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第二話 落ちこぼれ魔女の親友

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「水無月先生、勝負しません? 私と先生、どっちがコンテストで優勝するか」

 大学3年の和久井京子きょうこがそう提案したのは、所属する小説サークルが、2年ぶりに学内でコンテストを行うと決めたときだった。

 方法は簡単。夏休みまでに小説を書き上げ、サークルの仲間にそれを読んでもらい、秋の学祭で創作物の配布及び一番優秀な作品を発表するというものだ。

「面白そうな勝負だが、和久井君と勝負する意味がわからない」

 水無月先生は首をすくめたが、あきれた様子ではない。むしろ、京子の提案を面白がっているようだった。

「実をいうと、書きたいものは決まってるのに、思うように書き進められないんです」
「つまり、やる気を出すために私と勝負を?」
「だって絶対、先生は私よりも素晴らしい作品を作るんですから、お手本になること間違いなしです」

 京子はひと回り年上の水無月先生を尊敬していた。先生に出会ったのは小説サークルでだったが、それ以前から、キャンパス内でかっこいいと評判だった彼を知っていた。

 先生を慕う京子のひそかな片想いも、サークル仲間には周知の事実だった。そのぐらい、京子は好意を隠せていなかったが、彼はまったくというほど無関心で気づいていなかった。

「そういうことなら勝負しよう」

 水無月先生はあっさりと勝負を受け入れた。

「ジャンルは何にします?」

 早速、先生がどんな作品を生み出すのかと興味を持って、京子は尋ねた。

「和久井君は?」
「私はもちろん、児童向けです。ワクワクするような冒険譚」
「では、私もそうしよう。そうだな、子どもたちは魔女が出てくる話が好きだろう」
「先生ならどんな魔女にしますか?」
「和久井君なら?」

 先生は質問に質問で返した。京子の答えを楽しみに待つように、穏やかに微笑んでいる。その笑みがどれほど魅力的なのか自覚のない彼の視線にどきどきしながら、京子は答える。

「私だったら、優秀なヒロインより、ちょっとドジな女の子がいいです。そういう女の子が一生懸命がんばるお話。あきらめなければ、夢は叶うんだぞって思えるような」
「では、こうしよう」

 そう言って、先生はデスクの上にあった一枚のプリントをたぐり寄せると、達筆な文字でさらさらと、『落ちこぼれ魔女』と書いた。

 それから1週間後、水無月先生は胃痛を訴えて入院した。

 すぐに同じサークルの友人数人とともにお見舞いに駆けつけると、先生はベッドで上半身を起こし、サイドテーブルの上でノートを開いてさらさらと鉛筆を動かしていた。

「先生、もしかして落ちこぼれ魔女書いてるんですか?」

 京子が足早に歩み寄ると、先生は穏やかに笑んで、ノートをそっと閉じた。

「見せてくれないんですか?」

 ちょっとむくれて言うと、先生は屈託なく笑った。

「ライバルには見せられないね。しかし、見舞いに来たのか? 明日には退院するんだ。わざわざよかったよ」
「みんな、先生が心配なんですよ?」
「そんなこと言って、病室が見たかっただけじゃないのか?」

 先生は冗談めかしてそう言ったが、それが冗談になるぐらい、先生の病室は豪華な個室だった。彼は田舎育ちだと聞いていたが、どこぞの名士の息子なのかもしれない。

 水無月先生は京子にとって、尊敬できる恩師でありながら、一人の男性としても魅力的な壮年の紳士だった。
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