Rain man

朋藤チルヲ

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traitor

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 朝顔色した夕闇が、空をうっすらと染めていく。
 朝日はカーテンを引いた。まだ完全に日が暮れていないのに。たぶん用心のためだ。

 蛍光灯をけると、カーテンの生地に描かれた丸い水玉模様が白く震えて見えて、まるで本物の雪みたいだと思った。その近くで手のひらを広げれば、カーテンからこぼれて、そこに降り積もる気さえする。

 朝日はゆったりとチェアに沈み込む。
 床で寝ていたレインが起き上がって、手足を突っ張って伸びをする。ぽてぽてと可愛らしい足音を響かせてご主人に近づき、膝の上に乗って丸まった。

 平和な仕草とは対照的なライフルが、朝日の足元でじっと獲物を待つように鎮座している。
 誰が訪ねてくるかわからないのだから、片付けようよと言おうとして、武器を見て腰を抜かすような人は殺し屋の家なんて訪ねない、と思った。
 結局、ライフルはそのままだ。

「……組織って?」

 私は居間に入らず、入り口の辺りから、朝日の後頭部に向かって問いかけた。初めてこの部屋に入った時みたいだ。

 朝日は上半身を起こした。ゆっくりと振り返ると、やっぱりあの時と同じように、悲しみが中心から滲んでいくような顔で微笑んだ。

「……こっちにおいで」

 私はあまり足を上げない歩き方で近寄る。テストで百点満点を取ったことを報告する時みたいに、すぐにでも飛びつきたい気分じゃない。
 横に立つと、浮かない顔をした私の腰に、朝日はそっと腕を回した。

 ふんわりと温かい。

 もう覚えていないけど、私をパパからかばってくれていたママの体温は、ちょうどこのくらいだったのかもしれない。

「お父さんは、すぐに放してもらえるよ」
「どうでもいい」

 私は短く吐き出す。

 どうでもいいっていうのは、どうなってもいいっていうのとほとんど同じ意味だ。
 刑事をかたったあの男たちに、パパのことを教えたのは私。痛い目に遭えばいいと思って、実際にそうなったのだから本望だ。どこかに連れていかれて、もっとひどい目に遭わされるのだとしたって、いい気味だとしか思わない。
 
 だって、当たり前だ。いつだってこぶしを受けていたのは、私のほうなのだから。

 トレンチコートの男に殴られて倒れ込むパパを見て、ほんの少しだけ動揺したのは、見慣れない光景に心が驚いただけのこと。それだけのことに違いない。

 だから、そんなことは今、ちっとも重要じゃない。
 重要なことは、私が知りたいことは、朝日のコードネームを口にしたあの男たちが、本当は何者なのかってこと。

「ねぇ、組織って何なの? あの人たちは誰なの?」

 私はもう一度訊いた。今度はもうちょっと強い口調で。少し涙声だったかもしれない。

 本当は、朝日が言う組織っていうものの正体に、私は薄々勘づいている。これまでの朝日の話を組み合わせれば、それはおのずと浮かび上がってくる。

 それでも訊いたのは、朝日に否定してほしかったから。
 それは私の早とちりだって笑ってほしかった。そうすることできっと、私の中で膨らんできた最悪のシナリオが、星と星が衝突したみたいに爆発して散り散りになる。

 朝日はぽつぽつと話し始めた。

「僕を……殺し屋に育てた施設があるって、言ったよね」

 前をまっすぐに見据える朝日の目が、カーテンに降る雪の粒を数えるみたいに揺れていた。私を抱いている手と反対の手は、レインの背中を撫でている。

 その時点で、朝日は否定してくれないと気づき、私の胃は少しだけ重くなった。
 そうだ。朝日はいつだって、私には嘘をつかない。それだって、私はわかっていた。

「その施設を管理するのが、その組織だ。会社って言ったほうがわかりやすいかな。事業内容は、褒められたものではないけど。だからと言うか、その名前も存在も、普通は絶対に表に出てこない」
「朝日は……そこで働いてるってこと?」

 こうなったらもう、私は観念して答え合わせをしていくしかない。

「……そういうことだね」

 殺し屋を雇っている会社。
 おそらく人を傷つける依頼を受け付けて、それを朝日たち社員が仕事として実行するんだ。成功したら報酬を貰う。それは確かに褒められたもんじゃない。

「その組織はとても大きくて、他にも僕のような職人と、見習いを大勢抱えている」
「職人……」

 特別な技術を身につけて、それを駆使して仕事をこなす人という意味では、そう呼べるのかもしれない。
 でも、やっぱり、機械同様、悲しい言葉であることには変わりない。

「……機械よりは、人間味があっていいけど」

 私が言うと、朝日は少しだけ笑ってくれた。

「凄いでしょう? 表には出ない、真っ当に生きていたら誰にも知られないはずの組織なのに、依頼がひっきりなしに来るんだ。一般人から政界に至るまで」
「政治家を真っ当だなんて思ったことないよ」

 朝日はまた笑う。

 今度は笑わせるつもりなんかじゃなく、本当にそう思っている。
 あの偉そうな先生たちはいつも、大金と自分の名声を手に入れることにしか興味がないイメージだ。本当に私たちのことを考えて仕事してくれていたら、この国はもう少し住みやすくなっているし、私のような不幸な子供も減っているはずだ。

「さっきの偽物の刑事たちも、その組織の人ってことなの?」

 朝日は、自分のコードネームを知っているのは組織の人間だけって言った。
 だから、あの男たちは、事件の「犯人」を捜しにきたのではなくて、「朝日」を捜しにきた。そもそも本物の刑事じゃないのだから、彼らは事件の捜査なんてしない。

 私が見たあの警察手帳は、レプリカだったってことだ。
 大袈裟じゃなく、今はネットを使えば、手に入らないものなんてない。
 すっかり騙されてしまったけれど、ほとんどの人がじっくり実物を見たことがないだろうし、それが本物じゃないなんて、私じゃなくても見破れないだろう。

 朝日はまつ毛を一度、優雅にはためかせてから、視線を落とした。レインを飛び越して、重厚なライフルを見つめているように見える。
 否定しないってことは、正解だってことなんだろう。

「でも、なんで? 何のために朝日を捜してるの?」

 どう見ても彼らは、同じ会社で働く仲間のご機嫌を伺いに来た感じじゃなかった。

「あれ……でも、あの人たち……朝日の顔は知らないんだよね?」

 だから、私の嘘を信じて、パパを連れていった。
 同じ組織に所属しているのに、顔を知らないってことがあるのだろうか。それほど大きな組織だってことなのだろうか。会社に勤めたことがない私には、ぴんと来ない。

「……彼らが僕を捜しているのは、僕が」

 朝日はそこで一旦言葉を切る。レインを撫でる手も止めた。

「僕が組織を……裏切ったから」」
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