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「謝りたいことがあるんです」
奈津さんがそう言ってきたのは、わたしがだし巻き卵の最後の一切れを、口に放り込んだのと同時だった。
パパとママはあいかわらず仕事で遅く、姉は外出中。わたしは一人で夕飯の食卓についていた。今日は和食のメニューが並んでいる。奈津さんは料理が上手なので、何でもおいしい。
姉の行き先は十中八九、遣史くんのところだ。
結婚式が間近に迫っても、姉たちの準備が落ち着く気配はさらさらない。
わたしが出席したことのある結婚式は、従姉妹のくらいで、華やかな部分しか知らない。こんなにやらなきゃいけない事があるだなんて、自分の時には、式の前にげっそりしてしまいそうで不安だ。
口の中のものを急いで咀嚼して飲み込んでから、驚いて訊き返した。
「謝りたいこと? 奈津さんがわたしに?」
カウンターの向こう側で、食器を布巾で拭きながら、奈津さんは申し訳なさそうに弱々しい笑顔を浮かべる。
「嘘をつきました」
その告白にまた目を丸くする。
奈津さんに嘘をつかれた記憶なんてない。
最近のことだけでなく、物心ついた頃には我が家で働いていた奈津さんが、わたしや家族に嘘をついたことなど、一つも思い当たらなかった。
「いつ?」
「何日か前……福永さんというお名前の方に心当たりがないかと、尋ねられました」
「ああ……え、あれ、嘘だったの?」
あの時、奈津さんは「覚えていない」って答えたはずだ。いや、「思い出せない」だったかも。
「はい、嘘でした。ごめんなさい」
奈津さんは苦笑いを浮かべた。
よくよく考えたら、「思い出せない」って曖昧で便利な言葉だ。
偉い人が何か不祥事を起こした時にも、「記憶にございません」などと言うけど、あれは後々辻褄合わせに真実を小出しにする際、とても都合がいいからだ。「知らない」と言ってしまうと、あとで言い訳ができない。「記憶にない」、「思い出せない」なら、あとになって突っ込まれても、「思い出した」と言い逃れできる。
奈津さんがその効果を狙ったかどうかは別にして、意外でとにかく驚いた。
「じゃあ、奈津さんは福永さんを知ってたの? いつから? もしかして、この家に来たことある?」
嘘をついたことを責める気はなかった。
きっと家族同様、奈津さんもわたしが傷つかないように、気を遣ってのことだと思うから。
それよりも、いったいいつどこで奈津さんが福永さんを知ったのか、そっちのほうが気になる。
奈津さんは休みの日以外、朝から夕方五時までのほとんどをこの家の中で過ごす。
名前だけしか知らないなら、わたし以外の誰かの会話から聞いただけかもしれない。でも、もし福永さんに会ったことがあるなら、それはこの家の中で、が可能性としてはいちばん高い。
でも、と思う。
わたしとばったり遭遇する可能性も高いこの家に、福永さんがみすみす上がり込むだろうか? そもそも家族が招き入れるはずもない。
「実は、福永様は、この家にいらっしゃったことがあります」
「え! 本当に?」
「確か、五年前だったと思います」
「五年前?」
わたしは目をしばたたく。
五年前というと、わたしが十七歳、高校生の頃。福永さんは二十七歳。
奈津さんの話が本当なら、予想していたよりもずっと最近のことだ。
なんとなく、福永さんがこの家に訪れるとしたら、こちらに越してきた直後かと思っていた。これといった理由はないけど、就職が決まったあとで福永さんがこの家に来るのは、不自然な気がしたのだ。
でも、その当時、もちろんわたしは福永さんの存在を知らない。上司としても、恩人としても。
「それが、最初で最後でした。それ以前や以降に、あの方がこの家に訪れたことはありません」
奈津さんの口ぶりからは、自分の目でその姿や光景を見ていたことが窺えた。
「でも、わたし……覚えてない。わたしは会ってないってこと?」
わたしが学校に行っている間に来たのだろうか。
「そうですね。覚えていらっしゃらないはずです。直接的にはお会いしていませんから」
「直接的には……?」
どういうことだろう?
奈津さんがそう言ってきたのは、わたしがだし巻き卵の最後の一切れを、口に放り込んだのと同時だった。
パパとママはあいかわらず仕事で遅く、姉は外出中。わたしは一人で夕飯の食卓についていた。今日は和食のメニューが並んでいる。奈津さんは料理が上手なので、何でもおいしい。
姉の行き先は十中八九、遣史くんのところだ。
結婚式が間近に迫っても、姉たちの準備が落ち着く気配はさらさらない。
わたしが出席したことのある結婚式は、従姉妹のくらいで、華やかな部分しか知らない。こんなにやらなきゃいけない事があるだなんて、自分の時には、式の前にげっそりしてしまいそうで不安だ。
口の中のものを急いで咀嚼して飲み込んでから、驚いて訊き返した。
「謝りたいこと? 奈津さんがわたしに?」
カウンターの向こう側で、食器を布巾で拭きながら、奈津さんは申し訳なさそうに弱々しい笑顔を浮かべる。
「嘘をつきました」
その告白にまた目を丸くする。
奈津さんに嘘をつかれた記憶なんてない。
最近のことだけでなく、物心ついた頃には我が家で働いていた奈津さんが、わたしや家族に嘘をついたことなど、一つも思い当たらなかった。
「いつ?」
「何日か前……福永さんというお名前の方に心当たりがないかと、尋ねられました」
「ああ……え、あれ、嘘だったの?」
あの時、奈津さんは「覚えていない」って答えたはずだ。いや、「思い出せない」だったかも。
「はい、嘘でした。ごめんなさい」
奈津さんは苦笑いを浮かべた。
よくよく考えたら、「思い出せない」って曖昧で便利な言葉だ。
偉い人が何か不祥事を起こした時にも、「記憶にございません」などと言うけど、あれは後々辻褄合わせに真実を小出しにする際、とても都合がいいからだ。「知らない」と言ってしまうと、あとで言い訳ができない。「記憶にない」、「思い出せない」なら、あとになって突っ込まれても、「思い出した」と言い逃れできる。
奈津さんがその効果を狙ったかどうかは別にして、意外でとにかく驚いた。
「じゃあ、奈津さんは福永さんを知ってたの? いつから? もしかして、この家に来たことある?」
嘘をついたことを責める気はなかった。
きっと家族同様、奈津さんもわたしが傷つかないように、気を遣ってのことだと思うから。
それよりも、いったいいつどこで奈津さんが福永さんを知ったのか、そっちのほうが気になる。
奈津さんは休みの日以外、朝から夕方五時までのほとんどをこの家の中で過ごす。
名前だけしか知らないなら、わたし以外の誰かの会話から聞いただけかもしれない。でも、もし福永さんに会ったことがあるなら、それはこの家の中で、が可能性としてはいちばん高い。
でも、と思う。
わたしとばったり遭遇する可能性も高いこの家に、福永さんがみすみす上がり込むだろうか? そもそも家族が招き入れるはずもない。
「実は、福永様は、この家にいらっしゃったことがあります」
「え! 本当に?」
「確か、五年前だったと思います」
「五年前?」
わたしは目をしばたたく。
五年前というと、わたしが十七歳、高校生の頃。福永さんは二十七歳。
奈津さんの話が本当なら、予想していたよりもずっと最近のことだ。
なんとなく、福永さんがこの家に訪れるとしたら、こちらに越してきた直後かと思っていた。これといった理由はないけど、就職が決まったあとで福永さんがこの家に来るのは、不自然な気がしたのだ。
でも、その当時、もちろんわたしは福永さんの存在を知らない。上司としても、恩人としても。
「それが、最初で最後でした。それ以前や以降に、あの方がこの家に訪れたことはありません」
奈津さんの口ぶりからは、自分の目でその姿や光景を見ていたことが窺えた。
「でも、わたし……覚えてない。わたしは会ってないってこと?」
わたしが学校に行っている間に来たのだろうか。
「そうですね。覚えていらっしゃらないはずです。直接的にはお会いしていませんから」
「直接的には……?」
どういうことだろう?
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