5 / 60
【1】
4
しおりを挟む
「優愛、どうして写真を撮っておかないんだ」
式場と提携しているドレスショップから向かった、家族経営のこぢんまりとしたイタリアンレストラン。合流後早々に衣裳合わせの話題になると、パパは眉間にシワを寄せて残念そうに言った。
南イタリアの大衆食堂をイメージしたという店内は、オレンジ色の照明が温かな雰囲気で、雑然と置かれたインテリアがむしろ居心地が良い。以前から事あるごとに、事がなくても、家族でよく利用していた。
夕食の時間にはまだ少し早く、店内にはわたしたちの他に、大学生くらいの若い男女が一組いるだけ。平日だからということもあるのだろう。
「ごめんなさい。見とれてつい忘れちゃって」
テーブルの向かい側から、わたしは肩をすくめてみせる。パパのことを忘れていた、とは言えない。
撮った写真を見せることを止められていたのは、遣史くんに対してだけだ。そのことをわたしが思い出したのは、姉が自宅に向けて運転するミニバンの車内でだった。
わたしは時々、自分でも愕然とするくらい抜けている。
自宅へ帰る道すがら、パパに電話をかけたのはママだ。今終わって帰るところだと伝えると、パパのほうから、じゃあ例の店で落ち合って食事しよう、と言い出した。
ちょうど仕事が一段落ついたところだったらしいけど、それは言い訳で、わたしが撮ったであろう姉の美しい姿を、早く見たくてたまらなかったのだ。
ママは二つ返事でその話に乗った。
衣裳合わせが何時に終わるかわからなかったので、お手伝いさんには休みを与えていた。今から食事の準備をするのは面倒だと思っていたに違いない。
「優愛が見とれるほどきれいだったんなら、ぜひ見たかったよ」
パパは肩を落として、ため息をついた。恰幅のいいワイシャツの肩は、直滑降ができそうな撫で肩になってしまっている。
「ごめんなさい」
わたしはますますうなだれる。
隣に座る姉が、ケタケタ、と笑った。
「わたしが、遣史には見せないでってきつく止めたせいよ。優愛の思考回路は単純だから、そうしたらもう、撮らない頭になっちゃったの」
「回路が単純て……」
フォローになっていない。そんなことを言うなら、写真撮らないのってあの場で教えてくれたらよかったのに、と思うけど、忘れたことは確かだし、一度に二つのことを考えられない不器用な脳みそであることも本当なので、言い返せない。
「どうして遣史くんに見せないんだい?」
「それは、びっくりさせたいって言うか……」
パパの鋭い突っ込みに、とたんに姉の歯切れが悪くなる。それを見て、パパもその思惑に気がついたらしい。それ以上問い詰めることはなく、「おやおや」と楽しそうに言うだけに留めた。
「いいじゃないの。あとのお楽しみで」
パパの横で、ママがそう言って赤ワインをあおった。すでに目がとろんとしている。
ママは、お酒が嫌いではないけど強くない。普段は微アルコールのカクテルをせいぜいグラス二杯程度なのに、お代わりを頼もうと店員を呼ぶママもまた、嬉しくてたまらないのだ。
娘がお嫁に行くためのドレスを選ぶだなんて、それに付き合えるなんて、母親として、妹のわたしより感慨深いものがあったに違いない。
そう考えると、もうその辺にしたら、と止めることがしのびない。
「そうだなぁ。先延ばしにしたほうが、感動が倍増するか」
パパも同じ思いなんだろう。ママのオーダーを止めなかった。
写真のことがうやむやになった安堵と、幸せな気持ちを抱えて、わたしは大好きなオムライスを頬張った。たっぷりのデミグラスソースとふわふわの卵は、いつ食べても魅惑的な味わいでわたしを幸せにする。
式場と提携しているドレスショップから向かった、家族経営のこぢんまりとしたイタリアンレストラン。合流後早々に衣裳合わせの話題になると、パパは眉間にシワを寄せて残念そうに言った。
南イタリアの大衆食堂をイメージしたという店内は、オレンジ色の照明が温かな雰囲気で、雑然と置かれたインテリアがむしろ居心地が良い。以前から事あるごとに、事がなくても、家族でよく利用していた。
夕食の時間にはまだ少し早く、店内にはわたしたちの他に、大学生くらいの若い男女が一組いるだけ。平日だからということもあるのだろう。
「ごめんなさい。見とれてつい忘れちゃって」
テーブルの向かい側から、わたしは肩をすくめてみせる。パパのことを忘れていた、とは言えない。
撮った写真を見せることを止められていたのは、遣史くんに対してだけだ。そのことをわたしが思い出したのは、姉が自宅に向けて運転するミニバンの車内でだった。
わたしは時々、自分でも愕然とするくらい抜けている。
自宅へ帰る道すがら、パパに電話をかけたのはママだ。今終わって帰るところだと伝えると、パパのほうから、じゃあ例の店で落ち合って食事しよう、と言い出した。
ちょうど仕事が一段落ついたところだったらしいけど、それは言い訳で、わたしが撮ったであろう姉の美しい姿を、早く見たくてたまらなかったのだ。
ママは二つ返事でその話に乗った。
衣裳合わせが何時に終わるかわからなかったので、お手伝いさんには休みを与えていた。今から食事の準備をするのは面倒だと思っていたに違いない。
「優愛が見とれるほどきれいだったんなら、ぜひ見たかったよ」
パパは肩を落として、ため息をついた。恰幅のいいワイシャツの肩は、直滑降ができそうな撫で肩になってしまっている。
「ごめんなさい」
わたしはますますうなだれる。
隣に座る姉が、ケタケタ、と笑った。
「わたしが、遣史には見せないでってきつく止めたせいよ。優愛の思考回路は単純だから、そうしたらもう、撮らない頭になっちゃったの」
「回路が単純て……」
フォローになっていない。そんなことを言うなら、写真撮らないのってあの場で教えてくれたらよかったのに、と思うけど、忘れたことは確かだし、一度に二つのことを考えられない不器用な脳みそであることも本当なので、言い返せない。
「どうして遣史くんに見せないんだい?」
「それは、びっくりさせたいって言うか……」
パパの鋭い突っ込みに、とたんに姉の歯切れが悪くなる。それを見て、パパもその思惑に気がついたらしい。それ以上問い詰めることはなく、「おやおや」と楽しそうに言うだけに留めた。
「いいじゃないの。あとのお楽しみで」
パパの横で、ママがそう言って赤ワインをあおった。すでに目がとろんとしている。
ママは、お酒が嫌いではないけど強くない。普段は微アルコールのカクテルをせいぜいグラス二杯程度なのに、お代わりを頼もうと店員を呼ぶママもまた、嬉しくてたまらないのだ。
娘がお嫁に行くためのドレスを選ぶだなんて、それに付き合えるなんて、母親として、妹のわたしより感慨深いものがあったに違いない。
そう考えると、もうその辺にしたら、と止めることがしのびない。
「そうだなぁ。先延ばしにしたほうが、感動が倍増するか」
パパも同じ思いなんだろう。ママのオーダーを止めなかった。
写真のことがうやむやになった安堵と、幸せな気持ちを抱えて、わたしは大好きなオムライスを頬張った。たっぷりのデミグラスソースとふわふわの卵は、いつ食べても魅惑的な味わいでわたしを幸せにする。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて
設楽理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。
◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。
ご了承ください。
斉藤准一 税理士事務所勤務35才
斎藤紀子 娘 7才
毒妻: 斉藤淳子 専業主婦 33才 金遣いが荒い
高橋砂央里 会社員 27才
山本隆行 オートバックス社員 25才
西野秀行 薬剤師 22才
岡田とま子 主婦 54才
深田睦子 見合い相手 22才
―――――――――――――――――――――――
❧イラストはAI生成画像自作
2025.3.3 再☑済み😇
神楽坂gimmick
涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。
侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり……
若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる