Rain man

朋藤チルヲ

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interphone

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 インターホンが鳴った。

 最初、この部屋のものだとは思わなかった。
 ひどくぼんやりとした音に聞こえたし、インターホンを鳴らすような来客は、我が家には滅多にない。

 左隣の部屋はこの時間、いつも留守のはずで、そっちにお客さんが来たんだろうと思った。思いたかった。だって、右隣は朝日の部屋だ。殺し屋の部屋に用事がある人間は今、あの男たちくらいしか思い当たらない。

 どこか暢気な、乾いた音が二回、三回と続けて鳴った時、そして、癇癪を起こしたみたいにドアを蹴り続けていた、パパの足音がやんだ時。ようやく我が家のインターホンなのだと気づいた。

 パパが舌打ちをした。ドアの前から気配が遠ざかる。来客を追い返すため、玄関に向かったのだろう。

 逃げるなら今なのに、私は動けなかった。自分が呼吸をしているのかどうかの自覚さえなかった。ただ、濡れたパーカーが重い。手がじんじんと痛い。

 玄関のドアが開かれた。すぐにパパの怒鳴り声が響き渡るかと思いきや、予想は外れた。誰かとやり取りをしている。話し声がボソボソと届いてくる。いったい誰だろう。大家さんだろうか。
 そうかと思うと、突然、パパが声を荒らげた。

「なんだよ!! 俺が自分の子供に何しようと勝手じゃねぇか! あんたに迷惑はかけてねぇだろ!」

 私はうなだれたまま、息苦しい穴の中から這い上がるような気持ちで、ようやっとノブを回した。

 この隙に逃げようと考えたわけじゃなかった。単純に、パパが誰と話しているのかが気になっただけだ。
 パパは権利者みたいな相手に弱い。もしやって来たのが大家さんだったら、もう少し下手に出るはずだ。でも、面倒なセールスといった雰囲気でもない。

 身体の重みに押されて、ドアが静かに開く。そのまま床に倒れ伏した。消耗し切ってしまったのか、全身に力が入らない。匍匐前進みたいな形で、どうにか上半身を廊下に出した。

 耳に流れ込んできたのは、熱くも冷たくもない、まったく温度のない声。威勢のいいパパの声とは対照的に、冷静に一定のリズムを取って吐き出されている。男性の声だ。

「かけていますよ。朝から大きな声を出して。僕だけじゃない、他の近所の方にとっても迷惑です」

 薄汚れた作業着のパパの背中に、顔を半分隠すようにして向かい合っていたのは、朝日だった。

「はあ? 平日の朝だぞ。どこのやつも仕事に出かけてるよ! 俺はクソガキのせいで大変な目に遭った。今帰ってきたんだ。お仕置きは当然だろ!」
「お仕置き? 今はそういうの問題になっていますね。場合によっては通報しますよ」
「ふざけんな、てめぇ!」

 目が合う。
 思わず瞳を揺らしても、朝日はまったく動じない。
 じっと見ていると、朝日はパパに気づかれないように静かに目を閉じる。それから、ゆっくりと開いた。何かを訴えかけてくるみたいに。

 額に閃光が走った気がした。

 ぐっと手の甲で涙を拭い、自分を奮い立たせて立ち上がる。もつれる足でベランダへ向かって走り出した。

「あ、このやろう!」

 パパが振り返り、捕まえようと迫ってくるのを背後に感じながら、私は一気に居間を走り抜く。
 ガラス窓が開いていた。
 開けたばかりなのか、もっと前から開けっぱなしだったのか。猫が一匹通り抜けられそうな細い隙間から入り込む風が、レースのカーテンをふわりと舞い上がらせている。
 吸い込まれるように、そこに手を伸ばす。

 手が窓枠に届いた瞬間、反対の手首をパパに取られた。熱く、痛い感触。
 振り返ったら捕まってしまうと思い、精一杯力を込めてその手を払って、窓の外に飛び出す。パパが何か怒鳴ったけど、何を言ったのか、その言葉を脳の中で反復する余裕はなかった。

 考えるより先に、急いで窓を閉める。
 とたんに、ごく近くで、耳をつんざくような悲鳴が上がった。

 窓を閉めた際に、パパの指を巻き込んでしまったようだ。相当な衝撃だったのだろう。パパは声も出せずに、指を押さえて背中を丸めて、その場にうずくまった。

 予期せず人を傷つけたことに、怯んで、戦慄した。

 その瞬間、私の耳に飛び込んできたのは、ドン! と何かを強く叩く音。
 音がしたほうへふらふらと目線を上げると、土足で部屋に上がり込んでいた朝日が、自分のこぶしを壁に打ちつけていた。

 怯える瞳が捉えた朝日は、毅然とした視線で、私をまっすぐに射抜いていた。

 ともすれば倒れそうだった心は、それでなんとか持ち直した。私は隣の、朝日の部屋のほうのベランダへと歩み出した。
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