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第三話 思い出を記憶する月刊誌

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 恋岩がある大岩の前には長蛇の列ができていた。

 恋岩が観光プロモーションとして利用されるようになったのは、いつからだろう。少なくとも今は、自由に出入りできる遊び場だった頃のように気軽には近づけず、天草さんは列から離れた場所で大岩を眺めていた。

「並ばないの?」

 ここで待っていても初恋の人が現れるとは思えなくて尋ねる。

「葵さんが一緒に行ってくれるなら並ぶよ」
「恋岩占い、知らないの?」

 一緒に行く意味がわからない。

「知ってるよ。大岩を右回りに十八歩進んで恋岩に触れたら、恋が叶うんだよね?」
「うん、そう。天草さん、ひとりで並ばないと」
「最近はカップルでそうして触れたら、永遠に幸せになれるって言うらしいね」

 昔はそんな逸話なかった。観光客を呼ぶための、まことしやかに広がったうわさ話を彼も信じていないのだろう。からかうようにそう言った。

「私たちは付き合ってないじゃない」

 沙代子は途方に暮れる。それでも、彼は楽しそうだった。

「本当だね。友だち同士で恋岩に触れたらどうなるのかな」
「何も起きないんじゃない?」
「やっぱりそう思う?」
「友情まで永遠にならないよ。神様もそんなにひまじゃないと思う」

 そう言ったら、天草さんは吹き出して笑う。しかしすぐに真顔になって、列を指し示す。

「試してみようか、葵さん」

 友だち同士で触ったら、ずっと友だちでいられるかどうか?

 恋人になれないなら、それにかけてみてもいいかもしれない。鶴川に戻ってきた沙代子には、気を許せる友人と呼べる人は天草さんしかいない。心ないうわさ話や、恋人の存在に引き裂かれないような、そんな友人関係になれたらどんなにいいだろう。

 しかし、沙代子は冷静だった。天草さんが恋岩をふたりで触ろうと言い出したのには、何か別の理由があるんじゃないかとも考えた。

「もしかして、恋岩が見てみたいだけだったりする?」

 そうは言ったが、恋岩を見るためだけに、まわりくどい方法で沙代子をここに連れてきたとは考えにくい。恋岩を見ることによって起きる何かが目的だろうか。

「恋岩を見たら、思い出すものがあるかもしれない」

 天草さんはそう答えた。やっぱりそう。彼は恋岩を見て、何かを思い出そうとしてる。

 しかし、子どもの頃は簡単に見れた恋岩を見るためには、今はあの長蛇の列に並ばなきゃいけない。女性のグループか、恋人同士しか並んでいないあの列に、男の人ひとりで並ぶには勇気がいるだろう。そこで、沙代子を利用することにしたのだろう。

「どうしてそんなことする気になったの?」

 過去の記憶は、彼にとって優しいものなのだろうか。つらい過去が多い沙代子には、思い出したいぐらい幸せな過去なんて想像もつかない。

「うららの雑誌を見たからだよ」
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