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四十九話
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「アオシ。ごめんなさい。あなたと一緒にいられなくて」
シバリアの言葉は、謝罪から始まった。
「ずっと一緒にいたかった。でも、死んでしまった。だから私がここであなたと出会えたのは、とても嬉しく感じます」
「僕は、きみを守れなかった」
シバリアは、暗い空間の中、輝いて見えた。
僕は一歩ずつ彼女に近づくが、手が届かない。何歩歩いても、近づくことができない。
「それは、私が死者で、あなたが生者だから。ここで言葉を交わせるのも、とても特別なことなんですよ。えへへ。最初で最後の、特別ですね」
「なんで、笑ってられるんだよ」
シバリアの姿が霞んでいくのは、シバリアとの再会が終わろうとしているのではなく、僕の涙によって、シバリアの美しい姿を見られなくなっていた。
「もう、会えないんだ。シバリアのこと、もっと知りたかった。僕のことをもっと知ってもらいたかった」
「ええ。ありがとう」
「愛してるんだ。好きとか生半可な感情じゃない。ずっとシバリアのそばにいたい」
「ええ。ありがとう。私もあなたを愛しています」
「僕は——死んだら、きみに会えるか?」
「……会えませんよ。死者はまた、転生します。それがいつになるのやら、私には見当がつきませんが。必ず、死者は新しい命として世界に生まれ落ちます」
「…………」
死に関する知識がないため、僕はシバリアの顔を見ることしかできなかった。輪廻転生があるとシバリアは言うが、本当にあるのなら、今にでも自殺して——
「ちなみに、自殺した人は地獄行きだそうです。閻魔様がおっしゃってましたよ。気をつけてくださいね」
冗談っぽく笑うシバリアの目は、まっすぐと僕を見ていた。
「死ぬな、って、言ってるんだろ?」
「はい。そうですよ。死んだらダメです。アオシさんの世界は、少々平和みたいですから、妻としては安心です」
「正式には結婚してないよ」
「えへ。でも婚約してたんですよ? 妻でいいじゃないですか。妻、で、いたかったな。あなたの妻になりたかったな……」
シバリアの表情は、陰りを見せた。
「泣きたいですよ。でも、あなたが泣いているんです。私まで、泣けませんよ」
けれど、シバリアは止められない。頬を伝う涙を。僕との死別を、泣かずには乗り越えられない。
泣いても、乗り越えられるものかは、わからない。
ずっと泣いていた。魔王を討伐し、西田を打倒し、全てが終わっても、僕の心は悲しみの感情を忘れることはなかった。
ザギともっと会話をしたかった。ザギは強そうだから、異世界で四苦八苦している僕の師匠になってもらいたかった。
シロと遊びたかった。彼女は猫だしボール遊びとか好きそうだ。気さくでいて強気の彼女と、遊びの勝負がしたかった。
クロは誰よりも優しい癖して、全然それを表に出さない。もっとクロと一緒にいて、彼女の優しさをみたかった。
シバリアと一緒にいたかった。シバリアと生活して、幸せに過ごしたかった。シバリアの手料理を食べたいし、一緒に寝たいし、夢を語り合いたいし、好きなことを好きなだけしたかった。死ぬまで一緒にいたかった。
「みんな、死んじゃいましたね」
でも。と、シバリア。
「アカリさんは生きています。彼女と、仲良くしてくださいね」
「うん。シバリアに言われたんだ。灯は大切にするし、いや、これまでも大切だったんだけど、これからはもうあいつから嫌われるくらい大切にしてやる」
「やりすぎですよ」
僕とシバリアは、泣きながら笑っていた。
とても悲しく。
とても悲劇的で。
とても儚い。
しかし、楽しい時間を過ごしていた。
だが、僕は——いや、僕らは、そろそろ、別れの時間が来ることを予感していた。
「…………」
「…………」
「なんか、いうことないのかよ。最後だぜ?」
「そっちこそ。私は、未練が残っちゃうので……」
「なんかあるなら、最後に言っておいたほうが、後悔しないよ」
「……ですよね。あの、愛してるって、言って欲しいです」
「ああ。愛してる」
「ありがとう、私も愛してます」
僕らはもう、泣いていなかった。
笑顔でもない。やはりシバリアは今にでも泣きそうな顔をしていたし、僕もそれは同じだろう。でも、僕らは堪えていた。最後の最後に、泣いて別れたくはなかったからだ。
「さようなら、シバリア」
「さようなら、アオシ」
下手くそなりに、笑顔を見せ合う。泣きそうなのに微笑んでいる歪な表情だ。だけど、それでいい。シバリアには、来世でも笑っていて欲しいから。最後でも、笑っていてくれ。
——そして時は来た。
世界は反転し、逆転し、回転した。そして暗転。
「……兄、ちゃん?」
「よう、灯」
僕と灯は、地球の、雛波家の、雛波青志の自室で、顔を合わせていた。
灯の手には、
「これ、ノロジーへ行く手紙だ」
「お前は死にかけてたから、僕が説明する。僕たちはノロジーで一週間以上を過ごしたけれど、その一週間以上の時間を戻してもらって、ここにいる」
「じゃあ、異世界へのチケットを私が受け取って、兄ちゃんに自慢するところまで戻ってるってこと?」
「そうだよ。でもその手紙——」
灯から受け取った手紙を見る。が。
「白紙だ」
もう、異世界へは行けないということだ。
「でも」
「これでいいよな」
「うん」
僕はその白紙の紙を破り捨てた。
「灯」
「なに、兄ちゃん」
「お前はもう強くない。だから、僕が必ず守るよ」
「ありがとう。私も、もっと強くなって、守りやすくなってあげるね」
と、笑う灯に。
「生意気なんだよ。大人しく守られとけ」
僕は灯の頭を撫でるのだった。
そして、十年後。
シバリアの言葉は、謝罪から始まった。
「ずっと一緒にいたかった。でも、死んでしまった。だから私がここであなたと出会えたのは、とても嬉しく感じます」
「僕は、きみを守れなかった」
シバリアは、暗い空間の中、輝いて見えた。
僕は一歩ずつ彼女に近づくが、手が届かない。何歩歩いても、近づくことができない。
「それは、私が死者で、あなたが生者だから。ここで言葉を交わせるのも、とても特別なことなんですよ。えへへ。最初で最後の、特別ですね」
「なんで、笑ってられるんだよ」
シバリアの姿が霞んでいくのは、シバリアとの再会が終わろうとしているのではなく、僕の涙によって、シバリアの美しい姿を見られなくなっていた。
「もう、会えないんだ。シバリアのこと、もっと知りたかった。僕のことをもっと知ってもらいたかった」
「ええ。ありがとう」
「愛してるんだ。好きとか生半可な感情じゃない。ずっとシバリアのそばにいたい」
「ええ。ありがとう。私もあなたを愛しています」
「僕は——死んだら、きみに会えるか?」
「……会えませんよ。死者はまた、転生します。それがいつになるのやら、私には見当がつきませんが。必ず、死者は新しい命として世界に生まれ落ちます」
「…………」
死に関する知識がないため、僕はシバリアの顔を見ることしかできなかった。輪廻転生があるとシバリアは言うが、本当にあるのなら、今にでも自殺して——
「ちなみに、自殺した人は地獄行きだそうです。閻魔様がおっしゃってましたよ。気をつけてくださいね」
冗談っぽく笑うシバリアの目は、まっすぐと僕を見ていた。
「死ぬな、って、言ってるんだろ?」
「はい。そうですよ。死んだらダメです。アオシさんの世界は、少々平和みたいですから、妻としては安心です」
「正式には結婚してないよ」
「えへ。でも婚約してたんですよ? 妻でいいじゃないですか。妻、で、いたかったな。あなたの妻になりたかったな……」
シバリアの表情は、陰りを見せた。
「泣きたいですよ。でも、あなたが泣いているんです。私まで、泣けませんよ」
けれど、シバリアは止められない。頬を伝う涙を。僕との死別を、泣かずには乗り越えられない。
泣いても、乗り越えられるものかは、わからない。
ずっと泣いていた。魔王を討伐し、西田を打倒し、全てが終わっても、僕の心は悲しみの感情を忘れることはなかった。
ザギともっと会話をしたかった。ザギは強そうだから、異世界で四苦八苦している僕の師匠になってもらいたかった。
シロと遊びたかった。彼女は猫だしボール遊びとか好きそうだ。気さくでいて強気の彼女と、遊びの勝負がしたかった。
クロは誰よりも優しい癖して、全然それを表に出さない。もっとクロと一緒にいて、彼女の優しさをみたかった。
シバリアと一緒にいたかった。シバリアと生活して、幸せに過ごしたかった。シバリアの手料理を食べたいし、一緒に寝たいし、夢を語り合いたいし、好きなことを好きなだけしたかった。死ぬまで一緒にいたかった。
「みんな、死んじゃいましたね」
でも。と、シバリア。
「アカリさんは生きています。彼女と、仲良くしてくださいね」
「うん。シバリアに言われたんだ。灯は大切にするし、いや、これまでも大切だったんだけど、これからはもうあいつから嫌われるくらい大切にしてやる」
「やりすぎですよ」
僕とシバリアは、泣きながら笑っていた。
とても悲しく。
とても悲劇的で。
とても儚い。
しかし、楽しい時間を過ごしていた。
だが、僕は——いや、僕らは、そろそろ、別れの時間が来ることを予感していた。
「…………」
「…………」
「なんか、いうことないのかよ。最後だぜ?」
「そっちこそ。私は、未練が残っちゃうので……」
「なんかあるなら、最後に言っておいたほうが、後悔しないよ」
「……ですよね。あの、愛してるって、言って欲しいです」
「ああ。愛してる」
「ありがとう、私も愛してます」
僕らはもう、泣いていなかった。
笑顔でもない。やはりシバリアは今にでも泣きそうな顔をしていたし、僕もそれは同じだろう。でも、僕らは堪えていた。最後の最後に、泣いて別れたくはなかったからだ。
「さようなら、シバリア」
「さようなら、アオシ」
下手くそなりに、笑顔を見せ合う。泣きそうなのに微笑んでいる歪な表情だ。だけど、それでいい。シバリアには、来世でも笑っていて欲しいから。最後でも、笑っていてくれ。
——そして時は来た。
世界は反転し、逆転し、回転した。そして暗転。
「……兄、ちゃん?」
「よう、灯」
僕と灯は、地球の、雛波家の、雛波青志の自室で、顔を合わせていた。
灯の手には、
「これ、ノロジーへ行く手紙だ」
「お前は死にかけてたから、僕が説明する。僕たちはノロジーで一週間以上を過ごしたけれど、その一週間以上の時間を戻してもらって、ここにいる」
「じゃあ、異世界へのチケットを私が受け取って、兄ちゃんに自慢するところまで戻ってるってこと?」
「そうだよ。でもその手紙——」
灯から受け取った手紙を見る。が。
「白紙だ」
もう、異世界へは行けないということだ。
「でも」
「これでいいよな」
「うん」
僕はその白紙の紙を破り捨てた。
「灯」
「なに、兄ちゃん」
「お前はもう強くない。だから、僕が必ず守るよ」
「ありがとう。私も、もっと強くなって、守りやすくなってあげるね」
と、笑う灯に。
「生意気なんだよ。大人しく守られとけ」
僕は灯の頭を撫でるのだった。
そして、十年後。
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