滴か。
起き上がろうとしたが、やめた。自分の状態が分からないうちは、看護師さんか誰かが来るまでじっとしていた方がいいだろう。
あぁ、そうだ。何で俺は、こんなことになっている。
病院ってことは、怪我か病気だよな。何があって…………何が…………。
……だめだ。何も思い出せない。
でも…………そうだ。
何か、夢。
夢のようなものを、ずっと見ていた気がする。
どこまでも静かで。不気味で。何もかもがなくなっていて。それが延々と続いていく。そんな夢。
はっきりと映像を思い出せるわけではない。でも。
何だか、妙に現実味があって。
実際にあった、あり得たかもしれないことで。
……って、何だよそれ。夢が現実になるなんて、そんなのあるわけないだろ。
目線を横に向け、窓を見る。
橙の空。夕方か。
今って何日だろう。俺はいつからここにいるんだ。
学校は。みんなは。母さんは。
父さんは。
一体、どこからが夢だったんだ。
パタン
ドアの開閉の音がした。
誰かが入ってくる。
病院の先生が来たのかな。
横を向こうとしたが、なかなか思うように動かない。
頭に何か巻かれてるのか。もしかして包帯か。
「…………名神……?」
微かに呟く声がした。
誰だろう。
左側に向けた目がようやく姿を捉えた。
黒っぽい上着にズボン。ブレザーにネクタイ。制服か。
そして__
「うわっ!」
何が起きた。
俺は入ってきた人物を見ていて、すると顔に目がいく寸前でその姿が消えた。
と思ったら、目の前にいた。
ものすごい速さで突進してきて、ベッドに寝ている俺に被さってきた。
うっ、重い。
「っ…………よかった。本当に…………よがっだ……」
絞り出すようなか細い声が、耳元で聞こえる。
何だ。もしかして、泣いて……。
「お前が……いなく、なったら…………俺は…………俺は」
覆い被さった腕にぎゅっと力が入り、肺が圧迫される。
ちょ、ほんと待って。息苦しいから。
……でも、それだけ不安にさせたってことだよな。
こんなに感情むき出しになる程に。
何があったのか分からなくても、それくらい分かる。
収まる気配のない圧迫感に耐えつつ、震える背中に両手をそっと乗せる。
「……心配かけて、ごめん。柳」
木片の山と化した家屋。
炭化し潰れた車。
ひび割れ、地肌を覗かせるアスファルト。
根元から折れ、地面に転がる電柱や信号機。
風で舞い上がる土埃や灰。
死体。
道路。車体の下。瓦礫の間。公園の中。
あちこちに、死体。死体。死体。
顔が潰れている。
手や足がない。
赤黒い血だまりに沈み、原形を留めていない。
転がっているものは全て、死体。
そして、それらの間をぬって、ゆっくりと歩を進めるものは__
「本当に、誰もいないんだな」
黒い髪。細い腕。
汚れた白シャツ。黒いズボン。
穏やかな声。飄々とした背中。
ポケットに手を突っ込み、のんびり散歩をするような足取り。
「こうして歩いて、もう何日経ったか。ずっとこんな状況が続いてるなんて、まるで」
「世界が滅んだみたいだ」
振り返る。
あどけない少年の顔。
黒髪が揺れ、隙間から左目が覗く。
光のない漆黒の眼球。
「でも不思議だな。いつの間にこんなことになったんだ」
「大量の霊的エネルギーが必要だったから、あちこち集めて回った。おかげでたくさん手に入ったよ。肉体を壊せば、入れ物を失ったエネルギーが外に飛び出す。それを取り込めばいい。…………あぁ、そっか」
「全部、俺が壊したんだった」
笑う。
瓦礫と死骸の世界で。
楽しそうに、笑う。
「大変だったよ。どいつもこいつも逃げ回るし、挙句邪魔をしてくる奴らもいた。面倒だからまとめて潰したけど、本当に疲れた。でも、何とかやり遂げたよ」
「こうして、お前をそばに置くことができた」
手を伸ばす。
愛おしそうに。
哀しそうに。
「倒れているお前を見た時は驚いたよ。それからずっと、消えようとする魂を繋ぎ止めるのに必死で……。初めてだけど成功してよかった」
「本当はもっと人らしい姿にしてやりたかったが、俺の力ではここまでが限界だった。ごめんな」
少年の骨張った手が、“それ”をなでる。
灰色の、爬虫類のような巨大な手。
5本指の先端に付いた、鋭い鉤爪。
「でも、お前がどんな姿だろうと、俺はずっとそばにいるから。お前の魂だけは、絶対に手放したりしないから」
町と人間の残骸には目もくれず、少年は言う。
唯一光を灯した右側、濃緑の瞳を向けて言う。
「たとえ他の全てが壊れてなくなっても、お前さえいるなら、俺はそれでいい」
誓うように。
呪うように。
「ずっと、ずっと一緒にいるよ」
「___」
______________
白い天井。
消毒液のような匂い。
横たわった体。
ああ、この感じは、覚えがある。
病院だ。
小さく息を吐く。
手先、足先。動く。
腕には何やらチューブが繋げられている。点滴か。
起き上がろうとしたが、やめた。自分の状態が分からないうちは、看護師さんか誰かが来るまでじっとしていた方がいいだろう。
あぁ、そうだ。何で俺は、こんなことになっている。
病院ってことは、怪我か病気だよな。何があって…………何が…………。
……だめだ。何も思い出せない。
でも…………そうだ。
何か、夢。
夢のようなものを、ずっと見ていた気がする。
どこまでも静かで。不気味で。何もかもがなくなっていて。それが延々と続いていく。そんな夢。
はっきりと映像を思い出せるわけではない。でも。
何だか、妙に現実味があって。
実際にあった、あり得たかもしれないことで。
……って、何だよそれ。夢が現実になるなんて、そんなのあるわけないだろ。
目線を横に向け、窓を見る。
橙の空。夕方か。
今って何日だろう。俺はいつからここにいるんだ。
学校は。みんなは。母さんは。
父さんは。
一体、どこからが夢だったんだ。
パタン
ドアの開閉の音がした。
誰かが入ってくる。
病院の先生が来たのかな。
横を向こうとしたが、なかなか思うように動かない。
頭に何か巻かれてるのか。もしかして包帯か。
「…………名神……?」
微かに呟く声がした。
誰だろう。
左側に向けた目がようやく姿を捉えた。
黒っぽい上着にズボン。ブレザーにネクタイ。制服か。
そして__
「うわっ!」
何が起きた。
俺は入ってきた人物を見ていて、すると顔に目がいく寸前でその姿が消えた。
と思ったら、目の前にいた。
ものすごい速さで突進してきて、ベッドに寝ている俺に被さってきた。
うっ、重い。
「っ…………よかった。本当に…………よがっだ……」
絞り出すようなか細い声が、耳元で聞こえる。
何だ。もしかして、泣いて……。
「お前が……いなく、なったら…………俺は…………俺は」
覆い被さった腕にぎゅっと力が入り、肺が圧迫される。
ちょ、ほんと待って。息苦しいから。
……でも、それだけ不安にさせたってことだよな。
こんなに感情むき出しになる程に。
何があったのか分からなくても、それくらい分かる。
収まる気配のない圧迫感に耐えつつ、震える背中に両手をそっと乗せる。
「……心配かけて、ごめん。柳」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる