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第二話 落ちこぼれ魔女の親友

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「アルバイト?」
「うん、駅前のカフェ。もう新しい人が決まっちゃったんだって」

 生まれ故郷である城下町の生活に慣れ、以前のような暮らしを取り戻そうと思い始めた沙代子は今朝、求人募集していたカフェへ意気揚々と電話したのだが、あっけなく断られ、すっかり入り浸りになっているまろう堂にやってきていた。

 求人情報誌をパラパラとめくりながらため息をつくのに、天草さんは楽天的な笑みを浮かべている。

「残念だったね。葵さんなら、次がすぐに見つかるんじゃないかな」
「近くておしゃれだし、働きたいカフェだったんだけどなぁ。仕方ないね。ほかを探してみる」

 沙代子は求人情報誌をバッグにしまうと、天草さんの背後にある本棚を眺めた。

 まろう堂はハーブティー専門のカフェだけど、古本の販売もしている。その古本は、古本屋を経営していた沙代子の父である銀一が遺したものだ。

 沙代子は先日、ふしぎな話を耳にした。それは、ここにある古本たちが誰かを待っているという話。

 にわかには信じがたい話だったが、沙代子は本当の話かもしれないと思っている。古本たちは今、健気に誰かを待っている。もしかしたら、自分を待ってくれている本があるかもしれない。ひどく馬鹿げた話かもしれないが、沙代子はわりと真面目にそう考えたりもするのだ。

「古本は売れてる?」

 沙代子は本棚の横にある、予約済の箱へと視線を移した。待ち人に出会えた本たちは今、予約済の箱に入っているのだろうかと思う。

 天草さんもまた沙代子の視線に気づいて、予約済の箱を振り返った。

「二日前にさ、お客さんが来たよ。そのときは時間がないとかで、次は電話してから来ますって、本のタイトルだけ伝えて帰っていかれたよ」
「探してる本はあったの?」
「ああ、うん、あったよ。ないと思うなんて言ってたから、見つかったって知ったら喜ばれるんじゃないかな」

 にこにこする天草さんを見ていると、沙代子もうれしくなる。

「なんでも見つかる古本屋さんって、うわさになるね」
「なんでもか。ああ、そうだ。葵さんは何か探してる本とかないの? もしかしたら、葵さんを待ってる本が見つかるかもしれないよ?」

 半分冗談めかして彼は言う。彼は沙代子を時々からかう。

「そう言えば、この間、懐かしい本を見つけたの。たしか、真ん中の棚の少し下……あれ? ない」

 しかし、沙代子は大真面目だ。指をさしながら、首を傾げる。あるはずの本が見つからず、視線は行き場を失ってさまよう。

「なんていう本?」
「天草さんは知ってるかなぁ。落ちこぼれ魔女シリーズ。それの第一作目。落ちこぼれ魔女と人魚の国っていう本があるの」
「落ちこぼれ? それ、さっき言ったお客さんが探してた本だよ」

 天草さんはひどくびっくりしたあと、予約済の箱から一冊の本を取り出す。

「あっ、それっ」

 沙代子も驚いて、大きな声をあげていた。

 彼の手には、ずいぶんクタクタになっている本が握られているが、間違いなく『落ちこぼれ魔女と人魚の国』だ。

「私が子どもの頃に流行ったアニメの原作なの」
「へえー、そうなんだ。あんまり、女の子向けのアニメは見たことないから。売れる前に見ておく?」

 と、天草さんがこちらへ本を差し出したとき、電話が鳴った。

「ちょっとごめん」

 無駄に長居をして天草さんの仕事の邪魔をしてるのは沙代子で、謝る必要もないのに彼は両手を顔の前で合わせると、レジカウンターの方へ急いで移動する。

「はい、まろう堂です」

 電話に出る天草さんから視線をそらし、カウンターに置かれた本へと手を伸ばす。

「懐かしい。ここにあったんだね」

 それは、沙代子が子どもの頃に父からプレゼントされた児童書だった。引っ越しをするとき、荷物にまぎれてどこかへ行ってしまったと思っていたが、父の本棚に片付けられていたようだ。

「葵さん、今の電話、お客さんから。来週、その本、見に来るって」
「そうなんだね。私が子どもの頃に大切にしてた本なの。売れるかな」
「売れない方がいい?」
「売れたらさみしい気もするけど、大切にしてもらえるならここにあるよりいい気がするね」

 しげしげと本を眺めたあと、そう言うと、天草さんは予約表らしきファイルにペンを走らせていた。

 カフェを経営しながら、古本を買いにくるお客さんの予約管理までひとりでこなして大変だろうと、沙代子は尋ねる。

「ねぇ、まろう堂はずっとひとりで?」
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