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例のジャンクションは、それほど混み合っていなかった。
平日の夜ということと、上り線であることもその理由なのだろう。午後一ならまだしも、日も暮れた頃から都心方面へ向かおうとする人は少ない。それでも、福永さんが案じた理由はわかった。
「これは……頭がこんがらがりそうですね」
ただでさえ複数の分岐が絡み合っている。その上、右から左からと合流があった。案内標識にはあちらこちらに向いた、たくさんの矢印が表示されている。
これでは、初めて通る場合や、運転に不慣れなドライバーは目を回してしまう。
わたしたちが通る時間帯は出勤ラッシュに重なるはずで、そうなると、焦ってしまって冷静に周りを観察できなくなることも想像にたやすかった。
「自分も、最初のうちは何回か間違えた」
数ヶ月も通えばさすがに慣れたらしい。福永さんは標識を確認すらせずに、難なくジャンクションを越える。
「運転するのは、藤井さんだったな」
「あ、はい」
「どうしても不安なら、一旦降りるという手もある」
「降りる?」
「さっき通り過ぎた、一つ手前のインターで降りるんだ。そのまま直進すると、十分もかからず次のインターの乗り口が見えてくる。そこから乗れば、ジャンクションを越える形になる」
わたしは手を叩いた。
「なるほど。裏技ですね」
福永さんはなぜか、鼻の下に自分の指を添えた。息を堪えるようにしてから言う。
「……裏技か。そうだな。面倒ではあるが」
「でも、そのほうが安全です」
「そうだな。料金的にも、さほど変わらない」
「じゃあ、そっちにしよう」
「では、Uターンするとしよう。当日に乗り直すインターから降りてみるか」
「はい」
車内のデジタル時計を見る。福永さんが言った通り、本店を出てから一時間弱といったところ。行きよりも車の数が少ないから、帰りはさらに早いだろう。
あんなに緊張していたはずなのに、今はそうでもなかった。居心地も悪くない。森さんの隣に座っていた時のほうが、よほど気負っていた気がする。
それはきっと、福永さんが気を遣ってくれたから。変なことを言ったり強引にしたり、あれらはわたしの緊張をほぐそうと、わざとだったのだと思う。
福永さんは面倒見がいい。相馬さんが言っていたことを、今ならすんなり納得できる。福永さんは年の離れた妹さんがいるそうだから、きっとそのおかげで他人の世話をごく自然に焼けるのだ。
そう思うと、早く帰れることを残念に感じる自分がいるから、我ながら調子がいい。
いくらも走らず次のインターから降りる。
一般道を戻る形で少し走り、すぐに現われたインターから再び高速に乗るという、当日と真逆のパターンで帰路を進んだ。
福永さんは運転に集中しているのか、何も喋らない。
わたしも黙っていた。沈黙が辛いわけではなかったけど、時間がもったいない気はした。
そうだ。気になっていた疑問を解消するなら、今だ。
「あの……」
「何か、気になることがあるか?」
福永さんは平坦な声で言った。
心を読まれたわけではないだろうけど、タイミングの良い問いかけに、どきりと心臓が波打つ。
もっと重要度の高い質問は他にあるというのに、とっさにわたしの口から出たセリフは「あの、父が」だった。
「父? 社長のことか」
「あ、はい。えっと、気になることというか」
「なんだ」
「……父が、変なことをお願いしたと思うんですが……あの、忘れていただけたら、と」
わたしが切り出したのは、お見合いの件だった。
これも他人に聞かれたくない話ではあるけど、わざわざ持ち出す必要はなかった気がする。
でも、あとにして思えば、出身地や持ち出した名簿のことなど、尋ねずに済んでよかったのだ。わたしたちが後輩を巻き込んで、勝手に社員名簿を盗み見たことがバレてしまう。もちろん怒濤のごとく怒られるし、森さんにまで迷惑をかけてしまうに違いない。
とはいえ、恥ずかしさで顔が熱を持つ。
「ああ。見合いの件か」
事もなげに福永さんは言った。
「気にすることはない。はなから本気にしていない」
「あ、あはは……そうですよね」
「すでに聞いているかと思うが、最初にきっぱり断っている」
「ああ……」
曖昧に笑った。
パパが言った交渉中というセリフから、福永さんが渋っていることは想像できていた。でも、にべもなく断ったとはなぜか思っていなかったので、なんとなく傷ついた。
傷つく意味がわからない。嫌いなわたしとの縁談なんて、速攻で拒絶したいに決まっている。福永さんはイメージ的に、社長相手にだって忖度するような人ではないのだし。
「それでもなかなかしぶといが、断り続けていれば、社長もそのうち諦めるだろう」
「すみません……」
「君も難儀だな。十も年上のおじさんを結婚相手の候補に挙げられるとは」
おじさん。その言い方はつまり、年齢が十個も離れていると、恋愛や結婚の対象にならない。福永さんは、そう考えているということだ。
わたしのこともうんと年下の、それこそ子供みたいなもので、だから、スカートがめくれていたって何てことない。
福永さんはお見合いのことで、ちっとも気分を害していない。
心配は杞憂だった。それでよかったはずなのに、胸が痛むのはどうしてなのか。
平日の夜ということと、上り線であることもその理由なのだろう。午後一ならまだしも、日も暮れた頃から都心方面へ向かおうとする人は少ない。それでも、福永さんが案じた理由はわかった。
「これは……頭がこんがらがりそうですね」
ただでさえ複数の分岐が絡み合っている。その上、右から左からと合流があった。案内標識にはあちらこちらに向いた、たくさんの矢印が表示されている。
これでは、初めて通る場合や、運転に不慣れなドライバーは目を回してしまう。
わたしたちが通る時間帯は出勤ラッシュに重なるはずで、そうなると、焦ってしまって冷静に周りを観察できなくなることも想像にたやすかった。
「自分も、最初のうちは何回か間違えた」
数ヶ月も通えばさすがに慣れたらしい。福永さんは標識を確認すらせずに、難なくジャンクションを越える。
「運転するのは、藤井さんだったな」
「あ、はい」
「どうしても不安なら、一旦降りるという手もある」
「降りる?」
「さっき通り過ぎた、一つ手前のインターで降りるんだ。そのまま直進すると、十分もかからず次のインターの乗り口が見えてくる。そこから乗れば、ジャンクションを越える形になる」
わたしは手を叩いた。
「なるほど。裏技ですね」
福永さんはなぜか、鼻の下に自分の指を添えた。息を堪えるようにしてから言う。
「……裏技か。そうだな。面倒ではあるが」
「でも、そのほうが安全です」
「そうだな。料金的にも、さほど変わらない」
「じゃあ、そっちにしよう」
「では、Uターンするとしよう。当日に乗り直すインターから降りてみるか」
「はい」
車内のデジタル時計を見る。福永さんが言った通り、本店を出てから一時間弱といったところ。行きよりも車の数が少ないから、帰りはさらに早いだろう。
あんなに緊張していたはずなのに、今はそうでもなかった。居心地も悪くない。森さんの隣に座っていた時のほうが、よほど気負っていた気がする。
それはきっと、福永さんが気を遣ってくれたから。変なことを言ったり強引にしたり、あれらはわたしの緊張をほぐそうと、わざとだったのだと思う。
福永さんは面倒見がいい。相馬さんが言っていたことを、今ならすんなり納得できる。福永さんは年の離れた妹さんがいるそうだから、きっとそのおかげで他人の世話をごく自然に焼けるのだ。
そう思うと、早く帰れることを残念に感じる自分がいるから、我ながら調子がいい。
いくらも走らず次のインターから降りる。
一般道を戻る形で少し走り、すぐに現われたインターから再び高速に乗るという、当日と真逆のパターンで帰路を進んだ。
福永さんは運転に集中しているのか、何も喋らない。
わたしも黙っていた。沈黙が辛いわけではなかったけど、時間がもったいない気はした。
そうだ。気になっていた疑問を解消するなら、今だ。
「あの……」
「何か、気になることがあるか?」
福永さんは平坦な声で言った。
心を読まれたわけではないだろうけど、タイミングの良い問いかけに、どきりと心臓が波打つ。
もっと重要度の高い質問は他にあるというのに、とっさにわたしの口から出たセリフは「あの、父が」だった。
「父? 社長のことか」
「あ、はい。えっと、気になることというか」
「なんだ」
「……父が、変なことをお願いしたと思うんですが……あの、忘れていただけたら、と」
わたしが切り出したのは、お見合いの件だった。
これも他人に聞かれたくない話ではあるけど、わざわざ持ち出す必要はなかった気がする。
でも、あとにして思えば、出身地や持ち出した名簿のことなど、尋ねずに済んでよかったのだ。わたしたちが後輩を巻き込んで、勝手に社員名簿を盗み見たことがバレてしまう。もちろん怒濤のごとく怒られるし、森さんにまで迷惑をかけてしまうに違いない。
とはいえ、恥ずかしさで顔が熱を持つ。
「ああ。見合いの件か」
事もなげに福永さんは言った。
「気にすることはない。はなから本気にしていない」
「あ、あはは……そうですよね」
「すでに聞いているかと思うが、最初にきっぱり断っている」
「ああ……」
曖昧に笑った。
パパが言った交渉中というセリフから、福永さんが渋っていることは想像できていた。でも、にべもなく断ったとはなぜか思っていなかったので、なんとなく傷ついた。
傷つく意味がわからない。嫌いなわたしとの縁談なんて、速攻で拒絶したいに決まっている。福永さんはイメージ的に、社長相手にだって忖度するような人ではないのだし。
「それでもなかなかしぶといが、断り続けていれば、社長もそのうち諦めるだろう」
「すみません……」
「君も難儀だな。十も年上のおじさんを結婚相手の候補に挙げられるとは」
おじさん。その言い方はつまり、年齢が十個も離れていると、恋愛や結婚の対象にならない。福永さんは、そう考えているということだ。
わたしのこともうんと年下の、それこそ子供みたいなもので、だから、スカートがめくれていたって何てことない。
福永さんはお見合いのことで、ちっとも気分を害していない。
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