Rain man

朋藤チルヲ

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【注意書き】

※今回の章には、下品であったり胸糞だったりな表現が含まれております。
 メンタルが弱っているなと感じられる読者様は、ご遠慮いただいたほうが懸命かと存じます。
 平気だよ! という読者様のみ、先へお進みくださいませ。








*****

 眩暈がした。

 あぁ、どうして鍵をかけなかったんだろう。

 答えは自分でわかっている。いつもの癖だ。
 自分で自分を馬鹿じゃないのかって思う。ちょっと考えれば、まさにこのタイミングでパパが帰ってきてしまう可能性があることくらい、すぐにわかるのに。

 どかどかと踏みしめる音が、通路をまっすぐ進んでくる。

「あれからどこに行ってたんだ! どうせ近くにいたんだろ? 所詮ガキだ。金もねぇし、戻ってくるしかねぇだろうなと思ってたんだよ!」

 声を聞いた限りでは、パパは元気そうだ。何のダメージも受けていない。連れ去られた先で、あの時以上にひどい暴力は振るわれていないのかもしれない。

 ただ、相当鬱憤が溜まっているみたいだ。それはそうだろうなと思う。見知らぬ不審な男たちに詰め寄られて、殴られて、訳もわからないままに拉致されたのだから。

 その鬱憤は、きっとここで爆発する。

 音は遠ざかり、足の下が絨毯に変わったのか、くぐもって聞こえるようになった。乱雑に動き回り、私を捜している。ベランダに続く窓が開いた。

 その隙に、急いでジーンズに足を通した。それから、洗濯機に腕を突っ込んで、濡れたパーカーを引っ張り出し、絞って、素肌に羽織る。水分を含んだニットは重く冷たくて、何もかもが嫌になるような気分に包まれた。

「大家のところにでも転がり込んでたのか? あのババァ、お前に甘いからな!」

 椅子を蹴る音がした。派手な音を立てて転がったあとも、執拗に攻撃している。
 そんなふうに、関係のない他人が巻き添えになるかもしれない恐怖を感じて、私は身震いした。

「勘違いするんじゃねぇぞ! 甘いからって、お前を好きなわけじゃねぇ。善人ぶってるだけ、お前を利用していい人になりたいだけなんだよ! バーカ!」

 嵐だ。嵐が来た。
 這うようにして脱衣所のドアまで移動して、ノブを両手でぎゅっと握る。同時にきつく目を閉じた。

「どいつもこいつもみんなそうだ、善人ぶりやがって! お前の母親だって同じだ。優しいふりしてみたって、結局はお前を捨てて逃げたじゃねぇか! あの女はなぁ、子供なんか欲しくなかったんだよ。寂しかっただけだ。ただ俺にやられたかっただけなんだよ! クソビッチが!! うらあ!!」

 また何かが壊される音がする。
 何も聞きたくない。だけど、両手とも離せないから、耳を塞ぐことができない。

「お前もあのビッチにそっくりだ! いけすかねぇ目しやがってよ! あの女もいっつも、自分は正しいみたいな目をしてやがった。ただの便所のくせに!!」

 聞きたくない。

「おい、聞こえてんのか! あのうさん臭い男どもに、俺のあることないこと吹き込んだのもお前なんだろ! 小遣いでも貰ったのか? ここまで育ててやった恩義のある父親を売るとは、いい度胸してるじゃねぇか。さすが便所女のガキだ!」

 もう、何も聞きたくない。
 誰か私の耳を潰してほしい。

「そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるからな! いいか、お前を売り飛ばしてやる。子供のぺたぺたな身体に興奮するって男も、世の中にはいるんだ。穴さえあれば、とりあえずは男を受けられるからな。しっかり稼いでもらうぞ!」

 足音がふいにやんだかと思うと、次の瞬間、目の前の扉が蹴られた。

 開くことはなかったけど、はずみで手を放しそうになり、再び力を強く込めて全体重をかける。

 また蹴られた。

 手が痺れてきた。どうしよう。
 ここが開いてしまったら、パパに見つかってしまったら。

 たぶん、私はもう朝日に会えない。

 ドアを一枚隔てた向こうで、パパの呪いのような声がした。

「お前のことなんか、一秒だって可愛いと思ったことなかった。憎らしくて憎らしくてしかたなかった。母親だってそうだ。お前が可愛くないから捨てたんだ。この世にお前のことを愛してるやつなんか、一人もいねぇんだよ!」

 歯を食いしばる頬から顎にかけて、涙が筋になって流れた。
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