58 / 101
第三話 思い出を記憶する月刊誌
13
しおりを挟む恋岩がある大岩の前には長蛇の列ができていた。
恋岩が観光プロモーションとして利用されるようになったのは、いつからだろう。少なくとも今は、自由に出入りできる遊び場だった頃のように気軽には近づけず、天草さんは列から離れた場所で大岩を眺めていた。
「並ばないの?」
ここで待っていても初恋の人が現れるとは思えなくて尋ねる。
「葵さんが一緒に行ってくれるなら並ぶよ」
「恋岩占い、知らないの?」
一緒に行く意味がわからない。
「知ってるよ。大岩を右回りに十八歩進んで恋岩に触れたら、恋が叶うんだよね?」
「うん、そう。天草さん、ひとりで並ばないと」
「最近はカップルでそうして触れたら、永遠に幸せになれるって言うらしいね」
昔はそんな逸話なかった。観光客を呼ぶための、まことしやかに広がったうわさ話を彼も信じていないのだろう。からかうようにそう言った。
「私たちは付き合ってないじゃない」
沙代子は途方に暮れる。それでも、彼は楽しそうだった。
「本当だね。友だち同士で恋岩に触れたらどうなるのかな」
「何も起きないんじゃない?」
「やっぱりそう思う?」
「友情まで永遠にならないよ。神様もそんなにひまじゃないと思う」
そう言ったら、天草さんは吹き出して笑う。しかしすぐに真顔になって、列を指し示す。
「試してみようか、葵さん」
友だち同士で触ったら、ずっと友だちでいられるかどうか?
恋人になれないなら、それにかけてみてもいいかもしれない。鶴川に戻ってきた沙代子には、気を許せる友人と呼べる人は天草さんしかいない。心ないうわさ話や、恋人の存在に引き裂かれないような、そんな友人関係になれたらどんなにいいだろう。
しかし、沙代子は冷静だった。天草さんが恋岩をふたりで触ろうと言い出したのには、何か別の理由があるんじゃないかとも考えた。
「もしかして、恋岩が見てみたいだけだったりする?」
そうは言ったが、恋岩を見るためだけに、まわりくどい方法で沙代子をここに連れてきたとは考えにくい。恋岩を見ることによって起きる何かが目的だろうか。
「恋岩を見たら、思い出すものがあるかもしれない」
天草さんはそう答えた。やっぱりそう。彼は恋岩を見て、何かを思い出そうとしてる。
しかし、子どもの頃は簡単に見れた恋岩を見るためには、今はあの長蛇の列に並ばなきゃいけない。女性のグループか、恋人同士しか並んでいないあの列に、男の人ひとりで並ぶには勇気がいるだろう。そこで、沙代子を利用することにしたのだろう。
「どうしてそんなことする気になったの?」
過去の記憶は、彼にとって優しいものなのだろうか。つらい過去が多い沙代子には、思い出したいぐらい幸せな過去なんて想像もつかない。
「うららの雑誌を見たからだよ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる