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「もしかしてだけどさ、希美さんにもやめたほうがいいって、言われた?」
わたしは頷く。
「……そういうのってわかるんだね。わたしだって気づいてなかったのに」
「本人より周りのほうがよく見えることって、けっこうあるよ。そっか。それで希美さんは、福永さんが恩人だってことを優愛に話したんだ」
諦めさせるために。声にしなくても、琴音の納得する思いは聞こえた。
「……わたしだけが、ずっと知らなかったってことなのかなぁ」
今さらだけど、知らないままでいたほうがよかった。
姉の言った通りだ。そのほうが、少なくともこんなすり減るような痛みを抱かずに済んだ。
「辛すぎる事実だもん。優愛がきちんと受け止められる日がくるまでは、自分たちの胸に秘めておこうと考えたのかも」
ふと頭によぎる、福永さんの言葉。
わたしの心がまだ、すべての真実を受け止める準備が整っていない。
あの時、福永さんはどんな思いでそのセリフを口にしたのだろう。
「ということはさ、優愛の家族はみんな、事故のあともずっと、福永さんと連絡を取り合ってたってことなのかな」
思いがけない可能性に、頭の奥が撃ち抜かれたみたいに感じられた。
「え……?」
目を見開いて琴音を見ると、少し慌てたように訊き返してくる。
「違うの? 今、優愛のお父さんの会社に福永さんがいるのって、そういうことじゃないの? 大学だって希美さんと一緒だったし」
「あ」
確かに偶然にしてはおかしい。今の今まで、そんなことに気づけないでいたなんて。
「たぶん優愛も同じこと考えてると思うけど、偶然とは思えないよ。そのあたりについては、希美さんは何も言ってなかったの?」
「助けてくれたのが福永さんで、そのせいで妹さんが……亡くなったってことだけ。わたしがあまりにショック受けてたから、それ以上はやめておこうと思ったのかも……」
「その可能性はあるね」
琴音は前を見ながら神妙に頷いたあとで、意を決したように言った。
「ねぇ優愛。わたしが前に言ったことじゃないけど、社長たちと福永さんとの間には、何か約束事みたいなものがあるのかもしれない」
「約束事?」
「だって、普通に考えたら、福永さんが優愛のそばにいるメリットなんてないよ。そう思って、みんなは優愛に内緒にしてたはずなんだから」
「うん」
「百歩譲って福永さんが、希美さんが同じ大学に通ってたことを知らなかったとして。就職先も、何も知らずに選んだんだとしてもよ。面接の時に気づくよ。わたしだったら、その場で入社を取り辞める」
「うん……確かに」
福永さんの妹さんを奪ったわたしと、その家族。自主的に一緒に働こうとする気持ちは、確かに理解しがたい。
「優愛が本当のことを知っても知らなくても、お互いに辛いだけなんだ。それでも福永さんが優愛の近くにいるのは、何か理由がある気がする」
わたしは頷く。
「……そういうのってわかるんだね。わたしだって気づいてなかったのに」
「本人より周りのほうがよく見えることって、けっこうあるよ。そっか。それで希美さんは、福永さんが恩人だってことを優愛に話したんだ」
諦めさせるために。声にしなくても、琴音の納得する思いは聞こえた。
「……わたしだけが、ずっと知らなかったってことなのかなぁ」
今さらだけど、知らないままでいたほうがよかった。
姉の言った通りだ。そのほうが、少なくともこんなすり減るような痛みを抱かずに済んだ。
「辛すぎる事実だもん。優愛がきちんと受け止められる日がくるまでは、自分たちの胸に秘めておこうと考えたのかも」
ふと頭によぎる、福永さんの言葉。
わたしの心がまだ、すべての真実を受け止める準備が整っていない。
あの時、福永さんはどんな思いでそのセリフを口にしたのだろう。
「ということはさ、優愛の家族はみんな、事故のあともずっと、福永さんと連絡を取り合ってたってことなのかな」
思いがけない可能性に、頭の奥が撃ち抜かれたみたいに感じられた。
「え……?」
目を見開いて琴音を見ると、少し慌てたように訊き返してくる。
「違うの? 今、優愛のお父さんの会社に福永さんがいるのって、そういうことじゃないの? 大学だって希美さんと一緒だったし」
「あ」
確かに偶然にしてはおかしい。今の今まで、そんなことに気づけないでいたなんて。
「たぶん優愛も同じこと考えてると思うけど、偶然とは思えないよ。そのあたりについては、希美さんは何も言ってなかったの?」
「助けてくれたのが福永さんで、そのせいで妹さんが……亡くなったってことだけ。わたしがあまりにショック受けてたから、それ以上はやめておこうと思ったのかも……」
「その可能性はあるね」
琴音は前を見ながら神妙に頷いたあとで、意を決したように言った。
「ねぇ優愛。わたしが前に言ったことじゃないけど、社長たちと福永さんとの間には、何か約束事みたいなものがあるのかもしれない」
「約束事?」
「だって、普通に考えたら、福永さんが優愛のそばにいるメリットなんてないよ。そう思って、みんなは優愛に内緒にしてたはずなんだから」
「うん」
「百歩譲って福永さんが、希美さんが同じ大学に通ってたことを知らなかったとして。就職先も、何も知らずに選んだんだとしてもよ。面接の時に気づくよ。わたしだったら、その場で入社を取り辞める」
「うん……確かに」
福永さんの妹さんを奪ったわたしと、その家族。自主的に一緒に働こうとする気持ちは、確かに理解しがたい。
「優愛が本当のことを知っても知らなくても、お互いに辛いだけなんだ。それでも福永さんが優愛の近くにいるのは、何か理由がある気がする」
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