Rain man

朋藤チルヲ

文字の大きさ
44 / 49

christmas eve

しおりを挟む
「なんだかさ、エコじゃないよね」

 大通りに向かって歩き出してすぐ、私は言った。
 朝日が不思議そうな視線を向けてくる。

 この街に越してきて一ヶ月も経たない朝日に、私は大通りまでの道案内をしないし、朝日も尋ねてこない。大通りが、スーパーが建つ辺りにあるからだ。

 足は自然に前に進み、そして、私たちの最後の時間は、もう残りわずかだ。

「家具とか家電とか。全部処分してもらうってことは、捨ててもらうってことでしょ?」

 本当はもっと違う話をしたい。
 だけど、思うようにはうまく行かない。

 訊きたいことがある。殺し屋の彼女との出会いとか、レインとの出会いとか。

 それに、楽しかったことや感謝の思いを、忘れられない言葉で伝えたい。朝日の心の中に、私をちゃんと植え付けておきたい。それこそ映画みたいに。

「勉強」をたくさんしてきたはずなのに、独学はやっぱりだめだ。肝心な場面でちっとも活かされやしない。

 朝日が使っていたそれらは、捨てる前からすでにぼろぼろ。
 おじいさんが一人で経営している、まるで儲けがなさそうなリサイクルショップで購入してきたか。もしかしたら、その辺の粗大ゴミ置き場から、勝手に拾ってきた物なのかもしれない。

 そんな物を託されたからって、大家さんがまたリサイクルショップに持ち込むとは思えない。きっと文字通り処分してしまうのだ。
 しかも、朝日はそれを、引っ越しのたびに繰り返しているのだろうから。

「でも、持って歩けないでしょう?」
「それはそうだけど」

 朝日は殺し屋だから、大掛かりな引っ越しをして目立ったり、業者を頼んで伝票とかの痕跡が残ったりすることは避けないとならない。それはわかる。

 だけど、使い捨てなんてまったくエコじゃない。
 それに、私と一緒に使った物をすべて捨ててしまうってことは、二人の共有した時間までをも捨ててしまうことと、同じような気がして寂しかった。

 私はドキドキしながら訊いた。

「ねぇ、じゃあさ、私が貰ってもいい?」
「貰うって……あの部屋にあった物を?」

 朝日は目を丸くしたけれど、我ながら良い案だと思った。

「そのほうが大家さんにとっても良いと思わない? 大きな物だってあるし、処分する物が減ったら、その分手間も省けるじゃん」

 指を顎に当てて、朝日は宙を見上げ、考え込むような素振りをする。

「それはそうだけど……みんな古いし、ぼろぼろだよ?」
「いいの」

 懇願するように見上げると、朝日は肩をすくめた。

「大家さんに訊いてみて。いいって言ったら、いいよ」
「わかった!」

 嬉しい。私は、バスケットの中でこちらを見上げる、黒猫の大きな瞳ににっこりと笑いかけた。

 大家さんは少し変な顔をするかもしれない。
 でも、私たちの仲が良かったのを知っている。きっと寂しいんだろうと理解してくれるだろうし、朝日に言った通り処分の手間が減るのだから、それほど頑なに反対はしないと思う。

 欲しい物は決まっていた。リラクシングチェアだ。

 私が寝そべった時に深い安らぎを与えてくれた、あの古めかしいチェア。穏やかで温かい、朝日のにおいがするあの椅子を、ずっと大切にしよう。

 やがて大通りに突き当たる。朝日は歩みを止めた。横に並んで歩いていた私の足も止まる。

「じゃあ、ここで」

 朝日は楽器ケースをまたひとまとめにして、空いたほうの腕を私に伸ばす。

「……うん」

 その手の先に、かかえていたバスケットを渡した。

 路肩には、ずっと奥のほうにまでたくさんの屋台が並んでいた。店主が呼び込みをしていて、さながらお祭りのような騒々しさだ。
 カラフルな装いの屋根と車道との間を、まだ午前中にもかかわらず、大勢の人が縫って歩いている。

 その中の一つで、大きくて真っ赤なりんご飴を買ってもらった気がするのは、遠い記憶なのだろうか。それとも、夢の中でのことだったのか。

「賑やかだね」
「うん」
「そういや、今日はクリスマスイブだったね」
「……そっか」

 朝日の声は、それが何も特別な日ではないような響きを伴っていた。365日ある中の、ただの一日に過ぎない。朝日にとってはそんなものなんだろう。

 赤に金、緑、白。
 そういった色で埋め尽くされたこの大通りが、殺し屋の人生を歩く朝日の目には、何も特別に映らないように。私と過ごしたこの三日間も、彼にとっては別に特別なものじゃない。

 レインと二人きりだった日々に、突然図々しく子供が割り込んできたことは、多少は珍しい出来事だったかもしれない。でも、過ぎてしまえば、また今まで通りの生活に戻る。

 クリスマスツリーが、その役目を終えて、また箱の中に戻るみたいに。

 だけど、私は忘れないだろう。
 優しく悲しい目をした殺し屋と、声を失くした無邪気な黒猫のことを。

 あのリラクシングチェアがそばにある限り。ううん、なくなったとしても。忘れることはない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

処理中です...