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【人間界3】
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少女はまだそこにいた。
留守にする前と、どこも何も変わっていない。
複雑な気分だ。何一つ変化がない姿にほっと安堵する一方で、作業を進められる兆しがさっぱり見えないことは、やっぱり喜ばしくない。
「誰、そのおじさん?」
連れ立って浴室に入ってきた男を見て、少女は若干怯えたように眉をひそめた。
「すみません、ご自宅に勝手にお連れして。これには事情がありまして」
少女が自死の決行に今日、この時間を選んだことには、意味があるに違いない。
一般的な家庭であれば、平日のこの時間、家族は仕事やら学校やらで不在だ。見つかって失敗することを恐れたから、が大きな理由だとは思うが、本当のところはわからない。
それはそれとして、自分一人しかいない家の中に、見知らぬ男性が入ってくるのは、やはり気持ちのいいものではないはず。
そうかと思えば、驚いて指をさす。
「うわ! 足! 足、超ケガしてる! 大丈夫なの?」
「実は先程、この近所で交通事故が発生しまして」
「あ、そういえばすごい音が。さっき、救急車のサイレンも聞こえたよ」
「ええ、それです。彼は、その事故でお亡くなりになった方です」
「え。ピンピンしてるじゃん」
「ええ、ピンピンしていやがるのですよ。ですので、ケガのご心配にはおよびません」
「つまり」
「そうです。亡くなっているのに意識があり、会話ができる。あなたと同じ状態です」
少女は、入り口に立つ男をじっと見上げた。
二人の視線が交差する。
二人とも、理由は異なれど、転生を受け入れられないでいる。おそらくそれが、まさしく「死にきれない」状態の原因である可能性は高い。しかし、そう結論づけるには、まだ材料が少ない気がした。
「わたしと同じって、その人、立ってるよ?」
「しかも、歩けます。その点、あなたより上級者と言えるかもしれません」
ここまでくるとヤケクソである。
「なんで花なんか持ってるの?」
「それは……詳しいことは、わたくしにもわかりません」
背後に立つ男をチラッとうかがってみるが、説明してくれる気はなさそうだ。
「ふーん」
「それより、奇妙なイキモノが訪ねてきませんでしたか?」
辺りを用心深く見回しながら、問いかけた。
「ネコちゃん以上の?」
「ネコちゃん……」死神よりはマシ、と喜ぶべきなのだろうか。
「誰もきてないけど」
「そうですか」
一安心する。もっとも、アレが訪ねてきていたとしたら、彼女と再会することは叶わなかっただろう。
「……おい、待てよ、そいつ」
男がとがった声を出した。
「自分で、手首を……?」
後ろを振り返れば、頬を引きつらせている。
「ええ、そうです。彼女は自ら命を絶ちました。まぁ、この通りお喋りですが」
喋らなければ、少女はどこから見ても立派に死体であるわけで、初めて目の当たりにすれば、たいていの人間はおののく。とはいえ、そういう彼だって死体なのだけども。
意外にも彼は、少女よりナイーブなのかもしれない。
そう思ったのだが、どうやら、そういうことではないようだ。
「何を……やっているんだよ。バカか、お前は!」
留守にする前と、どこも何も変わっていない。
複雑な気分だ。何一つ変化がない姿にほっと安堵する一方で、作業を進められる兆しがさっぱり見えないことは、やっぱり喜ばしくない。
「誰、そのおじさん?」
連れ立って浴室に入ってきた男を見て、少女は若干怯えたように眉をひそめた。
「すみません、ご自宅に勝手にお連れして。これには事情がありまして」
少女が自死の決行に今日、この時間を選んだことには、意味があるに違いない。
一般的な家庭であれば、平日のこの時間、家族は仕事やら学校やらで不在だ。見つかって失敗することを恐れたから、が大きな理由だとは思うが、本当のところはわからない。
それはそれとして、自分一人しかいない家の中に、見知らぬ男性が入ってくるのは、やはり気持ちのいいものではないはず。
そうかと思えば、驚いて指をさす。
「うわ! 足! 足、超ケガしてる! 大丈夫なの?」
「実は先程、この近所で交通事故が発生しまして」
「あ、そういえばすごい音が。さっき、救急車のサイレンも聞こえたよ」
「ええ、それです。彼は、その事故でお亡くなりになった方です」
「え。ピンピンしてるじゃん」
「ええ、ピンピンしていやがるのですよ。ですので、ケガのご心配にはおよびません」
「つまり」
「そうです。亡くなっているのに意識があり、会話ができる。あなたと同じ状態です」
少女は、入り口に立つ男をじっと見上げた。
二人の視線が交差する。
二人とも、理由は異なれど、転生を受け入れられないでいる。おそらくそれが、まさしく「死にきれない」状態の原因である可能性は高い。しかし、そう結論づけるには、まだ材料が少ない気がした。
「わたしと同じって、その人、立ってるよ?」
「しかも、歩けます。その点、あなたより上級者と言えるかもしれません」
ここまでくるとヤケクソである。
「なんで花なんか持ってるの?」
「それは……詳しいことは、わたくしにもわかりません」
背後に立つ男をチラッとうかがってみるが、説明してくれる気はなさそうだ。
「ふーん」
「それより、奇妙なイキモノが訪ねてきませんでしたか?」
辺りを用心深く見回しながら、問いかけた。
「ネコちゃん以上の?」
「ネコちゃん……」死神よりはマシ、と喜ぶべきなのだろうか。
「誰もきてないけど」
「そうですか」
一安心する。もっとも、アレが訪ねてきていたとしたら、彼女と再会することは叶わなかっただろう。
「……おい、待てよ、そいつ」
男がとがった声を出した。
「自分で、手首を……?」
後ろを振り返れば、頬を引きつらせている。
「ええ、そうです。彼女は自ら命を絶ちました。まぁ、この通りお喋りですが」
喋らなければ、少女はどこから見ても立派に死体であるわけで、初めて目の当たりにすれば、たいていの人間はおののく。とはいえ、そういう彼だって死体なのだけども。
意外にも彼は、少女よりナイーブなのかもしれない。
そう思ったのだが、どうやら、そういうことではないようだ。
「何を……やっているんだよ。バカか、お前は!」
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