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第2章 街に出てみよう

56話 朝の日常

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 ユニさんが神殿にレポートの提出に行った日の夕食後。

 僕がする『協力』について簡単な説明を済ませたら、ユニさんは寝室に帰っていってしまった。

 今日は本当にきつかったらしくて、早いけどこのまま寝るらしい。

 そうなると、ミゲルくんを始めとしたみんなは仕事中なので誰も相手してくれる人がいない。

 みんな呼び出したら喜んできてはくれるけど、なんやかんや寝る前のこの時間ってどこも忙しいからなぁ。

 ヴィンターさんはそれこそ談話室にいるけど、今日の後片付けでせわしなく動いていて声をかけるのも申し訳ない感じだ。

 アッキーは暇だろうけど、もう住処にしている裏庭の森に帰っちゃったからまた呼び出すのも忍びない。

 そういえば、アッキーって森でどんなふうに暮らしているんだろう?

 1回見にいってみたいな。

 ツヴァイくんは今日はドア番やっているけど、ドア番以外の子たちは訓練で体を使うせいか結構早寝だ。

 流石にまだ寝てはいないと思うけど、最近は空いている時間にこの国の言葉の練習をしているらしいから邪魔するのはこれまた申し訳ない。

 久しぶりにポッカリと時間が空いてしまった。

 仕方ないから寝室でヒマつぶしているかな。

 そう思って、腰を上げかけたところでドアがノックされ、ツヴァイくんが入ってくる。

「お館サマ、ミゲルが参りマシタがお入れしてモよろしいデスか?」

「ミゲルくん?
 いいよいいよ、いれてあげて」

 確かにこの後来る予定だったけど、やけに早いな。

 いつもならまだ待機任務として、なにか別の仕事を教わっているか、自室で命令を待ちながら勉強をしているはずだ。

 どうかしたんだろうか?

「ハルっ!」

 ツヴァイくんに招き入れられたミゲルくんが、ドアが閉まると同時に抱きついてくる。

 お、おおう?

 まだ勤務時間中なのにこんな事してくるなんて珍しいな。

 驚きながらも、ミゲルくんを抱きとめる。

「フィーアくんがハルが暇してるって教えてくれたから、ちょっと早くあがってきちゃった」

 なるほど、そういうことか。

 しかし、どこでその情報を手に入れたんだフィーアくん。

「そっか。
 最近はフィーアたちと仲いいみたいだね」

「うんっ!
 共通の話題が話せる友達だから話に花咲いちゃって」

 きょ、共通の話題が何かはあんまり考えないようにしよう。

 でも、『友達』か。

 僕の恋人たちが仲良くて嬉しい。

「それは良かったね。
 えっと、それじゃどうする?
 とりあえずお茶でも……」

 と思ってヴィンターさんに頼もうと思ったけど、姿が見えない。

「お茶よりさ……」

 抱きついたままのミゲルくんが体を擦り付けてくる。

 もうすでにエロい顔になっているミゲルくんをみて、ゴクリと生唾を飲んでしまう。

 そして、腕に抱きついてくるミゲルくんと一緒に寝室の中に入っていった。



 ――――――


 
 テーブルについた僕の隣にミゲルくんが座っている。

 その向かいには、お父さんとお母さん、夏樹にタマまでが椅子に座っていた。

 何故か腕を組んで座っているタマを見た時に、あ、これ夢だ、と悟った。

「で、お前はその子とお付き合いをしている、と」

 少し困ったような顔で言うお父さん。

 向こうじゃカミングアウトしてなかったからなぁ。

 もしミゲルくんを連れていけたらたしかにこんな顔しそう。

「あらあら、可愛らしい子じゃない」

 のほほんとした感じで言うお母さん。

 とにかく呑気な人だったからなぁ、お母さんもこんな事いいそう。

「兄ちゃんは僕の兄ちゃんなんだからなっ!
 ミゲルくんとは半分こだからなっ!」

 夏樹は……うーん、多分こんな事は言わないな。

 これはほぼ僕の願望だ。

 ちょっと人見知りなところのある子だから、実際に連れて行ったら隠れちゃって出てこないかもしれない。

「しかしなぁ」

 タマが喋ったっ!?

 腕を組んでいたタマがとても渋い声で喋りだした。

「しかし、お前はこの間恋人だって言ってユニさんを連れてきたばかりじゃないか」

「えっ!?」

 タマがそう言うと、テーブルの横に突然スポットライトが当たって、そこには泣き崩れているユニさんがいた。

「私とのことは遊びだったのですね……よよよ」

 涙を拭うようにハンカチを目元に当てているユニさんだったけど、口元は楽しそうに笑ってる。

 よよよ、とかなんか口調もおかしい。

「ねえっ!あの人は何っ!?」

 隣りに座ってるミゲルくんに腕を掴まれて揺さぶられる。

 ユサユサ。

「我のことは遊びだったのだな」

 なんかいつの間にか反対側にアッキーまでいる。

 ユサユサ。

「ワレ1人だって言っタじゃないデスかっ!」

 正面に立っているツヴァイくんが肩をつかんで揺すってくる。

 ユサユサ。

 なんかいつの間にやら僕の恋人たちが全員で僕の体を揺すってる。

 ユサユサ。

「起きてー」

 みんなして寝ている僕を揺すってる。

 ユサユサ……。



 ……ユサユサ。

「ハル、朝だよ、起きてー」

 目を開けると目の前にミゲルくんの顔があった。

「……みんな僕が幸せにします」

「?よくわかんないけど、ありがと」

 ミゲルくんにチューされて目が覚めてきた。

「起きた?
 そろそろ朝ごはんの時間だよ」

 目をパチクリしている僕を見たミゲルくんが顔を離す。

 久しぶりに家族の夢見たな。

 朝から日本のことを思い出してしまって、ちょっと気分が沈み込み……かけたところで、ベッドから出ようとしてるミゲルくんの裸身が目に入る。

 おう、えろてぃーっく。

 なんか体の至る所に昨日チューしたあとが残ってて……とてもエッチです。

 眼福眼福と思いながら、ミゲルくんの癖っ毛と同じきれいな金色をした尻尾を撫でる。

「ひゃっ!?
 もうっ!いたずらしないのっ!
 時間無いからだめですっ!」

 叱られてしまった。

 ミゲルくんの楽しそうな声が耳に心地良い。

 さーて、今日も1日がんばろー。



 ――――――



 朝、ミゲルくんと談話室に行くと、いつも通り朝食の用意をしてくれてるヴィンターさんの他に、ムーサくんにモレスくん、フィーアくんがテーブルについていた。

「「「おはようございます、主さま/お館サマ」」」

 寝室から出てくる僕たちを見た3人がいっせいに朝の挨拶をしてくれる。

 ヴィンターさんもきれいな一礼をしている。

「お館サマ、只今、ドライと本日の警護ノ任を交代いたしマシタ。
 マタ、先程、イヴァンよりユニはまだ寝てイルため本日ノ朝会は欠席サセテもらうとの話がありマシタ」

 さっきまでドア番をやってたツヴァイくんもドアから入ってきてきた。

「そうなんだ、ありがとう」

 メファートくんは今日は朝から仕事があると昨日のうちに連絡があった。

 ドラゴニュートの子たちは元々朝弱いので、大抵の場合、何故か朝に強いフィーアくんと前日にドア番をやっていた子だけが参加だ。

 その代わり、昼食を一緒に食べることが多い。

 アッキーは気が向いた時に来るって感じだから、基本的にはいないものとみんな思ってる。

 そもそもアッキー……と言うかエルフはあんまり食事を取らないみたいだ。

 なにかを食べるときでも野菜とかお菓子とか軽いものばかり食べている印象がある。

 そんなこんなで、別に強制ってわけじゃないけど、なんとなく朝は来られる人が集まってご飯を食べることになっていた。

 席についた僕の両隣に、フィーアくんとムーサくんが座る。

 モレスくんがなんか悔しそうにしているから、何かしらの勝負があったみたいだ。

 なお、ツヤツヤした顔のミゲルくんは初めから除外のようである。

 ヴィンターさんが用意してくれた朝食がみんなの前に並ぶ。

「それじゃ、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」

 今日もワチャワチャとにぎやかな朝食が始まる。

 うん、幸せだ。



 ――――――



 朝食が終わって、食休みの時間。

 ミゲルくんたちは仕事に行っちゃったし、フィーアくんはそろそろ兄弟を起こして朝食をとらせるために部屋に帰っていった。

 ヴィンターさんは僕たちにお茶とお茶菓子を出してくれたあと、朝食の後片付けで台所に行ってしまっている。

 ということで、このあとは仮眠をとるだけというツヴァイくんだけが残って、僕と食後のお茶を飲んでいる。

 なにか朝から用事がある場合を除いては、いつもこんな感じだ。

 たまにここらへんでアッキーが合流してくるけど、今日は来ない日みたいだ。

 今日はアッキーの国語の授業がないのでそのせいかもしれない。
 
 みんなが働いている中、1人でのんびりしているのは申し訳ない気がするけど、ミゲルくん曰く、これは必要な時間なんだそうな。

 まだ朝も早いうちなので、お屋敷もまだ完全には動き出していないらしい。

 もちろん、使用人さんたちは僕たちより早くに起きて仕事を始めてくれているけれど、それでもまだ完璧とはいえない状態らしい。

 完璧じゃなくても別に、と僕は思うんだけど、そこは使用人さんたちのプライドの問題だってミゲルくんたちが力説していた。

 なので、僕やユニさんなどの主側の人は、もうしばらく部屋にこもって時間を潰しているものなんだそうな。

 大抵の人は部屋で出来る仕事をしたり、朝のうちに届いた手紙を呼んだり、夜のうちにあったことの報告を受けたりしているそうだけど、今のところ僕にはそういうのがないのでただまったりしているだけだ。

 ということで、もう暫くの間はツヴァイくんとじゃれ合っていようと思う。

「お館サマ、くすぐったいデス」

「良いではないか良いではないか」

 逃げようとするツヴァイくんを捕まえて、無理やりひん剥く。

「ソンナ無理矢理……恥ずかしいデス……」

 剥かれたツヴァイくんは恥ずかしそうにモジモジしてしまっている。

 僕は残っていた古皮が剥けてきれいになった肘のあたりを見て、満足感とともに頷く。

 ツヴァイくん達ドラゴニュートの人たちは定期的に脱皮をするらしい。

 今日、なんかツヴァイくんの肘のあたりが剥けているのに気づいて教わった。

 先日、脱皮が始まったので全部剥いたつもりだったけど、まだ一部残っていたらしい。

 今度脱皮の時期になったら剥かせてもらおう。

 ツルツルになったツヴァイくんの肘を見てそう思った。



 ――――――

 

 食休みが終わって、ここからはお仕事の時間。

 ヴィンターさんに着替えさせてもらった部屋着でユニさんとの待ち合わせ場所である書庫へ向かう。

 書庫は名前の通りこのお屋敷にある本が保管されている場所で、本を読むためのテーブルもあって小さな図書館みたいな感じだ。

 文字を習っている最中の僕にはまだ縁のないところだけど、1度ユニさんに案内してもらった。

 書庫の前につくと、僕の代わりにツヴァイくんがドアをノックしてくれて、出てきたイヴァンさんとなにかやり取りをしている。

 ちょっと面倒くさい気もするけど、作法に慣れておくためだということで大人しくされるがままになってる。

「どうぞ、サクラハラ様、坊ちゃまがお待ちです」

 イヴァンさんに招かれて書庫の中に入る。

 ツヴァイくんはここからはドアの外で警備役だ。

「ユニさんおはようっ!」

「おはようございます、ハル」

 いろいろな本が積まれた読書用のテーブルに座ったユニさんがにっこり笑って出迎えてくれる。

「なんか、まだ疲れ残ってる感じだけど大丈夫?」

 ユニさんの目にはクマができていた。

 よく寝てないのかな?

「ああ、今日の準備をしていたもので」

 苦笑いするユニさんだけど、少しだけ黒い靄が出ている。

 嘘ではないけど本当でもないって感じの靄だ。

 ユニさんが僕に嘘とか珍しいけど、ここは気づかなかったふりだ。

 なんか理由があるんだろう。

「……やっぱり、バレちゃいますよねぇ」

 と思ったら、バレてることがバレた。

 さ、最近のユニさんは普通に僕の心を読んでくる。

「ちょっと思うところがあって寝られなかったんです。
 体調が悪いとか、問題が起こってるとかじゃないから心配はいらないですよ」

 今度は靄は出ていない。

「そうなんだ?
 聞かないほうがいい感じ?」

「言うかどうかも悩んでいるので、ここは聞かないでおいてください」

 苦笑しながら言うユニさん。

 この言い方だと僕に関わりがない話ではないみたいだけど……。

 まあ、聞くなと言うなら聞かないでおこう。

「うん、わかった。
 それじゃ、お仕事の方やっちゃおうか」

「……そうですね」

 ユニさんの言葉にちょっと間があった。

 どうやらユニさんが悩んでいるのはこの仕事のことみたいだ。

 僕もそこそこユニさんの考えていることが読めるようになってきているのだ。

「今回、ハルに頼みたいのは800年前にこの世界に来たニホン人、シンザブロウの残した書物の解読です」

 なるほど、日本関係の話か。

 ユニさんが悩んでたのはそれかぁ。

「すみません、ハルに手伝ってもらうべきか最後まで悩んだんですが」

 僕が気づいたことに気づいたユニさんが、本音を語ってくれた。

 それでも頼んできたってことは、ユニさんかなりきつく言われてるんだろうなぁ。

「大丈夫だよ、心配してくれなくても。
 僕としてはユニさんの役に立てることのほうが嬉しいから」

「すみません。
 ありがとうございます」

 苦しそうな顔で深々と頭を下げるユニさん。

 そこまで気にしてくれなにくてもいいのに……と言ったら嘘になる。

 やっぱり、日本関係のことを思い出すとまだ辛い。

 でも、今ではユニさんの役に立てる嬉しさがその辛さを上回っているのは本当だ。

「じゃ、ぱっぱと済ませちゃお。
 その書物ってどんな書物なの?」

「こちらになります」

 ユニさんが指し示した先、テーブルの上には立派な装丁の本の他に、古めかしい紙をただ紐でくくりつけただけの冊子のようなものがあった。

 よく見ると1枚目の紙に『記』『鈴木新三郎』と書いてある。

「これは、ニホン人シンザブロウが書いたと言われる日記帳です」

 お、おおう。
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