上 下
3 / 56
【天界1】

2

しおりを挟む
 ここは、天界の「魂管理局」という施設内にある、「記録保管庫」という部署。人間界で一度、社会勉強のためにと公立図書館に訪れてみたことがあるが、広さはそれとだいたい同じだ。
 入ってすぐの場所に、横に長いカウンターがあり、対面に書籍がびっしりと詰まった本棚が整然と並んでいるところも、図書館と変わらない。ただ、ここでは書籍を貸し出さず、販売している。どちらかと言うと、書店に近い。

 人間は、死んだらどこへ行くのか?

 死ぬということは、肉体の機能がすべて停止すること。当たり前だが、その後のことなど何も感じないし、わからない。
 知ったところで意味がないというのに、人間は死んだあとのことを知りたがるという。死への恐怖を紛らわせるためなのかもしれないが、我々にとっては理解しがたいことだ。

 突発的な事故、事件、病気、老衰。
 人間に限らず命あるものは、いつか必ず寿命が尽きる。そうして人生をまっとうした人間一人一人の魂は、どこへ行くのか。

 答えは、こうだ。

 一冊の書籍となり、天界にある魂管理局の記録保管庫で管理される。

 ここに並ぶ書籍に記載されているのは、人間の生涯の詳細な記録。言わば、魂の記録書。我々は、魂の管理人なのである。

 そして、新刊とは、ファンが今か今かと待ちわびた、人気作家による叙情豊かに書きつづられた、時代に一石を投じる新しい作品のことではない。
 ここで管理されるべくやってくる、新しい魂。
 たった今生涯を終えた魂のことだ。
 我々スタッフは人間界に降りて、身体から離れた魂を回収する役割をも担っている。

 回収して管理すると言っても、亡くなる人間の数は、一日分だけでもとてつもない数だ。一箇所のみの保管庫とスタッフでは、とてもではないが管理しきれない。
 実は、こうした施設は、広い天界にいくつもある。ここは、その中の一つだ。

「だったら、なんだって言うんだよ」

 同僚の縦に細い瞳孔が、こちらを向いた。

「やはり子供ですか」
「そうだな」
「嫌な予感がします」
「はぁ?」
「ちなみに、死因は」

 その質問に、同僚は柔らかい被毛に包まれた黒い手をひらひらと振る。

「そんなもん、俺が知るわけねぇだろ。本部から送られてくるデータは、新刊の冊数と享年、それと回収場所だけだ。お前だって知ってるだろ。この仕事長いんだからよ」
「新刊の詳細な情報は、本部では把握しているはずですよね」
「してるんじゃねぇの。知らんけど」

 この言い合いは不毛だと判断したらしい。同僚は再びパソコンに向き直った。

「だとしたら、ただの怠慢ではないですか。情報はすべて開示するべきです」
「詳しいこと知らなくたって、回収はできるさ」
「そういうことを言っているのではありません。知っているのにわたくしたちには知らせてこないなんて、下層部だからと見くだしていると言いたいのです」
「別にいいじゃねぇか。その通りなんだから」
「よくありません。仕事というものは、連携が大事です。そのために必要なものは、相手への敬意。お互いに相手を敬う気持ちがあってこそ、信頼関係が生まれ、より良い仕事ができるのです。ひいては、クリーンでストレスの少ない職場環境が実現し」
「あぁもう、いいから行ってこいって」

 同僚は三角耳をマントの上からふさぐ。

「お前の話を聞いてると、頭が痛くなるよ」
「それは典型的なストレスの表れです」
「あぁ、そうだよ。お前こそが俺に精神的な圧をかけてんだよ!」

 突き刺すようにしてこちらに向けられた指の、先端からとがったかぎ爪が飛び出た。

「そうやってウダウダしてるのは、どうせあれだろ? またトラブルを引き当てるのが怖いだけだろうが」

 一瞬言いよどんでから、白状する。

「……否めません」
「変なところで後ろ向きだよな、お前はさ」

 ため息をついて、同僚は手を下ろした。呆れているようにも、同情してくれているようにも取れる。
しおりを挟む

処理中です...