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第一話 栞のラブレター

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 沙代子はカウンター越しに本棚を眺めた。

 誰でも気軽に手に取れる場所には置いてない。お茶を飲みながら本を読む目的では置いてないのだろう。レジカウンターからも遠いし、積極的に売る気がないみたいだ。

 あきれつつ、父らしい、とおかしくもある。古本は買いたい人が買う。売れなくてもいい。閑古鳥が鳴くまほろば書房にあきれる沙代子に、父は笑いながらそう言っていた。

「何か面白い本あった?」

 カモミールティーの入ったポットをカウンターの上に置きながら、天草さんは愉快げに言う。

「えっ?」
「ちょっと笑ってたから」
「えー、うそっ」
「嘘は言わないよ」

 どうも、思い出し笑いしていたらしい。からかうような天草さんに恥ずかしさを覚えて顔に手をあてると、彼の視線が後方へと動く。と同時に、カフェの扉が開く音がした。客が来たようだ。彼は「ごゆっくり」と言うと、カウンターを出ていった。

 来店客は、春色のワンピースがとてもよく似合う若い女の人だった。二十代半ば頃だろうか。ちょうど沙代子ぐらいの年齢に見える。

「おひとりですね。カウンター席とテーブル席とございますが、どちらになさいますか?」

 天草さんの尋ねに対し、女性客は本棚に目を止めると、「カウンターで」と答えた。

 客は沙代子しかいない。ほかの客に気兼ねなく座れる席はたくさんあるのに、ワンピースの彼女は沙代子の隣に座ると、カモミールティーに気づいて笑顔になった。

「すごく澄んだ黄緑色ですね」
「えっ、あ、そうなの」

 話しかけられて驚いた。

 人見知りしない人なのだろう。爽やかな笑顔が印象的な、飾り気のない綺麗な女性だ。どちらかというと、派手めに見られやすい沙代子にとって、あこがれてしまうような透明感がある。

「何を頼まれたんですか?」

 世間話をするように話しかけてくる。ここ数日、同世代の女性との会話に飢えていた沙代子も嫌な気はしなくて応じる。

「店長さんのおすすめで、フレッシュカモミールを」
「へー、フレッシュハーブも飲めるんですね。そっか、ハーブティー専門店ですもんね。そうですよね」

 勝手に納得すると、彼女は「同じものください」とお水を出す天草さんに注文する。

「あっ、一緒のもの頼んじゃってよかったですか?」
「おすすめですから、ぜひ」

 真似されたと気を害すとでも思ったのか、わざわざ断りを入れてくると、彼女はふたたび店内を見回す。

「ちょっと変わった古本屋があるって聞いてきたんですけど、古本屋っていうより、カフェなんですね」

 古本屋はおまけって感じ、と彼女は誰に向けるでもない様子で言う。

 ずいぶんと好奇心旺盛な女性のようだ。見た目は清楚だけれど、明るくてはつらつとした人のような気がする。

「実のところ、本を目当てにいらっしゃるお客さまは1割もいらっしゃらないんですよ」
「じゃあ、私はその1割も満たない珍しいお客さんなんですね。ハーブティーが飲めるなんて思ってなかったから、得しちゃった気分」
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