彼は誰時の窓下

桜部ヤスキ

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第3章

プロローグ

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 倒壊したビル。
 木片の山と化した家屋。
 炭化し潰れた車。
 ひび割れ、地肌を覗かせるアスファルト。
 根元から折れ、地面に転がる電柱や信号機。
 風で舞い上がる土埃や灰。
 
 死体。

 道路。車体の下。瓦礫の間。公園の中。

 あちこちに、死体。死体。死体。

 顔が潰れている。
 手や足がない。
 赤黒い血だまりに沈み、原形を留めていない。

 転がっているものは全て、死体。
 
 そして、それらの間をぬって、ゆっくりと歩を進めるものは__

「本当に、誰もいないんだな」

 黒い髪。細い腕。
 汚れた白シャツ。黒いズボン。
 穏やかな声。飄々とした背中。
 ポケットに手を突っ込み、のんびり散歩をするような足取り。
 
「こうして歩いて、もう何日経ったか。ずっとこんな状況が続いてるなんて、まるで」


「世界が滅んだみたいだ」


 振り返る。
 あどけない少年の顔。
 黒髪が揺れ、隙間から左目が覗く。
 光のない漆黒の眼球。

「でも不思議だな。いつの間にこんなことになったんだ」

「大量の霊的エネルギーが必要だったから、あちこち集めて回った。おかげでたくさん手に入ったよ。肉体を壊せば、入れ物を失ったエネルギーが外に飛び出す。それを取り込めばいい。…………あぁ、そっか」


「全部、俺が壊したんだった」


 笑う。
 瓦礫と死骸の世界で。
 楽しそうに、笑う。

「大変だったよ。どいつもこいつも逃げ回るし、挙句邪魔をしてくる奴らもいた。面倒だからまとめて潰したけど、本当に疲れた。でも、何とかやり遂げたよ」

「こうして、お前をそばに置くことができた」

 手を伸ばす。
 愛おしそうに。
 哀しそうに。

「倒れているお前を見た時は驚いたよ。それからずっと、消えようとする魂を繋ぎ止めるのに必死で……。初めてだけど成功してよかった」

「本当はもっと人らしい姿にしてやりたかったが、俺の力ではここまでが限界だった。ごめんな」

 少年の骨張った手が、“それ”をなでる。
 灰色の、爬虫類のような巨大な手。
 5本指の先端に付いた、鋭い鉤爪。

「でも、お前がどんな姿だろうと、俺はずっとそばにいるから。お前の魂だけは、絶対に手放したりしないから」

 町と人間の残骸には目もくれず、少年は言う。
 唯一光を灯した右側、濃緑の瞳を向けて言う。

「たとえ他の全てが壊れてなくなっても、お前さえいるなら、俺はそれでいい」

 誓うように。
 呪うように。


「ずっと、ずっと一緒にいるよ」


「___」




______________






 白い天井。
 消毒液のような匂い。
 横たわった体。
 ああ、この感じは、覚えがある。

 病院だ。

 小さく息を吐く。
 手先、足先。動く。
 腕には何やらチューブが繋げられている。点滴か。
 起き上がろうとしたが、やめた。自分の状態が分からないうちは、看護師さんか誰かが来るまでじっとしていた方がいいだろう。
 あぁ、そうだ。何で俺は、こんなことになっている。
 病院ってことは、怪我か病気だよな。何があって…………何が…………。
 ……だめだ。何も思い出せない。
 でも…………そうだ。
 何か、夢。
 夢のようなものを、ずっと見ていた気がする。
 どこまでも静かで。不気味で。何もかもがなくなっていて。それが延々と続いていく。そんな夢。
 はっきりと映像を思い出せるわけではない。でも。
 何だか、妙に現実味があって。
 実際にあった、あり得たかもしれないことで。
 ……って、何だよそれ。夢が現実になるなんて、そんなのあるわけないだろ。
 目線を横に向け、窓を見る。
 橙の空。夕方か。
 今って何日だろう。俺はいつからここにいるんだ。
 学校は。みんなは。母さんは。
 父さんは。
 一体、どこからが夢だったんだ。

 パタン

 ドアの開閉の音がした。
 誰かが入ってくる。
 病院の先生が来たのかな。
 横を向こうとしたが、なかなか思うように動かない。
 頭に何か巻かれてるのか。もしかして包帯か。


「…………名神……?」


 微かに呟く声がした。
 誰だろう。
 左側に向けた目がようやく姿を捉えた。
 黒っぽい上着にズボン。ブレザーにネクタイ。制服か。
 そして__

「うわっ!」

 何が起きた。
 俺は入ってきた人物を見ていて、すると顔に目がいく寸前でその姿が消えた。
 と思ったら、目の前にいた。
 ものすごい速さで突進してきて、ベッドに寝ている俺に被さってきた。
 うっ、重い。
「っ…………よかった。本当に…………よがっだ……」
 絞り出すようなか細い声が、耳元で聞こえる。
 何だ。もしかして、泣いて……。
「お前が……いなく、なったら…………俺は…………俺は」
 覆い被さった腕にぎゅっと力が入り、肺が圧迫される。
 ちょ、ほんと待って。息苦しいから。
 ……でも、それだけ不安にさせたってことだよな。
 こんなに感情むき出しになる程に。
 何があったのか分からなくても、それくらい分かる。
 収まる気配のない圧迫感に耐えつつ、震える背中に両手をそっと乗せる。


「……心配かけて、ごめん。柳」


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