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「あと四ヶ月もないんだなぁ」
ウニクリームのパスタを食らう姉を見つめて、パパがしみじみと言った。
細められた目が涙ぐんでいる。すでにチャペルに立っている気持ちなのかもしれない。
さすがにそれは早いのでは、と呆れる。
姉の結婚式は、六月に挙げる予定だ。
ジューンブライドを希望するカップルは多いと聞くけど、式場の予約は意外とたやすかった。みんなが取りにくいと推測して敬遠するせいで、逆に空いてしまっているのだ、と式場のスタッフは苦笑いしていたらしい。
何にせよ、姉たちにとってはラッキーだった。
「すぐだなぁ。寂しくなるなぁ」
「何を言ってるんだか。結婚して家を出たって、職場で嫌でも顔を合わせるし」
「嫌でもって」
パパは別の思いで泣き出しそうだ。不憫と思いつつ噴き出してしまう。
我が家もこのレストラン同様、家族ぐるみで会社を経営しているようなものなので、退職しない限り、会えなくなるということはない。姉は正しいわけだけど、あまりにも素っ気ない。
「わたしのことより、パパはプロジェクトのほうを心配したら? 挙式の翌月じゃない、新店がオープンするの。そっちも今が佳境でしょうよ」
「それはそうだけど、また別だ」
「別だけど、重要でしょ」
「家族のイベントのほうが重要に決まっている」
「子供ができて出産間近になったら、里帰りするつもりだってば」
面倒になったのだろう、姉は投げやりに言った。
その言葉に、沈んでいたパパの表情がパッと明るくなった。
「そうか。そうだな。産まれたあとも、頻繁に泊まりにくればいい。遣史くんと二人きりでは何かと大変だろうからな。うん、それがいい」
「パパ、すごく孫に甘いおじいちゃんになりそう」
未来の甥っ子だか姪っ子だかに、パパが目尻を垂らしながら、何でも買い与えまくる様子がリアルに想像できて、笑ってしまった。
「いいのだ。孫は存分に甘やかさなければならない、という法律がある」
「また始まったぁ」
うんざりとのけ反ると、隣で姉も同じように背中を反っていた。
それは、パパの口癖だ。悪癖と言ってもいい。
答えに窮したり、自分の思い通りに事を推し進めようとしたりする時に、勝手に都合のいい法律を作ってしまうのだ。物心ついた頃にはもう、何かのたびに口にするのを聞いていた。
「ははは。それに則って、パパは優愛の子供もめちゃくちゃに甘やかすぞ」
「わたしはまだまだ先のことだってば」
「そうやって言ってる子が、びっくりするくらい早くママになるのって、あるあるよね。わたしより早かったりして」
姉がニヤニヤと言ってきたので、わたしは口を尖らせた。
「あり得ません。彼氏だっていないのに」
彼氏がいないのは、今現在のことだけではなかった。二十二年間、そういう存在がいたことは一度もない。実は、初恋すらまだだった。
わたしは、恋する気持ちがわからない。
男性と話していて「この人好きだな」と感じることはある。でも、言うなればそれは「ラブ」ではなくて「ライク」だ。
一緒にランチに行ったら楽しそう、とワクワクする気持ちなら理解できる。
でも、会いたくて泣きたくなるだとか、触れてみたい、キスしてみたい、それ以上のことをしてみたい、だとかいう気持ちは理解できない。
思春期になって、周りのみんなが当たり前に恋に落ちるのを、不思議な気持ちで見ていた。
身体は至って健康なはずなのに、わたしはどこがおかしいのだろう。
「店に、気になる男性なんかは現われないのか?」
パパは心配そうに訊いてくる。
さすがにこの年齢になって初恋もまだ、というのは、親にとって不安材料でしかないのだろう。
「そう言われても……」
眉間にシワを寄せながら、考える素振りをしてみせるけど、そもそも「気になる」という感覚がイマイチわからない。
「商品部の福永くんなんてどうだ。男前だし、出世株だぞ」
「福永さん?」
ここでパパから男性を薦められることも予想外だったけど、その名前もまた予想外だった。予想外も予想外。思わず目をしばたたいてしまう。
「ちょっとパパ、突拍子もないこと言ってないで」
姉が焦ったように言葉を割り込ませた。
「そんなことより、ママの心配してあげて」
見ると、ママがテーブルに突っ伏していた。
ぎょっとしてみんなが一斉に耳を傾ける。
健やかな寝息が聞こえてきた。
どうやら、嬉しい気分で酔っ払って、嬉しい気分のままに寝落ちてしまったらしい。どうりで静かだと思った。
残された三人はお互いの顔を見合わせて、やれやれ、と苦笑いを浮かべた。
ウニクリームのパスタを食らう姉を見つめて、パパがしみじみと言った。
細められた目が涙ぐんでいる。すでにチャペルに立っている気持ちなのかもしれない。
さすがにそれは早いのでは、と呆れる。
姉の結婚式は、六月に挙げる予定だ。
ジューンブライドを希望するカップルは多いと聞くけど、式場の予約は意外とたやすかった。みんなが取りにくいと推測して敬遠するせいで、逆に空いてしまっているのだ、と式場のスタッフは苦笑いしていたらしい。
何にせよ、姉たちにとってはラッキーだった。
「すぐだなぁ。寂しくなるなぁ」
「何を言ってるんだか。結婚して家を出たって、職場で嫌でも顔を合わせるし」
「嫌でもって」
パパは別の思いで泣き出しそうだ。不憫と思いつつ噴き出してしまう。
我が家もこのレストラン同様、家族ぐるみで会社を経営しているようなものなので、退職しない限り、会えなくなるということはない。姉は正しいわけだけど、あまりにも素っ気ない。
「わたしのことより、パパはプロジェクトのほうを心配したら? 挙式の翌月じゃない、新店がオープンするの。そっちも今が佳境でしょうよ」
「それはそうだけど、また別だ」
「別だけど、重要でしょ」
「家族のイベントのほうが重要に決まっている」
「子供ができて出産間近になったら、里帰りするつもりだってば」
面倒になったのだろう、姉は投げやりに言った。
その言葉に、沈んでいたパパの表情がパッと明るくなった。
「そうか。そうだな。産まれたあとも、頻繁に泊まりにくればいい。遣史くんと二人きりでは何かと大変だろうからな。うん、それがいい」
「パパ、すごく孫に甘いおじいちゃんになりそう」
未来の甥っ子だか姪っ子だかに、パパが目尻を垂らしながら、何でも買い与えまくる様子がリアルに想像できて、笑ってしまった。
「いいのだ。孫は存分に甘やかさなければならない、という法律がある」
「また始まったぁ」
うんざりとのけ反ると、隣で姉も同じように背中を反っていた。
それは、パパの口癖だ。悪癖と言ってもいい。
答えに窮したり、自分の思い通りに事を推し進めようとしたりする時に、勝手に都合のいい法律を作ってしまうのだ。物心ついた頃にはもう、何かのたびに口にするのを聞いていた。
「ははは。それに則って、パパは優愛の子供もめちゃくちゃに甘やかすぞ」
「わたしはまだまだ先のことだってば」
「そうやって言ってる子が、びっくりするくらい早くママになるのって、あるあるよね。わたしより早かったりして」
姉がニヤニヤと言ってきたので、わたしは口を尖らせた。
「あり得ません。彼氏だっていないのに」
彼氏がいないのは、今現在のことだけではなかった。二十二年間、そういう存在がいたことは一度もない。実は、初恋すらまだだった。
わたしは、恋する気持ちがわからない。
男性と話していて「この人好きだな」と感じることはある。でも、言うなればそれは「ラブ」ではなくて「ライク」だ。
一緒にランチに行ったら楽しそう、とワクワクする気持ちなら理解できる。
でも、会いたくて泣きたくなるだとか、触れてみたい、キスしてみたい、それ以上のことをしてみたい、だとかいう気持ちは理解できない。
思春期になって、周りのみんなが当たり前に恋に落ちるのを、不思議な気持ちで見ていた。
身体は至って健康なはずなのに、わたしはどこがおかしいのだろう。
「店に、気になる男性なんかは現われないのか?」
パパは心配そうに訊いてくる。
さすがにこの年齢になって初恋もまだ、というのは、親にとって不安材料でしかないのだろう。
「そう言われても……」
眉間にシワを寄せながら、考える素振りをしてみせるけど、そもそも「気になる」という感覚がイマイチわからない。
「商品部の福永くんなんてどうだ。男前だし、出世株だぞ」
「福永さん?」
ここでパパから男性を薦められることも予想外だったけど、その名前もまた予想外だった。予想外も予想外。思わず目をしばたたいてしまう。
「ちょっとパパ、突拍子もないこと言ってないで」
姉が焦ったように言葉を割り込ませた。
「そんなことより、ママの心配してあげて」
見ると、ママがテーブルに突っ伏していた。
ぎょっとしてみんなが一斉に耳を傾ける。
健やかな寝息が聞こえてきた。
どうやら、嬉しい気分で酔っ払って、嬉しい気分のままに寝落ちてしまったらしい。どうりで静かだと思った。
残された三人はお互いの顔を見合わせて、やれやれ、と苦笑いを浮かべた。
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