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第一話 栞のラブレター

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『まほろば書房を何回も訪ねてくる若い女の人がいるけども、今もいるから様子を見に行ってやってくれんか』

 二十日通りにある自転車屋のおじさんに電話でそう頼まれた沙代子は、身支度もそこそこに急いで家を出た。

 自転車屋のおじさんの話によれば、閉店したまほろば書房を訪れる客はこれまでにも何人かいたそうだ。気づいたときは、おじさんが声をかけて、城下町にあるまろう堂を教えてくれていたそうなのだが、その若い女の人はおじさんが声をかけると、逃げるように帰ってしまうとのことだった。

 あまりにも何回も来るから、『放っておいてもよかったけども、気になるでな』と、おじさんは見かねて電話をくれたのだった。

 まほろば書房に自転車で駆けつけると、かわいらしいレースのブラウスを着た女の人が店の前をうろうろしていた。

 きっと彼女だろう。よかった。まだいてくれて。ホッとして、シャッターの降りた店を困ったように見上げる彼女の背中に、沙代子は声をかけた。

「まほろば書房にご用ですか? 店のものなんですけど」

 女の人はびっくりして振り返るが、沙代子が店のものだと名乗ったからか、逃げ出す様子はない。

「お店の人……?」
「驚かせちゃってごめんなさい。何度か来ていただいてるみたいだから、ご用件があるならおうかがいしたいと思ってお声をかけさせてもらったの」

 そう答える沙代子を、彼女はけげんそうに見る。

「店主さんは、ひげのおじさんじゃ……」
「それは、私の父なんです。お店のことは今、娘の私が任されてます」
「娘さん? いつもおじさんしかいなかったと思うんだけど」
「店には、いつも父だけが。今は父も亡くなりまして、店は閉めてるんです」
「亡くなった? あのおじさんが?」

 彼女の目が点になる。本当に何も知らずに訪ねてきているのだろう。

「はい。店は城下町に移転して、父の知人が跡を継いでます。もし、父にご用件があるのでしたら、私が」
「移転……」

 と、口ごもる彼女は目を泳がせる。何か考え込む様子だったが、しばらくすると、意を決した様子で口を開く。

「私、ある小説を探してるんです」
「本をお探しだったの」

 ちょっと拍子抜けした。普通に古本を探すお客さんだったみたい。父にしかわからない用事だったらどうしようと心配していたけれど、自分で解決できそうだと、沙代子はあんどした。

「本のタイトルがわかるなら、すぐにお調べできますよ。移転先は近くなんですけど、ご案内しますね」
「いいんですか?」
「ええ。私もちょうど行くところだったんです。お店には、よく出入りしてて」

 全然行く予定はなかったけれど、まろう堂の場所を説明するより、案内した方が早いと思って、沙代子はそう言った。

「じゃあ……、お願いしようかな。先日、友だちが探してもらった本だから、売れてなければあると思うんですけど」
「ご友人がいらしてくれたんですね」
「ずっと探してた本が見つかったって連絡をくれて。でも、買わなかったって言うから、どうしてだろうって見に来たんです。そうしたら、お店は閉まってるし、友だちがどこで本を見つけたのか、ふしぎに思ってて」

 それで、何度もまほろば書房に足を運んでくれていたらしい。

「今はまほろば書房じゃなくて、まろう堂っていう、カフェと古本のお店になってるんです」
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