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「何してる?」
そのメッセージに、わたしはすぐに反応しなかった。わざとだ。
スマートフォンの画面に表示された新着メッセージを見て、あ、と驚き、驚いてしまった悔しさから、即座にアプリを開くことがためらわれたのだ。
去年も暑かったけれど、今年の暑さは災害級だ。エアコンをガンガンに稼働させても、ひっきりなしに喉が渇く。炭酸水のペットボトルのキャップをひねることを理由に、わたしは一旦キーボードから指を離した。ランチタイムの手前。
彼との最後のやり取りから、丸一年が過ぎていた。
こんなに間が空くことは初めてだった。その間、ずっとその身を案じていたわけではないけれど、もしかしたら、もう連絡がこないのではないか、とは思った。
「元気?」
うだうだと迷っているうちに、連投で届いた。わたしは目を疑う。受信したメッセージに、絵文字が見えたから。すぐにスマートフォンを手に取る。
彼からの言葉のお尻には、なんと笑顔の絵文字が付けられていた。これには反応せずにいられない。
「どうしたの?」
「元気かなぁって思って!」
わたしはもう一度面食らう。
「なんか、キャラ違くない?」
「あはは! 暑さで頭やられちゃった!」
わたしは一瞬ぼうっと部屋の壁を見てから、そのあと文字を打った。
「確かに暑いね」
「暑いよねー! 大丈夫? 体調崩してない?」
「どうしよう」
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「違和感ありまくりで、気持ち悪くてしかたないのだけど」
「あ、オレ? あははは! 暑さで頭が!」
乗っ取り、という言葉が頭の中に浮かんだ。SNSの個人アカウントが他人に乗っ取られたニュースを、耳にしたばかりだ。それを疑った。
このメッセージを送ってきているのは、彼ではなくて、まったく別の人間かもしれない。あり得る。
でも、だから? とも思った。元々親密なやり取りはしていない。ある意味親密かもしれないが、個人情報に関わる話をしたことはないはずだ。
マッチングサイトだって、登録している人間が本当に本人なのかなんて、確かめようがない。プロフィールだけ書き込んで、あとはぜんぜん違う人がメッセージを送ってきているのかもしれない。そもそも、プロフィール自体がデタラメの可能性だってあると思うのだ。いわゆるサクラだ。
そう考えたら、トークアプリの向こうにいるのが実際に彼ではなかろうと、生活に直接関係してくるわけではないのだから、別にどうってことない。
「仕事、今も続けてる? 忙しいの?」
上目遣いをした犬のスタンプと共に、彼からのメッセージが送られてきた。
「続けてる。それほどでもないかな。そっちは? 今日は休み?」
むしろ、以前までの彼より反応が良い分、話しやすいなと思った。
そして、久しぶりに彼と言葉を交わしたことで、しみじみわかったことがある。わたしの中に、やはり彼に対して恋愛感情はない。彼から久々に届いたメッセージに覚えた動揺は、喜びに似ていて、でも、それは言ってみれば、ずっと会っていなかった幼馴染みの生存を確認できた安堵に近かった。
「オレも仕事だよ! でも、あと五分だけ」
「あと五分?」
「あと五分だけ、話そうよ!」
「あと五分」
家を出るまでに許される時間、ということだろうか?
「お願い」
「あ、ごめん。クライアントからメール。急ぎっぽいからまた今度」
届いたメールの件名からすると、記事の修正依頼だ。この頃承る仕事は季節に関した案件ばかりで、そうなると記事はもはや生ものと言っていい。出来る限り早く修正しなければならず、わたしはやり取りを打ち切ろうとした。
「わかった! またね!」
それは、普通の友達同士だったら、何の変哲もない挨拶。
だけど、なにしろわたしたちは、友達とも呼べない、奇妙な関係。トカゲの尻尾切りのようにブツッと会話が途切れて、そのまましばらく連絡を取り合わないなんてことが当たり前だったので、思えば初めて投げかけられたものだった。
新鮮すぎて、わたしは返事ができなかった。
そのメッセージに、わたしはすぐに反応しなかった。わざとだ。
スマートフォンの画面に表示された新着メッセージを見て、あ、と驚き、驚いてしまった悔しさから、即座にアプリを開くことがためらわれたのだ。
去年も暑かったけれど、今年の暑さは災害級だ。エアコンをガンガンに稼働させても、ひっきりなしに喉が渇く。炭酸水のペットボトルのキャップをひねることを理由に、わたしは一旦キーボードから指を離した。ランチタイムの手前。
彼との最後のやり取りから、丸一年が過ぎていた。
こんなに間が空くことは初めてだった。その間、ずっとその身を案じていたわけではないけれど、もしかしたら、もう連絡がこないのではないか、とは思った。
「元気?」
うだうだと迷っているうちに、連投で届いた。わたしは目を疑う。受信したメッセージに、絵文字が見えたから。すぐにスマートフォンを手に取る。
彼からの言葉のお尻には、なんと笑顔の絵文字が付けられていた。これには反応せずにいられない。
「どうしたの?」
「元気かなぁって思って!」
わたしはもう一度面食らう。
「なんか、キャラ違くない?」
「あはは! 暑さで頭やられちゃった!」
わたしは一瞬ぼうっと部屋の壁を見てから、そのあと文字を打った。
「確かに暑いね」
「暑いよねー! 大丈夫? 体調崩してない?」
「どうしよう」
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「違和感ありまくりで、気持ち悪くてしかたないのだけど」
「あ、オレ? あははは! 暑さで頭が!」
乗っ取り、という言葉が頭の中に浮かんだ。SNSの個人アカウントが他人に乗っ取られたニュースを、耳にしたばかりだ。それを疑った。
このメッセージを送ってきているのは、彼ではなくて、まったく別の人間かもしれない。あり得る。
でも、だから? とも思った。元々親密なやり取りはしていない。ある意味親密かもしれないが、個人情報に関わる話をしたことはないはずだ。
マッチングサイトだって、登録している人間が本当に本人なのかなんて、確かめようがない。プロフィールだけ書き込んで、あとはぜんぜん違う人がメッセージを送ってきているのかもしれない。そもそも、プロフィール自体がデタラメの可能性だってあると思うのだ。いわゆるサクラだ。
そう考えたら、トークアプリの向こうにいるのが実際に彼ではなかろうと、生活に直接関係してくるわけではないのだから、別にどうってことない。
「仕事、今も続けてる? 忙しいの?」
上目遣いをした犬のスタンプと共に、彼からのメッセージが送られてきた。
「続けてる。それほどでもないかな。そっちは? 今日は休み?」
むしろ、以前までの彼より反応が良い分、話しやすいなと思った。
そして、久しぶりに彼と言葉を交わしたことで、しみじみわかったことがある。わたしの中に、やはり彼に対して恋愛感情はない。彼から久々に届いたメッセージに覚えた動揺は、喜びに似ていて、でも、それは言ってみれば、ずっと会っていなかった幼馴染みの生存を確認できた安堵に近かった。
「オレも仕事だよ! でも、あと五分だけ」
「あと五分?」
「あと五分だけ、話そうよ!」
「あと五分」
家を出るまでに許される時間、ということだろうか?
「お願い」
「あ、ごめん。クライアントからメール。急ぎっぽいからまた今度」
届いたメールの件名からすると、記事の修正依頼だ。この頃承る仕事は季節に関した案件ばかりで、そうなると記事はもはや生ものと言っていい。出来る限り早く修正しなければならず、わたしはやり取りを打ち切ろうとした。
「わかった! またね!」
それは、普通の友達同士だったら、何の変哲もない挨拶。
だけど、なにしろわたしたちは、友達とも呼べない、奇妙な関係。トカゲの尻尾切りのようにブツッと会話が途切れて、そのまましばらく連絡を取り合わないなんてことが当たり前だったので、思えば初めて投げかけられたものだった。
新鮮すぎて、わたしは返事ができなかった。
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