【 企業舎弟の遥かな野望 】

千葉七星

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【企業舎弟の遥かな野望】-1(橙子)

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(第一話)【橙子】

橙子はカーテンを開け、よく冷えた缶ビールを一気に呷った。

深夜の大都会に、ハイウェイを走る車のテールランプがオレンジ色の帯の残像を残している。
 暦の上では夏は既に終わったことを告げているのに、未だにエアコン無しでは寝苦しい夜が続いていた。

薄紫色のキャミに包まれた橙子の肢体はダウンライトの淡い光で一層妖艶さを増していて、もしそこに居てその誘いに抗らえるような男は居ないに違いない。程よい大きさの乳房がキャミの胸元を膨らませ、その下の黒い下着が艶かしく誘っている。

 ところが、実際にその両の肩から二の腕にかけて舌を這わせ、鋼のような身体に触れたなら、その女が”ただ者”でないことに気づき、男は萎え危険なスコーピオンの蠢きに夜な夜な食い尽くされてしまうのではないかと逃げていくのであった。
 橙子の女芯はここ数年、男を受け入れていない。

 鷺森橙子ーーー警察庁内【組織犯罪対策部】所属の特命捜査官。年齢33歳、独身ーーー。

            ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 橙子はアルミ缶を細く長い指ででワシ掴みにし、ぐしゃりと潰しゴミ箱へ放り込んで踵を返した。
デスクの灯りを点けMacを立ち上げ、昼間に来た木戸からのメールを再度読み返す。木戸一郎は橙子の直属の上司である。
 木戸一郎ーーー「警察庁 組織犯罪対策本部 特命捜査課、課長」。その長ったらしい”肩書き”通り、日本の巨大警察組織の堅固な縦社会の中で生きるキャリア官僚である。

この男、「警視庁捜査一課長」という日本の刑事なら羨望のポジションを経て「特命課」に”昇進”を果たし、尚も強い出世欲でギラギラした野心を細い金縁のメガネの奥に隠し、こっそり爪を研いでいるような狡猾な男であった。
 橙子はこの男が上司でなければ、その股間を蹴り上げ七三に髪を分けた頭をピンヒールで踏みつけたい衝動に何度も駆られては、拳を強く握り自制するのであった。

(こいつが、警察のトップに立つようなことがあれば日本も終わりだ)

 そう思う反面、昇進でも何でもいいから、今いる組織から消えて欲しかった。

 メールの内容は、ただの一行であった。

ーーー FDCの小野田を潰せ。場合によっては潜入捜査も、銃の携行も認める。 逐次報告せよ。

 ふっ、と軽い息を吐き、もう一本缶ビールのプルタブを引いた。

 小野田健斗ーーーこの十年近くで自らの経営するIT系企業【FDC.COM】を、東証一部上場目前まで大きくした男。

 本社機能を名古屋に置いて居るのは、所謂”IT系企業”が、東京の六本木や品川にオフィスを構えたがるのとは一線を画しているというより他に何か理由があるかのようだった。FDCの業務内容の中心は、FX証券業務、携帯ゲーム開発販売、各種企業会計ソフト開発等、、、となっているが、他にも不動産投資や水資源開発などにも手を出し、その実態は巨大商社にも似た”何でも売る”というスタンスである。

 ただ、ここ数年の業績急拡大の裏には、何かと血なまぐさい噂が絶えず、名古屋に本拠を構える指定暴力団のフロント企業ではないかとまで噂されている。ただ今回、「特命課」が出張ってまで”潰せ”という指令が出たのは、この企業が政府機関や警察組織の機密文書を保管するサーバーに攻撃ハッカーを仕掛けたという”公安”からの情報が舞い込んで来たらしいのである。

ーーーにハッカー仕掛けて、何をするつもりなの?この男、、、

 橙子は残りのビールを呷って、煙草に火を点けた。

ーーー兎に角、名古屋に行くしかないわね、、、潜ってみるか。

 日本の警察捜査においては潜入捜査や囮捜査は判例上禁止されているが「特命課」では暗黙にされている。いや、もしそれが世間に知られることになっても、橙子達末端の捜査官の”暴走”として処理されるということなのである。
 橙子のように、普段は庁舎に出てこなくてもよく、指令だけを待って特別に捜査活動している捜査官は他にも十名近くいた。それらの身分は、警察庁に所属はしているが、その存在は詳らかにはされていない。木戸に潜入捜査を実行することを告げると、柿山という伍十過ぎた捜査官をペアに選んで来た。相棒と言えば聞こえがいいが、繋ぎ役兼、目付け役であることは、過去の潜入捜査で心得ていた。

(ふっ、もっと若いの寄越せよ、あの青瓢箪っ、、、)

 青瓢箪とは、木戸のことであろうか、脂ぎった顔には似つかわしくない命名である。

(ーーー京大卒のエリートか、、、どんな男だろう、、、小野田健斗)

 橙子は、小ぶりのスーツケースひとつ転がし、新幹線「品川駅」から名古屋に向かった。

                             (第一話 了)

 
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