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【人間界4】
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「魂を、転生の輪廻から外す……?」
男はさらに顔を寄せてきた。
「おい、それって」
ヒソヒソ声は変わらないながらも、圧迫してくるような強さがそこに滲んでいる。
「もう二度と、生まれ変われないってことなのか?」
自分の身もそんな危険にさらされているのかと、そんな理不尽なことは冗談ではないと、そう憤っているのかもしれない。交通事故死である彼には、そんな心配はないが、それの説明はあと回しだ。
「恥ずかしながら、わたくしは以前、担当した魂を彼に奪われてしまいました」
「あぁ、それが、あいつが言っていた、負けたってやつか」
「彼に連れていかれたら、魂は永久に闇の中です」
「闇?」
「魂の消滅です」
「消滅って……生まれ変わって違う人間になるのとは、違うのか」
「生まれ変われば、そのつど肉体は手放すことになります。しかし、魂そのものは受け継がれます。彼女が人生の中で感じた苦しみ、喜び、大切なもの、得意なこと、それらは消えることなく、潜在レベルで、次々と新しい命へ受け継がれていくのです」
「死んでもバカは治らないってやつか」
「それとはまた、意味合いが異なりますが。つまり、転生してそれ以前の記憶はなくとも、彼女という人格が生き続けていくことに、変わりはないのです」
「魂が消えてなくなるってことは」
「人格そのものが、消えてなくなります」
それは、本当の意味での「死」。
「なんだって……?」
「ご安心ください」
その顔に焦りさえ表しはじめた男の肩を押し返す。膝に力をこめて立ち上がった。
「わたくしはもう絶対に、そんな悲しいことにはさせないと、強く誓ったのです」
同じ失敗を繰り返すものか。
魂を成長させたいと願うのは、何も人間だけのことではないのだ。この世に個人として生を受けた限り、我々だって、恥ずかしくない自分でいたい。
「ここはもう、元の世界ではありません。カロンが結界を張った、彼のテリトリー」
男はさっと辺りを見回した。
「なるほど」
「時間の概念がなく、他の人間に見つかる心配もありませんので、むしろ好都合です」
書籍をぎゅっと脇に挟んで、大股で近寄っていく。
カロンが振り向いた。ハサミの持ち手の輪っかから、大きな瞳がこちらを覗き見る。
「あなたの好きにはさせません。彼女から離れてください」
「なんだよ」
カロンは言葉とは裏腹に、それでこそ張り合いがある、とでも言いたげに歯を見せた。
「座って見ていたらいいじゃねぇか。どうせ今回も、お前はオレに敵わない」
「あの時のわたくしとは、心がまえが違うのです」
「へえ、そりゃあ驚いた」
そう大袈裟に目をむいてみせるカロンはもちろん、少しも驚いてなどいない。
「もう、放っておいてよ」
自棄になった声を上げたのは、その後ろの少女だ。
「ネコちゃんでは、わたしを救えないでしょ?」
「彼の口車に乗ってはいけません。彼が、本当にあなたに親身になっているとでも?」
すると、少女は探るような目つきで、カロンを見上げた。
こちらの言葉を突っぱねてみせても、彼を全面的に信用したわけではないのだ。
逆転できるチャンスは、まだある。
カロンは眉尻を下げて、わざとらしく情け深い顔をつくると、少女に向き合った。
「まったく説教くさいねえ。俺はあんなふうに、冷たいことは言わないぜ。お嬢ちゃんを、一人の人間として尊重しているからな」
「尊重……?」
「ああ。だってそうだろう? この醜い世の中に、自分一人で見切りをつけられるお嬢ちゃんは、たいしたものだ。もう立派に大人じゃないか」
「うん……」
「嘘つきが!」
男がのしのしと床を踏みしめながらやってきて、隣に並んだ。カロンを指さしている。
「死を選ぶのはただの身勝手だ。そんな自己中なガキを尊重? そんなわけないだろうが。おいクソガキ、騙されているんじゃねぇよ。だから、お前はガキだって言うんだ」
「ガキガキ、うるさい!」
少女は瞬間的に目を吊り上げる。勢いのまま立ち上がろうとするけれど、依然としてその腰が持ち上がることはない。
「そんなこと言ったって、ガキなんだから、しかたないだろうが」
悪態をつき続ける男の、スラックスのベルト付近を軽く叩く。
「申し訳ありませんが、少し黙っていてもらえますか」
「あぁ? 黙っていられるかよ。さっさとこのザリガニもどきを、追い出すなり何なりしないと。俺だって暇じゃないんだぞ」
「それを言うなら、わたくしだってそうです。お願いだから、黙っていてください。あなたが口を出すと、まとまるものもまとまらないんですよ」
男はとたんに悲しげな顔になった。
「うちの課長と同じこと言うなよ」
男はさらに顔を寄せてきた。
「おい、それって」
ヒソヒソ声は変わらないながらも、圧迫してくるような強さがそこに滲んでいる。
「もう二度と、生まれ変われないってことなのか?」
自分の身もそんな危険にさらされているのかと、そんな理不尽なことは冗談ではないと、そう憤っているのかもしれない。交通事故死である彼には、そんな心配はないが、それの説明はあと回しだ。
「恥ずかしながら、わたくしは以前、担当した魂を彼に奪われてしまいました」
「あぁ、それが、あいつが言っていた、負けたってやつか」
「彼に連れていかれたら、魂は永久に闇の中です」
「闇?」
「魂の消滅です」
「消滅って……生まれ変わって違う人間になるのとは、違うのか」
「生まれ変われば、そのつど肉体は手放すことになります。しかし、魂そのものは受け継がれます。彼女が人生の中で感じた苦しみ、喜び、大切なもの、得意なこと、それらは消えることなく、潜在レベルで、次々と新しい命へ受け継がれていくのです」
「死んでもバカは治らないってやつか」
「それとはまた、意味合いが異なりますが。つまり、転生してそれ以前の記憶はなくとも、彼女という人格が生き続けていくことに、変わりはないのです」
「魂が消えてなくなるってことは」
「人格そのものが、消えてなくなります」
それは、本当の意味での「死」。
「なんだって……?」
「ご安心ください」
その顔に焦りさえ表しはじめた男の肩を押し返す。膝に力をこめて立ち上がった。
「わたくしはもう絶対に、そんな悲しいことにはさせないと、強く誓ったのです」
同じ失敗を繰り返すものか。
魂を成長させたいと願うのは、何も人間だけのことではないのだ。この世に個人として生を受けた限り、我々だって、恥ずかしくない自分でいたい。
「ここはもう、元の世界ではありません。カロンが結界を張った、彼のテリトリー」
男はさっと辺りを見回した。
「なるほど」
「時間の概念がなく、他の人間に見つかる心配もありませんので、むしろ好都合です」
書籍をぎゅっと脇に挟んで、大股で近寄っていく。
カロンが振り向いた。ハサミの持ち手の輪っかから、大きな瞳がこちらを覗き見る。
「あなたの好きにはさせません。彼女から離れてください」
「なんだよ」
カロンは言葉とは裏腹に、それでこそ張り合いがある、とでも言いたげに歯を見せた。
「座って見ていたらいいじゃねぇか。どうせ今回も、お前はオレに敵わない」
「あの時のわたくしとは、心がまえが違うのです」
「へえ、そりゃあ驚いた」
そう大袈裟に目をむいてみせるカロンはもちろん、少しも驚いてなどいない。
「もう、放っておいてよ」
自棄になった声を上げたのは、その後ろの少女だ。
「ネコちゃんでは、わたしを救えないでしょ?」
「彼の口車に乗ってはいけません。彼が、本当にあなたに親身になっているとでも?」
すると、少女は探るような目つきで、カロンを見上げた。
こちらの言葉を突っぱねてみせても、彼を全面的に信用したわけではないのだ。
逆転できるチャンスは、まだある。
カロンは眉尻を下げて、わざとらしく情け深い顔をつくると、少女に向き合った。
「まったく説教くさいねえ。俺はあんなふうに、冷たいことは言わないぜ。お嬢ちゃんを、一人の人間として尊重しているからな」
「尊重……?」
「ああ。だってそうだろう? この醜い世の中に、自分一人で見切りをつけられるお嬢ちゃんは、たいしたものだ。もう立派に大人じゃないか」
「うん……」
「嘘つきが!」
男がのしのしと床を踏みしめながらやってきて、隣に並んだ。カロンを指さしている。
「死を選ぶのはただの身勝手だ。そんな自己中なガキを尊重? そんなわけないだろうが。おいクソガキ、騙されているんじゃねぇよ。だから、お前はガキだって言うんだ」
「ガキガキ、うるさい!」
少女は瞬間的に目を吊り上げる。勢いのまま立ち上がろうとするけれど、依然としてその腰が持ち上がることはない。
「そんなこと言ったって、ガキなんだから、しかたないだろうが」
悪態をつき続ける男の、スラックスのベルト付近を軽く叩く。
「申し訳ありませんが、少し黙っていてもらえますか」
「あぁ? 黙っていられるかよ。さっさとこのザリガニもどきを、追い出すなり何なりしないと。俺だって暇じゃないんだぞ」
「それを言うなら、わたくしだってそうです。お願いだから、黙っていてください。あなたが口を出すと、まとまるものもまとまらないんですよ」
男はとたんに悲しげな顔になった。
「うちの課長と同じこと言うなよ」
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