39 / 60
【10】
1
しおりを挟む
真実を知ることは怖い。
でも、あの日からのすべてを知らなければ、わたしは福永さんに、お礼どころか、しっかりと謝ることさえできないのだ。それは困る。
わたしからのお礼なんて、福永さんはきっと欲しくないに違いない。恋心だって、それこそ冗談ではないはずとわかっている。だけど、妹さんのことは一言、どうしても謝りたい。
せっかく覚悟を決めたのに、そんな日の夜に限って両親は出張。姉も帰りが遅かったらしく、ベッドに入る前に話すことは叶わなかった。
今朝は寝過ごしてしまい、ダイニングはすでにもぬけの殻。また話を聞く機会を逃してしまった。
悪夢は見なかった。久しぶりにぐっすり寝入った。
精神的にも、身体的にも、自分が思っていた以上に疲れていたのだと思う。
「奈津さん。福永さん……て名前、聞いたことある?」
「福永さん、ですか?」
カウンターの隅に、木製のフレームがアンティークなカレンダーが置かれている。奈津さんのハンドメイドだ。カレンダーは差し込み式になっていて、新しい月へと交換したところで、奈津さんは顔を上げた。すぐに首をかしげる。
「聞いたことがあるような、ないような。お仕事関係の方でしょうか?」
「あー……まぁ。そんな感じ」
この家の中で、福永さんの名前を聞いたことはなかった。そもそも家族はみんな、従業員の話を自宅に持ち込まない。愚痴になるからだ。
つまり、もしも誰かがこの家のリビングやダイニングで、福永さんについて話すことがあったのなら。それは、わたしには聞かれたくない内容だった可能性が高い。そう思ったのだけど、甘かったみたいだ。
「うーん。やっぱり思い出せませんね」
奈津さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ひょっとしたら、どなたかが口になさっていたかもわかりませんが。お仕事の話については、あえて耳に入れないように意識していますもので」
「ううん、いいの」
マグカップを持っていないほうの手を、慌てて振った。
「何でもないの。変なこと訊いてごめんなさい」
反応から察するに、恩人の正体がすでに明るみになったことを、奈津さんはまだ知らないようだ。そもそも事故の真相を、奈津さんはどれだけ把握しているのだろう?
マグカップの中身を一気に喉に流し込む。カフェオレはすっかり冷めていた。
「さて、仕事行ってきます」
「今日は夜遅くなると雨が降るらしいので、気をつけてくださいね」
「はぁい」
でも、あの日からのすべてを知らなければ、わたしは福永さんに、お礼どころか、しっかりと謝ることさえできないのだ。それは困る。
わたしからのお礼なんて、福永さんはきっと欲しくないに違いない。恋心だって、それこそ冗談ではないはずとわかっている。だけど、妹さんのことは一言、どうしても謝りたい。
せっかく覚悟を決めたのに、そんな日の夜に限って両親は出張。姉も帰りが遅かったらしく、ベッドに入る前に話すことは叶わなかった。
今朝は寝過ごしてしまい、ダイニングはすでにもぬけの殻。また話を聞く機会を逃してしまった。
悪夢は見なかった。久しぶりにぐっすり寝入った。
精神的にも、身体的にも、自分が思っていた以上に疲れていたのだと思う。
「奈津さん。福永さん……て名前、聞いたことある?」
「福永さん、ですか?」
カウンターの隅に、木製のフレームがアンティークなカレンダーが置かれている。奈津さんのハンドメイドだ。カレンダーは差し込み式になっていて、新しい月へと交換したところで、奈津さんは顔を上げた。すぐに首をかしげる。
「聞いたことがあるような、ないような。お仕事関係の方でしょうか?」
「あー……まぁ。そんな感じ」
この家の中で、福永さんの名前を聞いたことはなかった。そもそも家族はみんな、従業員の話を自宅に持ち込まない。愚痴になるからだ。
つまり、もしも誰かがこの家のリビングやダイニングで、福永さんについて話すことがあったのなら。それは、わたしには聞かれたくない内容だった可能性が高い。そう思ったのだけど、甘かったみたいだ。
「うーん。やっぱり思い出せませんね」
奈津さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ひょっとしたら、どなたかが口になさっていたかもわかりませんが。お仕事の話については、あえて耳に入れないように意識していますもので」
「ううん、いいの」
マグカップを持っていないほうの手を、慌てて振った。
「何でもないの。変なこと訊いてごめんなさい」
反応から察するに、恩人の正体がすでに明るみになったことを、奈津さんはまだ知らないようだ。そもそも事故の真相を、奈津さんはどれだけ把握しているのだろう?
マグカップの中身を一気に喉に流し込む。カフェオレはすっかり冷めていた。
「さて、仕事行ってきます」
「今日は夜遅くなると雨が降るらしいので、気をつけてくださいね」
「はぁい」
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて
設楽理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。
◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。
ご了承ください。
斉藤准一 税理士事務所勤務35才
斎藤紀子 娘 7才
毒妻: 斉藤淳子 専業主婦 33才 金遣いが荒い
高橋砂央里 会社員 27才
山本隆行 オートバックス社員 25才
西野秀行 薬剤師 22才
岡田とま子 主婦 54才
深田睦子 見合い相手 22才
―――――――――――――――――――――――
❧イラストはAI生成画像自作
2025.3.3 再☑済み😇
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる