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christmas eve
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「なんだかさ、エコじゃないよね」
大通りに向かって歩き出してすぐ、私は言った。
朝日が不思議そうな視線を向けてくる。
この街に越してきて一ヶ月も経たない朝日に、私は大通りまでの道案内をしないし、朝日も尋ねてこない。大通りが、スーパーが建つ辺りにあるからだ。
足は自然に前に進み、そして、私たちの最後の時間は、もう残りわずかだ。
「家具とか家電とか。全部処分してもらうってことは、捨ててもらうってことでしょ?」
本当はもっと違う話をしたい。
だけど、思うようにはうまく行かない。
訊きたいことがある。殺し屋の彼女との出会いとか、レインとの出会いとか。
それに、楽しかったことや感謝の思いを、忘れられない言葉で伝えたい。朝日の心の中に、私をちゃんと植え付けておきたい。それこそ映画みたいに。
「勉強」をたくさんしてきたはずなのに、独学はやっぱりだめだ。肝心な場面でちっとも活かされやしない。
朝日が使っていたそれらは、捨てる前からすでにぼろぼろ。
おじいさんが一人で経営している、まるで儲けがなさそうなリサイクルショップで購入してきたか。もしかしたら、その辺の粗大ゴミ置き場から、勝手に拾ってきた物なのかもしれない。
そんな物を託されたからって、大家さんがまたリサイクルショップに持ち込むとは思えない。きっと文字通り処分してしまうのだ。
しかも、朝日はそれを、引っ越しのたびに繰り返しているのだろうから。
「でも、持って歩けないでしょう?」
「それはそうだけど」
朝日は殺し屋だから、大掛かりな引っ越しをして目立ったり、業者を頼んで伝票とかの痕跡が残ったりすることは避けないとならない。それはわかる。
だけど、使い捨てなんてまったくエコじゃない。
それに、私と一緒に使った物をすべて捨ててしまうってことは、二人の共有した時間までをも捨ててしまうことと、同じような気がして寂しかった。
私はドキドキしながら訊いた。
「ねぇ、じゃあさ、私が貰ってもいい?」
「貰うって……あの部屋にあった物を?」
朝日は目を丸くしたけれど、我ながら良い案だと思った。
「そのほうが大家さんにとっても良いと思わない? 大きな物だってあるし、処分する物が減ったら、その分手間も省けるじゃん」
指を顎に当てて、朝日は宙を見上げ、考え込むような素振りをする。
「それはそうだけど……みんな古いし、ぼろぼろだよ?」
「いいの」
懇願するように見上げると、朝日は肩をすくめた。
「大家さんに訊いてみて。いいって言ったら、いいよ」
「わかった!」
嬉しい。私は、バスケットの中でこちらを見上げる、黒猫の大きな瞳ににっこりと笑いかけた。
大家さんは少し変な顔をするかもしれない。
でも、私たちの仲が良かったのを知っている。きっと寂しいんだろうと理解してくれるだろうし、朝日に言った通り処分の手間が減るのだから、それほど頑なに反対はしないと思う。
欲しい物は決まっていた。リラクシングチェアだ。
私が寝そべった時に深い安らぎを与えてくれた、あの古めかしいチェア。穏やかで温かい、朝日のにおいがするあの椅子を、ずっと大切にしよう。
やがて大通りに突き当たる。朝日は歩みを止めた。横に並んで歩いていた私の足も止まる。
「じゃあ、ここで」
朝日は楽器ケースをまたひとまとめにして、空いたほうの腕を私に伸ばす。
「……うん」
その手の先に、抱えていたバスケットを渡した。
路肩には、ずっと奥のほうにまでたくさんの屋台が並んでいた。店主が呼び込みをしていて、さながらお祭りのような騒々しさだ。
カラフルな装いの屋根と車道との間を、まだ午前中にもかかわらず、大勢の人が縫って歩いている。
その中の一つで、大きくて真っ赤なりんご飴を買ってもらった気がするのは、遠い記憶なのだろうか。それとも、夢の中でのことだったのか。
「賑やかだね」
「うん」
「そういや、今日はクリスマスイブだったね」
「……そっか」
朝日の声は、それが何も特別な日ではないような響きを伴っていた。365日ある中の、ただの一日に過ぎない。朝日にとってはそんなものなんだろう。
赤に金、緑、白。
そういった色で埋め尽くされたこの大通りが、殺し屋の人生を歩く朝日の目には、何も特別に映らないように。私と過ごしたこの三日間も、彼にとっては別に特別なものじゃない。
レインと二人きりだった日々に、突然図々しく子供が割り込んできたことは、多少は珍しい出来事だったかもしれない。でも、過ぎてしまえば、また今まで通りの生活に戻る。
クリスマスツリーが、その役目を終えて、また箱の中に戻るみたいに。
だけど、私は忘れないだろう。
優しく悲しい目をした殺し屋と、声を失くした無邪気な黒猫のことを。
あのリラクシングチェアがそばにある限り。ううん、なくなったとしても。忘れることはない。
大通りに向かって歩き出してすぐ、私は言った。
朝日が不思議そうな視線を向けてくる。
この街に越してきて一ヶ月も経たない朝日に、私は大通りまでの道案内をしないし、朝日も尋ねてこない。大通りが、スーパーが建つ辺りにあるからだ。
足は自然に前に進み、そして、私たちの最後の時間は、もう残りわずかだ。
「家具とか家電とか。全部処分してもらうってことは、捨ててもらうってことでしょ?」
本当はもっと違う話をしたい。
だけど、思うようにはうまく行かない。
訊きたいことがある。殺し屋の彼女との出会いとか、レインとの出会いとか。
それに、楽しかったことや感謝の思いを、忘れられない言葉で伝えたい。朝日の心の中に、私をちゃんと植え付けておきたい。それこそ映画みたいに。
「勉強」をたくさんしてきたはずなのに、独学はやっぱりだめだ。肝心な場面でちっとも活かされやしない。
朝日が使っていたそれらは、捨てる前からすでにぼろぼろ。
おじいさんが一人で経営している、まるで儲けがなさそうなリサイクルショップで購入してきたか。もしかしたら、その辺の粗大ゴミ置き場から、勝手に拾ってきた物なのかもしれない。
そんな物を託されたからって、大家さんがまたリサイクルショップに持ち込むとは思えない。きっと文字通り処分してしまうのだ。
しかも、朝日はそれを、引っ越しのたびに繰り返しているのだろうから。
「でも、持って歩けないでしょう?」
「それはそうだけど」
朝日は殺し屋だから、大掛かりな引っ越しをして目立ったり、業者を頼んで伝票とかの痕跡が残ったりすることは避けないとならない。それはわかる。
だけど、使い捨てなんてまったくエコじゃない。
それに、私と一緒に使った物をすべて捨ててしまうってことは、二人の共有した時間までをも捨ててしまうことと、同じような気がして寂しかった。
私はドキドキしながら訊いた。
「ねぇ、じゃあさ、私が貰ってもいい?」
「貰うって……あの部屋にあった物を?」
朝日は目を丸くしたけれど、我ながら良い案だと思った。
「そのほうが大家さんにとっても良いと思わない? 大きな物だってあるし、処分する物が減ったら、その分手間も省けるじゃん」
指を顎に当てて、朝日は宙を見上げ、考え込むような素振りをする。
「それはそうだけど……みんな古いし、ぼろぼろだよ?」
「いいの」
懇願するように見上げると、朝日は肩をすくめた。
「大家さんに訊いてみて。いいって言ったら、いいよ」
「わかった!」
嬉しい。私は、バスケットの中でこちらを見上げる、黒猫の大きな瞳ににっこりと笑いかけた。
大家さんは少し変な顔をするかもしれない。
でも、私たちの仲が良かったのを知っている。きっと寂しいんだろうと理解してくれるだろうし、朝日に言った通り処分の手間が減るのだから、それほど頑なに反対はしないと思う。
欲しい物は決まっていた。リラクシングチェアだ。
私が寝そべった時に深い安らぎを与えてくれた、あの古めかしいチェア。穏やかで温かい、朝日のにおいがするあの椅子を、ずっと大切にしよう。
やがて大通りに突き当たる。朝日は歩みを止めた。横に並んで歩いていた私の足も止まる。
「じゃあ、ここで」
朝日は楽器ケースをまたひとまとめにして、空いたほうの腕を私に伸ばす。
「……うん」
その手の先に、抱えていたバスケットを渡した。
路肩には、ずっと奥のほうにまでたくさんの屋台が並んでいた。店主が呼び込みをしていて、さながらお祭りのような騒々しさだ。
カラフルな装いの屋根と車道との間を、まだ午前中にもかかわらず、大勢の人が縫って歩いている。
その中の一つで、大きくて真っ赤なりんご飴を買ってもらった気がするのは、遠い記憶なのだろうか。それとも、夢の中でのことだったのか。
「賑やかだね」
「うん」
「そういや、今日はクリスマスイブだったね」
「……そっか」
朝日の声は、それが何も特別な日ではないような響きを伴っていた。365日ある中の、ただの一日に過ぎない。朝日にとってはそんなものなんだろう。
赤に金、緑、白。
そういった色で埋め尽くされたこの大通りが、殺し屋の人生を歩く朝日の目には、何も特別に映らないように。私と過ごしたこの三日間も、彼にとっては別に特別なものじゃない。
レインと二人きりだった日々に、突然図々しく子供が割り込んできたことは、多少は珍しい出来事だったかもしれない。でも、過ぎてしまえば、また今まで通りの生活に戻る。
クリスマスツリーが、その役目を終えて、また箱の中に戻るみたいに。
だけど、私は忘れないだろう。
優しく悲しい目をした殺し屋と、声を失くした無邪気な黒猫のことを。
あのリラクシングチェアがそばにある限り。ううん、なくなったとしても。忘れることはない。
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