運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

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「わたし、本当はぜんぜん違う話を想像してたんだ」

 琴音がそう切り出したのは、高速道路をくだり始めて少ししてから。

 例のジャンクションは問題なく越えられた。
 単純なカラクリなのに、琴音が「裏技だ!」とわたしと同じ感想を叫んだことがおかしかった。

 高速道路上から、巨大なショッピングモールの建物を見送り、当日に降りる予定のインターも越えてしばらく走って、国内最大級と謳われるサービスエリアに立ち寄った。

 カジュアルなフレンチを食べて、施設内をぶらぶらしている間、ずっと二人で他愛ない話をした。間を空けず、琴音が次々と話題を持ち出してくれたおかげで、泣き出さずに済んだ。
 辛い話はすべて忘れたように笑った。でも実際は、ずっと頭の片隅にへばりついていた。剥がしたくてもなかなか剥がれない。琴音もそうだったのだと思う。

「違う話?」
「捜してた恩人が福永さんだったって話も、そりゃあ衝撃的だったんだけど」

 隣から、琴音はふざけた調子で言った。もちろん、わざとだってことはわかる。

「優愛は福永さんが好きだって、言ってくるのかと思ってた」
 
 琴音の横顔を見る。その顔はもうふざけていない。

「ショックだったんだろうなって思って」
「ショック……?」
「教育係と福永さん。優愛の態度が変になったの、あの二人が仲良さそうに話してるのを見たからだとしか思えないし」

 そう言ったあとで、苦笑いしてみせる。

「でも、蓋を開けてみれば、想像よりよっぽどきつい話で驚いた」
「……ごめん」
「謝らなくていいんだよ。本当のことを知った優愛はそれこそショックだっただろうし、話すのも勇気がいったと思う。だから、嬉しいよ。話してくれて」
「琴音はいつも、わたしの話に親身になってくれるの、わかってるから」

 事故のこと、トラウマのことを打ち明けた時も、辛かったねって労ってくれた。あとはほどほどに自分の思いを言ってきて、ほどほどに笑わせてくれた。変に励ましたり、同情しすぎたりもなかった。

「でも」

 琴音はまた真剣な顔をする。

「やっぱり訊いておきたい。あんな話のあとで、こういうことを訊くのも、どうかとは思うんだけど。優愛は本当に、福永さんに恋愛感情はないの?」

 強張った横顔には、強い意思が見て取れる一方で、迷いも浮かんでいた。

「……わからない」

 ごまかしたのではなかった。
 姉に訊かれた時と同じ。わからないから、わからないとしか答えられない。
 琴音は噴き出した。

「まったくないんだったら、ないって答えられるんだって。優愛は少なからず、福永さんに気持ちがあるんだよ」

 反論しかけて、結局は何も言えずに口をつぐんだ。
 琴音の言う通りだ。
 ない、と答えられないわたしは、自分の中に、ある、と答えられる材料をすでに見つけているのだと思う。それに確信が持てないだけだ。

「初めて誰かを好きになるって、みんなそんな感じなんじゃないかな。自分の気持ちに自信が持てないっていうか」

 琴音の口調は責めるようなものではなく、教師が生徒にゆったりと発言を促す、そんな優しさがあった。

「そもそも定義なんてないしね」
「定義……?」
「人の感情だもん。人の数だけ、恋する気持ちにもパターンがあるんだと思うよ。これがそうなんだって一概には言えない。でも、共通するものはある。例えば、好きな人とは少しでも長く一緒にいたい欲とか」

 運転中の琴音は、ほんの少しだけこちらに笑顔を向けて言った。

「優愛は福永さんとここまで来た時、帰りに、もっと一緒にいたいなって思わなかった?」

 その問いかけにも、すぐには答えられなかった。でもそれが、さっきとはまるで正反対の理由からだなんて、琴音にはバレバレだったみたいだ。もしかしたら、恋を経験したことのある女子なら、誰でも気づくものなのかもしれない。

 横目で視線を寄越した琴音は笑みを浮かべるけど、ちょっとだけ悲しそうだ。

「やっぱりー。それは完全に惚れてますよ、お嬢さん」

 おどけて言ったかと思うと、今度はあからさまに眉尻を下げて不憫そうにした。

「それなのに駐車場に置き去りにされるなんて」

 悲しい表情の意味がわかったわたしは、そのまま何も言えずにいた。

「だからだね。道案内を断れるはずもなかったし、事故のことも」
「え?」
「相手が福永さんだったから、余計に自分を責めてる。無理もないけど。自分のせいで好きな人を悲しませたのかと思ったら、わたしだって耐えられない」

 例えば、わたしのせいで家族を失ったのが、琴音だったとしたら。
 身が張り裂けそうに辛いことは変わらないだろうけど、自分の人生なんてあの日に終わればよかったとさえ思うほど、絶望的にはならなかったかもしれない。
 琴音はいつも正しい。

「優愛が、初恋もまだだって気にしていたこと知ってるし、誰かを好きになれたことは、わたしも嬉しい」

 フロントガラスに向き直る。行きと同じ景色に、オレンジのヴェールが降りていた。

「でも、福永さんはやめたほうがいい」
「……わかってる」

 少し間を置いてから、琴音は「うん」と頷いた。
 たぶん、わたしが本当は「わかっていない」ことを、琴音はわかっている。

「辛いね」

 どうしてあんな性格の悪い人をと嘆いたり、本当はわかっていないくせに、と重ねて念を押したりすることもなく、琴音はただぽつりと寂しげに言った。

 泣きそうになる。
 誰にも祝福どころか、賛成すらされない。当然相手にも受け止めてもらえない。わたしの初恋は、恋だと自覚した瞬間に打ち砕かれてしまったようなものだ。

「……罪悪感ではすぐに、いくらでも泣けるのに、自分のことだと泣けないもんだね」

 そう言うと、琴音は何てことないふうに答えた。

「それは、優愛が優しい、いい子だからだよ」
「優しくないし、いい子じゃないよ」
「自分を責めちゃだめだよ」
「難しいよ」
「わたしが代わりに責めとくから」
「何それ」

 さすがにそれには、小さく噴き出してしまった。
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