妹、異世界にて最強

海鷂魚

文字の大きさ
上 下
16 / 50

十六話

しおりを挟む
 結果として、馬車を買うだけでは済まなかった。馬車は最高級のものを買ったが(六人乗り)、馬を操る人材がいなかったである。
 僕も灯もシバリアさんも、馬は操れない。
 そもそも馬なんて触った経験もないような人間に、いきなり馬を操ることはできない。
 急遽運転手を雇わなくてはならなくなったのだ。
 それは予定外だ。しかし馬車屋のオーナーに運転手はどこで見つけたら良いか訊いたところで、
「私の知り合いに良い騎手がいる。紹介しましょうか」
 と、言ってくれた。馬車を扱う店の人間なら知ってても不思議ではない話なので、当然紹介してもらうことにした。多少うまくいきすぎた話だが、初老のこのオーナーに騙され陥れられたところで、命に危険はなさそうだ。返り討ちにしてやる(灯が)。
「最近不景気で屋敷をクビになったばかりの爺ですよ。今求職しているはずだから、勇者様に雇われるとなれば泣いて喜ぶのではないでしょうか」
 街を歩きながら、馬車屋のオーナーはその人物の話をする。
「まあお人好しですよ。お人好しだからクビになったと言っても過言ではない」
「そうなんですか、かわいそうに」
 灯も相槌を打ちながら、オーナーに着いて行く。
 クビになったと言って少し怖気付いたが(使い物にならないポンコツだったらどうしようという不安で)、お人好しと聞いてだいぶ不安も和らいだ。扱いやすい人物だということだ。お人好しなんて利用されて捨てられる。それは当然である。それが今回、僕らが彼を利用する話になったという事だ。
 邪魔に感じればまたクビにしてやろう。
 そのくらいに考えていた。
 騎手なんて執事みたいなものだろう。
 セバスチャンみたいな名前ならば尚更(名前はまだ聞いていないが)。
 わかりやすく言えば見くびっていた。見下していたと言えばその通りである。
 次の一言を聞くまでは。
「彼は騎手の中で唯一、馬と会話できる男なんです」
「えー! すごーい!」
「珍しい能力者ですね」
 灯とシバリアさんも感激して、顔を見合わせる。
「こちらです」
 オーナーが僕らを導いたのは、一軒の民家。
 インターフォンを鳴らすと、背筋の伸びた老紳士が現れた。
「これはどうも。ドチャス」
 老紳士はオーナーに会釈をする。ドチャスという名前だったオーナーは、
「あなたを雇いたいという者が現れた。なんと勇者様だ」
 僕らを片腕で仰ぐように紹介してくれた。
「なんと! 勇者だと? 紋章は?」
「ほら」
 灯が首にかけてある紋章を見せる。
「これは、本物だ。なんと、なんと、勇者様がわたくしめを雇ってくださるなんて……」
 紋章を見て感動のあまり泣き出しそうな老紳士に困惑しつつ、
「この方のお名前は?」
 と、僕がドチャスに問う。
「ヴィルランドールと申します。雇っていただけるというのなら、全力をもってこの身を捧げます」
 老紳士——ヴィルランドールはそのように自己紹介をして、深く頭を下げた。本当に執事みたいな性質の人だな。そのまま世話係みたいにして雇っても——いやいや。この人は騎手だ。執事としての技術なんて持っていないだろう。
「僕は勇者の兄の青志。このちっこいのが勇者の灯。こちらの緑の女性が治癒魔法使いのシバリアさん」
 僕も自己紹介をする。大げさなことは苦手なので、他二人の紹介も適当にしておく。
「よろしく!」
「よろしくおねがいします」
 相変わらず礼儀を知らない灯と、丁寧に頭を下げるシバリアさんに、ヴィルランドールさんはなんども頭を下げ返す。
 どちらが深く頭を下げられるかという競技をやっているかのようで滑稽だが、人材を雇用できたというのならば一件落着である。二人目の仲間を引き連れて、次の集会所へ向かおうではないか。
「ドチャスさん。ありがとうございました。ヴィルランドールさん。しばらくの間旅になります。荷物などをまとめておいてください。灯——」
「あ、前の集会所に募集の紙忘れた!」
 僕が言おうとしたことを、灯もちょうど思い出す。今まで全員それを忘れていた。募集用紙を忘れたらリダに向かう意味がない。僕はドチャスに道案内されている途中で気づいたが、道案内されている最中だったので口に出せなかったのだ。
「地図があるから道がわかるはずだ。お前の実力を出す時だ。ダッシュで取りに行ってきてくれ」
「了解! 兄ちゃん」
 スターティングブロックはないが、クラウチングスタートの体勢になる灯。
 僕は灯の実力の片鱗を目の当たりにしたことがあるので、全力で灯が走ったらどうなるか大体想像ができた。シバリアさんやヴィルランドールさん、ドチャスを灯から引き離した。
「よーい、どん!」
 自分で言って、灯はスタートダッシュを決めた。その速度はF-1のフォーミュラカーを余裕で超えるスピードだった。ビュンと言う音とともに、あっという間に道の向こうへ消えた灯。そしてその風圧がすごかった。
 三人を灯から引き離してよかった。
「す、すごいスピードだ。馬車なんて眼中にないほどの」
 ドチャスが驚いた様子で言った。
「さすが勇者様……」
「この実力があれば、魔物なんて余裕で倒せますよ。なんで人員募集なんてしてるんですか……?」
 シバリアさんが僕に問う。
「僕ら異世界人だから、実力の相場というものがわからなかったんです。灯の実力がどれほど高いのか。だから念のため仲間が欲しくて」
「仲間がいれば、逆に足手まといになって邪魔になりますよ」
 シバリアさんに言われて、そりゃそうか。と、僕。
「じゃあ次の集会所で人が一人でも募集したらいよいよアルハへ向かいますか」
「このままアルハに向かっても問題ないのでは?」
 シバリアさんはなぜ仲間が必要に思うのか不思議で仕方がないらしい。妹思いな僕は灯に少しでも怪我をして欲しくないのだ(戦力の低下が恐ろしい為)。
「まあ、念の為、ね」
「そのことについてはこれ以上意義はありませんが……。それにしても灯さん、凄いです。さすが勇者様」
 灯のやつ、凄い凄いと思っていたがそんなに凄いのか。一瞬調子に乗りかけたが自重。
 次の集会所で人を待つ。もう一人ぐらい戦える戦士が欲しい。今の所灯と僕(役に立つか不明)しか戦える人間がいない。実質灯一人だ。
 多対一の戦況になった場合に不利なので、それを補えるほどのパワーを灯が持ってそうだが、念には念をだ。
 念には念を、そして念を込めてから念。
 そのくらいでもいい。
 生死がかかる旅をするのだから、そのくらいは当たり前だ。
 ヴィルランドールさんはすでに荷物をまとめに行った。ドチャスは、
「店番を若いのにさせている。奴では不安なので私はこれにておさらばしますよ。馬車、お買い上げありがとうございます。いつでも受け取りに来てください」
 そう言って帰っていった。
 馬車は運転できないので買ってからドチャスの店に置きっぱなしだ。最高級なので逞しい馬もサービスで一緒についている。その馬も鼻を鳴らしながら待っていることだろう。
 僕とシバリアさんの二人きりで、灯とヴィルランドールさんを待つ。
 シバリアさんとは初めてあったその日にたくさんお話をして趣味趣向を知ってしまっているので(花が好きらしい)、今更話すことなんてない。
 二人で気まずくもない沈黙を貫いて、先にやって来たのがヴィルランドールさんだった。驚くべきはその荷物の小ささ。
「私はただの騎手。最低限の衣類や小道具だけで十分です」
「なるほど。しかし馬と会話できる騎手はあなただけど聞きましたよ。期待しています」
「ありがとうございます」
 相変わらず、ヴィルランドールさんのお辞儀は深いし角度が綺麗だった。
「あ、シバリアさん。一応、ヴィルランドールさんにもテレパシー魔法を——あと灯。聞こえてるか、灯」
「聞こえてるぜ、今ちょうど集会所に着いたところだよ。なんだい兄ちゃん」
 テレパシーで灯と会話する。
 ていうかもう集会所に着いたのか。早いな。行きも上がっている様子はない。流石だ。
「お前がまたこっちに戻ってくるのは二度手間だ。ドチャスさんの店で待ち合わせにしよう」
 そしてそこで落ちあえば、その足でリダに向かうことができる。
「じゃあまた何かあったらテレパシーで伝えてくれ」
「りょーかい!」
 灯の返事を聞いて、念じるのをやめる。初めてテレパシー魔法を使用したが案外うまくいくものだ。
「よし、じゃあ待ち合わせはドチャスさんの店にしましたんで、向かいましょうか」
「はい」
「わかりました」
 二人の返事を合図に、僕らは歩いた。そして十分も歩いたら店が見えて来て、遠くの灯がこちらを発見。ニコニコしながら手を振るのであった。その振られた手に適当に応えつつ、合流。
「いやあ、いい馬だ。勇敢で耳のいい子ですよ」
 馬車と馬も受け取って、ヴィルランドールさんは馬を気に入ったように撫でるのであった。
「私は馬と会話する以外にも、馬の能力も多少はわかります。この子は素敵だ。ドチャスの店で預かられるのでなく、王都の軍社で世話をされるべき、それほど優れた馬です」
「そりゃいいや。どんどん旅の準備が整っていくな」
 最初は不安だらけだったのが、今では充実していくのを感じる。
「馬と馬車も繋げましたぞ。もう走れます」
「では、出発進こーう!」
 灯の号砲とともに、馬は走り出す。
 リダへ向けて、走り出す。
 僕らはまた一歩、異世界探索へ繰り出したのであった。
しおりを挟む

処理中です...