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第34話

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 俺は、東京の下町で生まれ、両親に育てられた。
 いつも喧嘩ばかりの両親に息苦しさを感じていた。

 小さな頃に、両親の喧嘩を止める為泣きながら父に抱き着いたのは覚えている。
 何が原因で喧嘩したのかは覚えていない。

 でも、俺には父が、父が母を殴り殺すのではないかと、そう感じた。
 間違いだったのか、本当にそうだったのかは分からない。
 でも、俺は殴られる覚悟で父に抱き着いた。



 父は俺よりも酒・たばこ・ギャンブルが大事な人だった。
 口癖は、

 俺は知らない!
 お前がやれ!
 そういう人間だった。

 とにかく自分がやって貰うのは当然で人には協力したくない人間でとても我が強かった。

 ある日テレビのアンテナが風で揺れている事に気づいた。
 屋根に上ってアンテナを見てみると固定するねじがさびて駄目になっていた。
 最近テレビの映りも悪かった。

 みんなの役に立てると思った。
 俺は父に言った。

「父さん、アンテナのねじを買って2人でつけ直そう」

 その瞬間にテレビを見ていた父は激怒した。

「俺は知らない!どうでもいい!やりたいならお前がやれ!人に言わずに自分でやれ!!」

 その後アンテナが直っていない事で父から更に怒られた。

 父と話をすると形を変えて同じことが何度も起こった。
 父から学んだ。
 人を助けようとすると怒られる。
 人を助けようとすると悪い事が起きる。
 


 母はいつも機嫌が悪く、俺はよく怒られた。両親が喧嘩をして母が実家に帰ると、少し穏やかになったがそれでも何か起こると俺のせいにされた。

「カケルがいるせいで別れられない。カケルを生むんじゃなかったわ。あんたのせいよ」

 俺は母から学んだ。
 人と関わると色んな事を俺のせいにされる。



 小学校まで6キロの道を走って登下校した。
 自転車が欲しかったが両親には言えなかった。
 靴がボロボロになっても言わなかった。

 母にボロボロの靴が見つかると物を大事に使うようにと怒られた。
 そこでやっと新しい靴を買って貰えた。
 家は居心地が悪く、学校が終わると走って図書館に逃げて時間を潰していた。



 13才でスキルに目覚めた。
 速く走る事が出来るようになった。

 東京からダンジョンがある田舎に1人で引越しをしてハンター中学校に入り一人暮らしを始める。
 元々召使のように料理と洗濯は自分でやっていた。
 一人暮らしが楽に感じた。
 俺は必死でスキルや戦闘訓練を受けた。

 15才から大穴に行くのが暗黙の了解だが、中学の先生にダンジョンに行きたいと言って断られると隣のハンター高校の先生に何度もお願いしに行って何とか大穴に連れて行ってもらえた。

 早くひとりでやっていけるようになりたい。

 早く自分だけで生活できるようになりたい。

 早く人から解放されたい。

 そう思っていた。

 先生は俺に諦めて貰うために大穴に連れて行ってくれたんだと思う。
 俺はケガをして血を流しながらアリを倒した。

「ケガをしたね。まだ中学じゃ危ないから戻ろう」

 そう言われたが、俺はその場で魔石を自分の体に注入した。

「こ、こら!魔石の注入は帰ってからだよ」
「はい、次から気をつけます!次も大穴に連れて行って欲しいです。お願いします!」
「でも、今日はケガをしたんだ」
「じゃあ、明日お願いします!」
「……分かった」

 先生は呆れたように俺を見た。
 周りにいた高校生は血を流しながら笑顔で先生と話す俺を見て怖い物を見るような目で見ていた。

 俺は何度も大虫を倒して、途中から1人で大穴に入って大虫を狩った。
 魔石はその場で注入して、痺れた体のまま戦った。
 体が痺れて感覚が敏感になっている。
 スキルを意識しながら戦う事でスキルの練度は上がっていった。

 今になって考えるとかなり無茶をしたし、教科書通りの動きは無視していた。
 分かっていても魔石を手に入れる度にその場で体に注入し、痺れる体でスキルの練度を急速に上げていった。

 強くなるたびに人から解放されるような気がした。
 強くなれれば不幸が遠のいていくような高揚感があった。
 普通のペースで強くなる遅いスピード感に耐えられなかったのだ。

 力をつければ一人で食べていける。

 何があっても1人で大丈夫になるんだ!
 


 15才でハンター高校に入り力を隠すようになった。
 先生の前では大穴が怖くなったように振舞い、斥候の人が来る日は学校を休んだ。

 父が高い移動費を払ってわざわざ会いに来てくれた。
 だが金をむしり取りに来ただけだった。

 その時は先生が追い返してくれたけど、学校から帰ると家の前に父が待ち伏せしていた。
 先生に言って警察を呼んで貰った。
 スキルホルダーは不幸な過去を持つ者が多い。
 その為警察の処理も慣れているようだった。

 ふと昔の事を思い出す。
 昔はよく図書館に行っていた。
 俺はふらっと図書館に向かった。


 図書館に入るとおばあちゃんが急に声をかけてきた。
 マンパワー商事の前社長だ。

「元気が無いわね、何かあったの?」

 最初はびっくりした。
 だがおばあちゃんは話を聞くのがうまかった。
 当時の俺は酷い顔をしていたんだろう。
 俺はスキルを持っている事を隠しつつも心に貯まった黒いモノを吐き出していた。


「そうなのね。私が相談に乗るわ。土曜と日曜にここにいるから会いに来なさい」

 おばあちゃんは俺の話を聞いて泣いてくれた。
 初めて会った俺の為に泣いてくれた。
 それが嬉しかった。
 俺を物ではなく人として見てくれているのが心地よかった。

 おばあちゃんが電話をかけた後、警察官がやってきて聞き取りをしてくれた。
 そこでハンター高校の学生証を見せ、俺がスキルホルダーである事を明かした。

 俺は毎週土日に図書館に通うようになった。

 そこで色々教えてもらった。
 生き方からニュースの内容、投資まで話題は幅広かった。
 おばあちゃんの話し方は、難しい事でも面白い。
 するすると頭に入って来た。
 何よりも、俺の為に言ってくれているのが分かって嬉しかった。
 おばあちゃんは自分が嫌われる事よりも俺の将来が良くなる話をしてくれたのが分かった。

「私は9人の養子を育てて自立させたわ。こんなおばあちゃんでも、9人救えばやった方でしょ?」
「そうですね、凄いと思います」

「カケル君、あなたの人生が変わった?人生は良くなった?」

 変わった。
 迷うことなく答えられる。

「はい!人生は良くなりました!」
「良かった、これで10人目、後は余生を過ごすだけね」

 俺はおばあちゃんに恩返しがしたいと思った。
 おばあちゃんは俺がスキルを持っている事を知らなくても親身になってくれた。

 おばあちゃんは商社の社長だ。
 スキルを取って恩返しをしよう。
 アイテムボックスのスキルを頑張って覚えつつ、おばあちゃんの会社でアルバイトを始めた。
 今思えば最初は迷惑をかけたと思う。
 俺は何も出来なかった。
 でもおばあちゃんは色々教えてくれた。
 助けるつもりが助けらていた。

 学校でも俺の才能と合わなかったせいか、アイテムボックスを覚えるのが一番大変だった。
 でも、スキルの訓練をしながらアルバイトをするのは楽しかった。
 何かが変わっていく感覚が心地いい。

 
 17歳になるとアイテムボックスのスキルを覚えて荷物を収納し、早く走る事で物流を手伝った。
 おばあちゃんの会社は商社だが、お使いや物流の仕事が多い。
 アイテムボックスを覚えてからおばあちゃんの役に立っている実感が持てた。

 18才になるとおばあちゃんは真剣な顔で俺に話しかけてきた。

「スキルホルダーでハンターならここで働かなくてもいい生活が出来るわよ」
「迷惑、ですか?」
「助かるのよ?でもね」

 おばあちゃんは俺の顔をじっと見て言った。

「自由に生きなさい、やりたい事をやりなさい」
「はい!おばあちゃんの役に立ちたいです!」

 こうして俺はマンパワー商事に入社した。
 何度も靴がボロボロになり、買い替える度に嬉しくなった。
 恩返しをしている実感があった。
 やっと役に立てている実感が持てたのだ。
 おばあちゃんに高いハンター用のバトルブーツを貰った。

「カケルはダンプも燃料も無く、たくさん荷物を運んでくれて助かっているわ。だからね、これくらいはさせて」

 嬉しかった。
 でも、その後おばあちゃんが交通事故で死んだ。
 歩道に飲酒運転の車が突っ込んだのだ。

 おばあちゃんの息子が飲酒運転をした運転手に泣きながら詰め寄ろうとして警察官に止められていた。
 その人が後を継ぐことになり会社に残る事を決めた。


 義理の息子が経営をしてからおかしくなった。
 おばあちゃんが降格させた吉良葉玲仁きらはれひとが部長に戻った。
 社長はチャンスをあげたいと言っていた。

 それから成果重視の経営に変わり、俺は手柄を部長に取られるようになった。
 その事を社長に言いに行くと、部長が激怒し、社長は忙しく取り合ってもらえない。
 嫌がらせは続いた。

 でも、それでも社長を助けたかった、社長は悪い人間ではない、余裕が無いだけ、そう思いながら耐えた。
 俺はダンジョンを走り、大虫を倒してストレスを発散するようになった。
 そんな中大穴で迷って、そしてきゅうと出会った。
 きゅうのおかげで外に出られて一緒に住むことにした。

 部長に魔物狩りをして遊んでいると言われ副業が出来なくなった。
 魔石を売るのをやめて全部自分に使った。
 だが、魔石を取り込む事が出来なくなった。

 じっとしているのが嫌だった。
 俺はきゅう配信をこっそり初めた。

 部長に給料を下げられ、評価を下げられ、もう、やる気が無くなっていた。
 何故会社を助けているのか分からない。

 俺は会社が終わると逃げるようにダンジョンに向かい、休日はきゅうの配信をした。


 そして俺は20才になった。
 俺は、部長と上司に呼び出された。

「カケル、やる気がないなら会社を辞めてくれ」

 俺は、思わず笑顔になっていた。

 これが社長のやさしさだと気づくことも無く、

 俺は、ほっとして、安心していたんだ。
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