Rain man

朋藤チルヲ

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intro

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 気がついたのは、二週間くらい前からだ。

 窓をしっかり閉めても、どこからか隙間風が吹き込んでくるような、古い木造のアパート。アンティークと言うと聞こえがいいけど、住んでいる人間からすれば、情緒も何もあったものじゃない。冬はどれだけエアコンの設定温度を上げても、ちっとも暖まらないし、夏は夏で熱い空気が入り込んできて、とろけそうになる。虫は這い出てくるし、カビは生えるし、最悪の住まいだ。

 家賃の安さと、誰にも干渉されないことだけが魅力のそのアパートの、隣の部屋から時折、ギターの音が聞こえてくるようになった。耳をつんざくようなエレキギターの電子音ではなく、それこそ木造の建物によく似合う、素朴で優しいアコースティックギターの音だ。

 時間帯はいつもばらばら。昼間の時もあれば、真夜中の時もある。雨の日の朝から流れてくることもあった。

 隣の部屋は、もう長いこと空き部屋だった。最後に住人がいたのは、一年近くも前になる。夜の仕事をしているというお姉さんは、見た目は派手だし、常に眠そうだったけど、時々この辺では見かけない美味しいお菓子をくれたから、私は好きだった。

 いつのまに荷物を運び入れたのか。新しい隣人の姿を、私はまだ見ていない。一人暮らしのようだけど、男か女か、若いのか歳を取っているのかもわからない。

 ただ、昼夜を問わず家にいるのだから、まともな仕事をしている人ではないのだろう。このアパートは、そういうちょっと訳アリの住人が多い。

 ギターの音色が聞こえ始めるのが、明るい時間であれば、私はいつもベランダに出た。

 今日は大家さんから貰ったリンゴがある。それをキッチンの戸棚から持ち出してきて、錆びた柵の間から、両足をぶら下げるようにして座る。昼ごはんの代わりと丸かじりしたリンゴの酸っぱさに、顔をしかめながら、私はその音色に耳を傾けた。

 ジーンズから飛び出している裸足の指先に、冬の風が冷たい。

 フルーツは身体を冷やすのよって、昔ママが言っていた。

 どうだっていい、そんなこと。
 注意してくれるママはもういないし、身体が冷えて風邪を引いて、うんと高い熱が出て、そのまま重い病気にかかって死んでしまえるなら、それもいいかなって思う。

 ここでの暮らしにも十三年ほどの人生にも、ちっとも未練なんてない。

 だけど、もし本当に死んでしまって、温かな、でも、どこか寂しい、顔も知らない隣人が弾くギターのメロディが聞けなくなるのだけは、ほんの少し残念。
 なぜだか、そう感じる。
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