Rain man

朋藤チルヲ

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devil

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 翌日。朝と呼ぶには遅い時間に布団から出て、キャミソールにパーカーを羽織り、ジーンズを穿く。水で顔を洗って、ヘアブラシで髪を二、三回とかすと、私は外に出かけた。
 買い物をするためだ。パパと二人で食べる今週分の食料を、スーパーに行って調達してこないとならない。

 昨夜、パパはお酒の臭いをプンプンさせながら、夜遅くに帰ってきた。
 布団の中で緊張していた私には目もくれず、並んで敷いた布団にもそもそと潜ると、お風呂も入らずに大いびきで眠ってしまった。
 そして、朝は私が起きるより先に、何事もなかったかのように仕事に出かけて行った。

 脱衣所の床には、汚れた下着と靴下。私が元に戻しておいたテーブルの上には、千円札が何枚か無造作に投げ置かれていた。

 私は一週間に一度、そのお金で買えるだけの食料を買う。決して多い金額じゃなく買える量には限りがあるから、献立は工夫する必要がある。買い物のあとは料理。合間に洗濯と掃除。まだ義務教育の年齢だけど、学校には行かない。行っている暇なんてないし、元々行きたいとも思わない。

 いつものことだ。すべて、いつも通り。
 今さら驚くことも、悲しむこともない。
 これが、私の日常。

 アパートからいちばん近いスーパーまでは、私の足でのんびり歩いて十五分くらい。商店街の通りをぶらぶらしていると、ショーウィンドウの内側に、大きなウサギのぬいぐるみが座らされているのを見つけた。

 ウサギの首には、赤と金色のリボンがぐるぐるに巻かれている。その横には、私の背丈の半分ほどしかない、小さなクリスマスツリーが立っていた。

 そうか。もうすぐクリスマスがやってくる。
 我が家にはカレンダーがない。だから、正確にあと何日で聖夜が来るのかは知りようがないけど、テレビの合間のCMだとか、こういう場所から、毎年その時期が近づいていることを知らされた。

 でも、だからどうだってこともない。

 ケーキの予約なんて関係ないし、チキンを買う予定もない。クリスマスプレゼントなんて貰えないし、贈りたい相手もいない。

 光の眩しい午前中だから、電飾の明かりはちっとも目立っていない。だったら、けるのは夜だけにすればいいのに。

 ツリーのいかにもフェイクっぽい緑と、鎖を巻かれたみたいなウサギを、私は長い間ぼんやりと眺めていた。




*****

 カーペットについたシミは、昨日お風呂に入る前にたくさんこすったのに、結局落ちなかった。自宅に入る直前にそれを思い出した私は、急に憂鬱になった。
 今のところはパパに気づかれていないようだけど、時間の問題だ。見つかれば、それはきっと私を殴る理由になる。どうやったらうまく誤魔化せるだろう。

 玄関のドアに背中を押しつけ、胸に大きな紙袋を抱えたまま、ずるずるとしゃがみこむ。袋から菓子パンを取り出すと、包装を破り、その場でむしゃむしゃと食べた。今日の私のお昼ごはんだ。食べながら、いい方法はないかと考えた。

 隣の部屋の扉が開いたのは、それから間もなくのこと。

 室内から出てきたのは、背がすらりと高い男の人だった。パパより若い。膝小僧まで隠れる、薄手の黒いロングコート。黒くてゴツいブーツ。頭にはつばの大きな黒い帽子を被り、長方形の、黒いピカピカした楽器ケースみたいなものを肩に背負っていた。首元に巻いたマフラーだけが、白く浮いて目立っている。

 全身、黒ずくめだ。悪魔みたい。
 だけど、きっと本物の悪魔は、こんなに清潔な印象じゃないだろうなって思う。

 私に気づくと、彼は穏やかに笑いかけてきた。

「こんにちは」
「……こんにちは」

 私は、ぼそぼそとしたパン屑を口につけたまま、返事をした。

 首を傾けて、彼が出てきたドアの中を窺ってみる。続けて誰かが出てくる気配も、中に人が待っている気配もしない。背負っているケースはおそらく楽器を入れるための物だろうし、この若い男の人が、しょっちゅう聞こえてくるギターの音のぬしに違いない。

 黒い男の人は、ドアを閉め、静かに背中を向けると、廊下の突き当たりの階段を下りて行った。

 初めて会った隣人は、甘く柔らかい眼差しと、透き通った声をしていた。
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