妹、異世界にて最強

海鷂魚

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最終話

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 今日、僕は二十八歳になる。
 僕の誕生会と称して、雛波青志のサイン会が始まろうとしていた。会場には大勢の人が集まり、僕のサインを、僕の執筆した小説を手に持って待っている。
「いよいよですよ、雛波先生」
 担当編集の山形さんが僕の肩を軽く突く。
「先生なんてやめてくださいよ。小説家なりたての新人なんですから」
 僕は異世界から帰って、まず何をしたかといえば、小説を書いた。
 異世界に行っていた二週間あまりを、記録にした。それはもはやファンタジー小説だったけれど、誰からどう思われたところでどうでもよかった。この記録は、誰にも見せないつもりだったからだ。
 しかし、十年間の間、推敲に推敲を重ね、トラウマと化していたあの事件を、創作の小説として作り直すことに成功した。
 主人公は妹と異世界へ行く。大切な仲間ができ、やがてはその仲間と恋愛に発展したりして。そして、ラスボスなんか余裕で倒して。誰も死なない。悲劇とは程遠い作品を作り上げた。ベースは実体験だが、小説自体は力作のファンタジー小説になった。
 その作品が新人賞を受賞し、めでたいことに大ヒットした。
 そしてサイン会が開かれるという、新人作家には珍しい事態が起こっている。
 いや、本当にありがたいけれど。
 自作のサインは間に合わなかったので、雛波という日本語を普通に書くという、まるで教科書の名前欄に名前を書くかのようなサインになってしまうのだけれど、作家になってから忙しすぎて、サインの練習なんてしてられなかったのだから仕方がない。
 少しでも雛波という字を崩してみたりして、ちょっと練習したけれど、ただの字が汚い人になってしまうので、丁寧に雛波という字をかき上げよう。
 そういう心意気で僕はサイン会の開始を待っている。
 そして、
「では、これより雛波青志先生のサイン会を開催いたします」
 サイン会が始まった。
 一人目、二人目、と、サインを書いていく。ついでに一言二言喋らなきゃいけないのだが、緊張で、結局サインはただの字が汚い人になってしまった。
 十何人サインを書いて、慣れてきたところで、次は十歳くらいの女の子が、僕の本を持ってやってきた。僕の小説はラノベと呼ばれる分野だ。このくらいの子も読むのだろう。
「えっと、私の名前は志波しば理亜りあです! 好きな色は緑で、好きな食べ物はお野菜です! 本面白かったです!」
「しば、りあ?」
「え? はい!」
 少女は困ったように、頷く。とても元気のいい女の子だ。
 幸せな偶然もあるものだなと思い、僕はその少女の本にだけ、そっと、『雛波青志』と、フルネームを書いて、手渡した。
「えっと、次回作を期待しています! あと、先生のことが好きです!」
「会いにきてくれてありがとうね」
 僕も好きだよ。シバリア。

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