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第二話 落ちこぼれ魔女の親友

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「翌年、水無月先生は看護師さんと結婚したの。落ちこぼれ魔女は私のために書いてくれたんだって思いたかったけど、ふたりのことを知っていたから、やっぱりだめだったわ」

 和久井さんはさみしそうな目をしてため息をつく。

「落ちこぼれ魔女は、水無月先生と看護師さんの共同作品に思われたんですね」

 そんな風に思わなくてもよかったのに、と思いながら沙代子が言うと、和久井さんは情けなさそうに笑んだ。

「見苦しい嫉妬ですよね。でも、先生の作品は純粋に好きだったの。コンテストの優勝はもちろん先生で、学祭で販売した本も大盛況。サークル仲間が出版社に持ち込んだら、絶対、出版できますって太鼓判押したりして。先生は作家になるつもりで書いたわけじゃないからってずっと言ってたけど、結局、自費出版されたんです。あれは看護師さんのアドバイスだったって、あとで聞いたわ」

 恋人のアドバイスは柔軟に受け入れる。その姿勢は、先生が彼女を溺愛している証明に見えただろう。

「そのあとのことは、さっきお話した通りです。落ちこぼれ魔女はみんなに愛される作品になって、先生も喜んでいたと聞きました」
「水無月先生は今も大学に?」

 沙代子は少し気になることがあって、そう尋ねてみた。

「いいえ。結婚して、しばらくしてから辞められたの。風のたよりで、先生には女の子が生まれて、落ちこぼれ魔女の親友と同じ名前をつけたって聞きました。そうですよね。親友の女の子は先生とあの人の理想だったんだもの。生まれてきた女の子はふたりにとっての宝物なんだから、当然よね」

 沙代子が何も言えずに黙っていると、和久井さんは落ちこぼれ魔女の本を両手でそっと持ち上げた。

「水無月先生はもう亡くなってしまったから、どうしてもこの本が欲しかったの。やっぱりあのとき、嫉妬したりしないで買っておけばよかった」
「亡くなられたんですね」
「ええ、不慮の事故だとか。とても優しい人格者な方だったから、神様に好かれていたのかしら」

 そうでも思わなければ納得できないというように、彼女はまぶたを伏せた。

「最期に、お会いできたらよかったですね」
「あまり贅沢は望まないけれど、そうですね、会いに行ってみます」

 一つまばたきをしたあと、和久井さんの目には力強さが宿る。ぴんと伸ばした背筋は、その決意の表れだろう。

「会いに行くって?」
「何度もここへ来ては尻込みしたりして……。ずっと勇気が出なかったんだけど、先生のお墓参りに行こうと思うわ。サークル仲間を頼りに調べて、ようやく先生の生まれ故郷が鶴川にあるって知ったんです。仕事の関係上、月曜日しかこちらに来られないから、また来週にでも」

 そう言って、彼女は自虐的にそっと笑む。決意表明したばかりなのに、来週に先延ばししたように感じたのだろう。だけれど、彼女は来週、必ずお墓参りに行くだろう。沙代子にはそう思えた。

「お仕事は何を?」
「図書館で司書をしています。あっ、そうだ。毎月、小学生向けにおすすめの本を図書館だよりに載せているんです。来月は落ちこぼれ魔女シリーズをおすすめしてみようかしら」
「いい考えですね」
「ありがとう。ごめんなさいね、こんなおばさんの昔話に付き合ってもらっちゃって」

 和久井さんは立ち上がって、恥じらいながらそう言うと、きっと学生のころに見せていたのだろうと思う瑞々しい笑顔を天草さんへ向けた。

「店主さん、この本、いただいてもいいかしら?」
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