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「こんなに晴れてると、ショッピングモールじゃなくて、屋外のさ、なんて言うの? 開放的な場所に行きたくなるよねぇ。山とか」
フロントガラス越し、遠くに山の稜線が見えていた。
琴音はそれを眺めて、軽い思いつきで言ったのだろう。そのくらい、高速道路での運転に余裕が出てきたということだ。
発展途上といった具合の緑が、太陽光に照らされてまぶしく光っている。頂にさすがにもう雪は見えないけど、きっと気温はまだ低い。
「あー、でもわたし、買い物したいんだった。ワンピース欲しいんだよね。希美さんの披露宴まで、あと二ヶ月くらいだし。落ち着いたおしゃれなやつ。BEYOKではそういうのないもんねぇ」
ハンドルを握る琴音は、いつにも増して元気がいい。その明るさに、これまでだったらきっと救われた。
「優愛は何か買いたいものないの? せっかく下見に行くんだし、そのままとんぼ返りっていうのもね……て、優愛? どうしたの。大丈夫?」
でも、今日はだめだ。
少しでも気を抜くと、自分でもびっくりするくらい、勝手に涙が溢れ出す。景色はとたんに歪んだ。
昨夜、姉から聞いた話はわたしの心臓を貫いた。
ショック、悲しみ、後悔。それらは、どれも自分の胸を占める感情として合っていると思う反面、どれも当てはまらないようにも思えた。
「どうしたの? ねぇ」
琴音はうろたえつつ、こちらにちらちらと視線を寄越した。
インターから合流して三十分ほど。
慣れてきたとは言っても、初めての高速道路はまだ肩の力が抜けないに違いない。余計なことで集中力を欠かせてしまってはいけない。
「……ごめん。大丈夫」
「嘘でしょ。大丈夫なわけないじゃん」
琴音は正しかった。誰がどう見たって、今のわたしは大丈夫ではない。涙だけでもどうにかしようと、膝の上のバッグを開けてハンカチを探した。
「ねぇ、もしかして……福永さんが関係してる?」
昨日の、階段下で取り乱すわたしを忘れられずにいたのだろう。尋ねる口ぶりだけど、そうとしか思えないという心情が滲んでいた。
黙ったままでいるしかなかった。
「やっぱり、何かあったんだ」
どうして正直に言わなかったのと責めることなく、琴音は自分も悲しんでいるかのような声を出した。
「サービスエリア寄るよ」
「え……」
「わたしが落ち着きたいの。横で親友が泣いてるんだよ? 動揺するに決まってるし、このまま運転したら事故る」
琴音は笑った。
福永さんと寄ったサービスエリアとは別の施設。
わたしが車に残ると言ったからか、琴音は建物の中に入らず、外の自販機で飲み物を買った。両手にペットボトルを持って戻ってきた時、「ごめんね」と謝ると、少し怒ったような顔をした。
「悪くないのに謝るなー」
カフェラテのペットボトルを突き出しながらの言葉に、「ありがとう」と受け取りながら、ふっと気持ちが緩むのを感じた。また涙が音もなく流れ出す。
琴音は慌てた。
「ごめん。変な意味じゃ」
「ううん、違うのこれは……福永さんにも同じこと言われたから」
「え! ちょっと。あの鉄仮面、ひどい言い方してきたんじゃないでしょうね」
とたんに眉毛を逆八の字にする琴音に、わたしは指で涙を拭いながら笑った。笑えた。
「そういうんじゃないよ。二人とも優しいなぁって思って」
「わたしは優しさでできてるけど、あの鬼上司は違うと思うわ」
琴音は顎を突き上げるようにして言ってから、レモンの炭酸ドリンクのキャップをひねった。
「あの人の蓋を開けたら、山椒とかが詰まってるんだって。きっと」
わたしは苦笑したあとで、首を振る。
「福永さんは優しい。琴音だってちゃんと話したらわかるよ」
ペットボトルを開封する。甘いカフェラテを一口飲むと、話し出していた。
「それなのにわたし……ひどいことを」
先を言いかけて、声が詰まる。
「ひどいこと? 福永さんに?」
琴音の声は、まったく見当がつかないといった雰囲気。とはいえ、笑いながら謝って済むような軽い内容ではないことは、察したみたいだ。
鼻から息を吸って吐いて、気持ちを落ち着ける。それでも、やっぱり声は震えた。
「ひどいなんて……そんなレベルじゃない」
姉が話してくれたことを思い出す。一つ一つの事実が鋭い刃物になって、身体の内側から突き破るようだ。その痛みに、うめき声は出さないまでも、お腹を抱え込むようにして前屈みになった。
「優愛? ちょっと、本当に大丈夫?」
「わたしを……わたしの、ヒーローは」
「うん」
絞り出した小さな声に、琴音は急いで飲み物をドリンクホルダーに置いて、耳を近づけるようにした。
「福永さんだった」
「え?」
「溺れたわたしを助けてくれたのは……福永さんだったの」
「え、どういうこと?」
フロントガラス越し、遠くに山の稜線が見えていた。
琴音はそれを眺めて、軽い思いつきで言ったのだろう。そのくらい、高速道路での運転に余裕が出てきたということだ。
発展途上といった具合の緑が、太陽光に照らされてまぶしく光っている。頂にさすがにもう雪は見えないけど、きっと気温はまだ低い。
「あー、でもわたし、買い物したいんだった。ワンピース欲しいんだよね。希美さんの披露宴まで、あと二ヶ月くらいだし。落ち着いたおしゃれなやつ。BEYOKではそういうのないもんねぇ」
ハンドルを握る琴音は、いつにも増して元気がいい。その明るさに、これまでだったらきっと救われた。
「優愛は何か買いたいものないの? せっかく下見に行くんだし、そのままとんぼ返りっていうのもね……て、優愛? どうしたの。大丈夫?」
でも、今日はだめだ。
少しでも気を抜くと、自分でもびっくりするくらい、勝手に涙が溢れ出す。景色はとたんに歪んだ。
昨夜、姉から聞いた話はわたしの心臓を貫いた。
ショック、悲しみ、後悔。それらは、どれも自分の胸を占める感情として合っていると思う反面、どれも当てはまらないようにも思えた。
「どうしたの? ねぇ」
琴音はうろたえつつ、こちらにちらちらと視線を寄越した。
インターから合流して三十分ほど。
慣れてきたとは言っても、初めての高速道路はまだ肩の力が抜けないに違いない。余計なことで集中力を欠かせてしまってはいけない。
「……ごめん。大丈夫」
「嘘でしょ。大丈夫なわけないじゃん」
琴音は正しかった。誰がどう見たって、今のわたしは大丈夫ではない。涙だけでもどうにかしようと、膝の上のバッグを開けてハンカチを探した。
「ねぇ、もしかして……福永さんが関係してる?」
昨日の、階段下で取り乱すわたしを忘れられずにいたのだろう。尋ねる口ぶりだけど、そうとしか思えないという心情が滲んでいた。
黙ったままでいるしかなかった。
「やっぱり、何かあったんだ」
どうして正直に言わなかったのと責めることなく、琴音は自分も悲しんでいるかのような声を出した。
「サービスエリア寄るよ」
「え……」
「わたしが落ち着きたいの。横で親友が泣いてるんだよ? 動揺するに決まってるし、このまま運転したら事故る」
琴音は笑った。
福永さんと寄ったサービスエリアとは別の施設。
わたしが車に残ると言ったからか、琴音は建物の中に入らず、外の自販機で飲み物を買った。両手にペットボトルを持って戻ってきた時、「ごめんね」と謝ると、少し怒ったような顔をした。
「悪くないのに謝るなー」
カフェラテのペットボトルを突き出しながらの言葉に、「ありがとう」と受け取りながら、ふっと気持ちが緩むのを感じた。また涙が音もなく流れ出す。
琴音は慌てた。
「ごめん。変な意味じゃ」
「ううん、違うのこれは……福永さんにも同じこと言われたから」
「え! ちょっと。あの鉄仮面、ひどい言い方してきたんじゃないでしょうね」
とたんに眉毛を逆八の字にする琴音に、わたしは指で涙を拭いながら笑った。笑えた。
「そういうんじゃないよ。二人とも優しいなぁって思って」
「わたしは優しさでできてるけど、あの鬼上司は違うと思うわ」
琴音は顎を突き上げるようにして言ってから、レモンの炭酸ドリンクのキャップをひねった。
「あの人の蓋を開けたら、山椒とかが詰まってるんだって。きっと」
わたしは苦笑したあとで、首を振る。
「福永さんは優しい。琴音だってちゃんと話したらわかるよ」
ペットボトルを開封する。甘いカフェラテを一口飲むと、話し出していた。
「それなのにわたし……ひどいことを」
先を言いかけて、声が詰まる。
「ひどいこと? 福永さんに?」
琴音の声は、まったく見当がつかないといった雰囲気。とはいえ、笑いながら謝って済むような軽い内容ではないことは、察したみたいだ。
鼻から息を吸って吐いて、気持ちを落ち着ける。それでも、やっぱり声は震えた。
「ひどいなんて……そんなレベルじゃない」
姉が話してくれたことを思い出す。一つ一つの事実が鋭い刃物になって、身体の内側から突き破るようだ。その痛みに、うめき声は出さないまでも、お腹を抱え込むようにして前屈みになった。
「優愛? ちょっと、本当に大丈夫?」
「わたしを……わたしの、ヒーローは」
「うん」
絞り出した小さな声に、琴音は急いで飲み物をドリンクホルダーに置いて、耳を近づけるようにした。
「福永さんだった」
「え?」
「溺れたわたしを助けてくれたのは……福永さんだったの」
「え、どういうこと?」
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