運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

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「どうした?」

 背中に温もりを感じて、福永さんの手が添えられたこと、自分がうずくまっていることに気がついた。
 耳の奥に、金属製の什器がコンクリートの地面に投げ出された時の、悲鳴にも似た甲高い音が響いていた。

 返事ができない。呼吸ができない。これは何? 苦しい。背中や胸元に脂汗が噴き出してくる。

「息が?」

 大きな手のひらが背中を撫でる。それはわかる。

「どうした、落ち着け。深呼吸しろ。息を吸うんだ」

 指先が冷えていく。意識が遠くなる。

「おい、しっかりしろ。自分のほうを見ろ。おい……俺を見るんだ!」

 腕を掴まれて、強引に福永さんのほうを向かされた。
 はっと焦点が合う。
 焦げ茶色の虹彩に映る自分の顔がわかるくらい、福永さんの顔が近い。福永さんは少しだけ焦ったように背を反らせた。

 ものすごく深いところへと沈んでいくかのような感覚だった。まるであの悪夢の再現だ。
 浮上できたことに安堵して、詰まっていた息を吐き出す。すると、一緒に息を止めていたわけでもないだろうに、福永さんのほうでもほうっと吐き出した。

 水滴が顔の皮膚を次々に伝っていた。そろそろと前髪に手をやると、びっしょりと濡れている。
 ビニールシートの屋根に雨水が溜まっていたらしい。めくり方が悪かったのか、たまたま限界に達したのか、一気に滝さながらに滑り落ちてきた。

「過呼吸か。持病でもあるのか?」
「……水」

 震える唇から出た声は、消え入りそうなほどか細い。

「なに?」
「水が、怖いんです」

 歯をガチガチ鳴らしながら白状すると、福永さんは一瞬大きく目を見開いて、心底驚いたように見えた。

「……なぜだ」
「たぶん、子供の頃に、溺れかけたからだと……でも、よくわかりません」

 よくわからないというのは、正直な気持ちだった。

 わたしは水が苦手だ。河川はもちろん、海や湖なども近づくだけで足がすくんでしまう。実のところ、プールやお風呂でさえ得意ではない。雨は平気なので、おそらくある程度の水量があるとだめなのだと思う。

 悪夢と同じで、溺れかけた恐怖からくるものだということは、疑いようがない。

 それでも、プールの授業を毎回見学するわけにいかないし、お風呂に入れないのは困る。そういう日常生活に支障が出るものについては、なんとか克服してきた。

 だけど、悪夢にうなされても、うっかり大きな水溜まりの上に転んでしまった時でも、呼吸ができなくなるほどひどい状態に陥ったことは、今まで一度もなかった。
 今日は体調が万全ではなくて、それが関係しているのかもしれない。でも、はっきりそうとも言い切れない。

「……そんなことが」

 福永さんはどこかぼんやりとしている。

「あ、すまない。気づかずに。何か拭くものを」
「すみません。あの、もう大丈夫です。ご迷惑おかけして、すみませんでした」

 また謝ってしまったけど、そんなことにかまっていられない。
 身体の震えが治まってきたので、什器を拾い上げ、逃げるように倉庫から出た。

 恥ずかしい。醜態を晒してしまった。
 わたしの子供の頃の事故やトラウマだって、福永さんにとってはどうでもいい話だ。反応に困ることを口走ってしまった。
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