上 下
26 / 101
第一話 栞のラブレター

26

しおりを挟む



『菜七子さんがいらしてるよ』

 天草さんからメールをもらったのは、六坂神社でおまいりをしてから数日後のお昼過ぎだった。

 天草さんの鋭い勘があたったのか、六坂の神様が願いを叶えてくれたのか、どちらにしても、沙代子は嬉々としてまろう堂に駆けつけた。

 菜七子さんはカウンター席に腰掛けていた。彼女の目の前には、猫柄の封筒がある。天草さんが渡してくれたのだろう。

「菜七子さん、お久しぶりです」

 声をかけると、封筒をじっと見つめていた彼女は視線をあげて、こちらへ顔を向けた。

「あっ、こんにちは。先日は失礼しました。お会いしたかったんです」
「私に?」
「カフェで居合わせた方に高校時代の話しちゃったって翔に話したら、迷惑だったんじゃない? って笑われて、謝ろうと思ってたんです」

 彼女は照れくさそうに笑むと、カウンターチェアーからわざわざ降りて、丁寧に頭を下げた。

「全然、迷惑なんかじゃ。それで来てくれたの?」
「実は、友だちと待ち合わせしてたんですけど……」

 戸惑うように言う菜七子さんと隣り合わせに座り、沙代子は尋ねる。

「お友だちって?」
「覚えてます? 高校時代の親友の睦子です。こっちに帰ってきてるから会いたいって急に連絡があったんです。ハーブティーのお店に興味があるっていうから、ここのお店で待ち合わせすることにしたんですけど」
「来ないの?」
「もう1時間待ってるんです。連絡入れても返事がないし。でも睦子、今までも急に連絡来なくなることあったから」
「何か急用ができたのかも」

 困り顔の菜七子さんを励まそうとしてそう言ったものの、そんなわけない、と思ったのが伝わったのか、彼女は肩をすくめる。

 睦子さんは最初から来る気などなかったに違いない。ただもう一度、菜七子さんをまろう堂に来させたかったのだろう。

「その封筒、かわいいですね。私が高校生のときに流行ったアニメのキャラクターです」

 沙代子はにっこりして、封筒をひょいとのぞき込む。おちゃめなポーズをとる三毛猫がかわいい、愛嬌のあるキャラクターだ。

「高校……あっ、そっか。それで見たことあるんだ」

 ひとりごとのように言う菜七子さんは、封筒を手に取ると、「そういうことなんだ」とつぶやく。

「その封筒は?」

 中身を知らないふりして、沙代子は聞いてみた。

「さっき、店主さんにいただいたんです。若い女の人が、私に渡してほしいって置いていったって。きっと、睦子」
「睦子さん?」
「睦子が好きだったんです、このキャラクター。あの子、これのグッズ、たくさん持ってた。手紙を店主さんに預けたなら、もうここには来ないですよね。そんなに私に会いたくないのかな……」

 菜七子さんは嫌われる理由がわからないと、悲しげに目を伏せる。

「会いたいけど、会えない理由があるのかも」

 睦子さんは絶対、菜七子さんに会いたいと思ってる。そう信じる沙代子は、余計なこととわかっていながら、そう言ってしまう。だけど、キッチンからちらりと顔を出す天草さんがにこやかに笑むから、この行動は間違ってないと自信が持てる。

「会いたいって思ってくれてると思いますか?」
「会いたくないと思う理由に心当たりがあるの?」
「……ないです。高校時代とは環境が変わって疎遠になっただけだと思ってたから」

 菜七子さんは少し考え込んでからそう言う。

「お手紙、見てみたら? 睦子さんの気持ちがわかるかも」
「睦子の気持ち……。私、あの子の気持ち、ちゃんと考えてあげられてたかな」

 きっと手紙の中にその答えがある。菜七子さんはそれに気づいて、封筒を開けるのを躊躇する。

 知らず知らずのうちに親友を傷つけていた。その答え合わせは、誰だって怖いだろう。だけど、二人は縁あって出会って親友になった。このまま終わってしまうなんてさみしい。菜七子さんに憧れていた睦子さんを救えるのは菜七子さんしかいない。

「そう悩んでるのは、睦子さんも同じじゃないかな?」

 沙代子はきっと後悔しているのだと思った。睦子さんを説得せずに帰したことを。あのとき、菜七子さんに会うべきだって、彼女は言って欲しかったかもしれないのにと。

「私たち、全然似てないのに、似たもの同士だったの」

 だから、なんでもわかり合えた。くだらない話も、時には深刻な話も。だけど、ボタンをかけ違えたきっかけがあるとしたら、菜七子さんが村瀬さんに恋をしたことだろう。
しおりを挟む

処理中です...