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第三話 思い出を記憶する月刊誌

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「すみません。今日は用事があって臨時休業なんです」

 天草さんは沙代子の前に進み出ると、申し訳なさそうに藤井さんに謝った。

「そうだったんですか。じゃあ、今日はだめですよね? 雑誌が欲しかったんですけど」
「雑誌って、ミックスのこと?」

 落胆する藤井さんに、つい、口をはさんでハッとする。

 本当に懲りない。まろう堂のお客さんの事情に首を突っ込んでしまったと気づいたときにはもう遅い。

 反省する沙代子を見て苦笑いする天草さんが、彼に声をかける。

「ちょうど今、用事を終えて帰ってきたところです。開けますから、どうぞ」
「本当ですか? よかった。今日を逃したら、当分ここには来れないと思ってたんです」

 藤井さんは心底、あんどした表情を浮かべると、歩き出す天草さんについていく。沙代子もあわててふたりを追いかけた。

「あれから、実家で雑誌を探してみたんですけど、どうも、弟が誰かに貸したきり返してもらってないみたいで」

 暑い日にちょうどいい、冷やし月桃茶を飲み干すと、藤井さんは情けなさそうに眉を下げてそう言った。

「誰かって、わからないんですか?」

 沙代子が尋ねる。

「弟もよく覚えてないって言うんですよ。あいつ、テキトーなところがあるから」

 我が弟ながらと、恥じるように苦笑いする。

 うららから聞いた話では、高校一年のときに発売されたミックスを、三年のときに弟さんの彼女が学校に持ってきたらしいが、そのときの雑誌が藤井さんのものだった可能性はあるだろう。

「うららに聞いたら捨てちゃったって言うし。せっかくだから、記念に買っておこうと思って」
「雑誌に載るなんてなかなかないですもんね」
「いい思い出になるかな」
「なりますよ、絶対」

 沙代子は自信満々にそう言う。自分の恋には消極的なのにと、おかしかったのか、天草さんは口もとにうっすらと笑みを浮かべたあと、本棚からミックスを取り出す。

「どうぞ」

 カウンター越しにミックスを差し出された藤井さんは、両手でそれを確かに受け取ると、表情を曇らせて小さなため息をつく。

「俺、後悔してるんですよ」
「後悔って……、何かあったの?」
「当時はどうしてうららにさけられてるのかわからなかったけど、ちゃんと話を聞いてあげられてたらよかったのかな」
「さけられてたの?」

 意外な話だ。うららが苦手に思っているのは、弟さんじゃなかったのだろうか。

「あっ、……すみません、こんな話」

 けげんそうにする沙代子に気づいて、話しすぎたと思ったのか、藤井さんは気まずい表情を浮かべると、立ち上がってポケットから財布を取り出す。

「ドリンクと雑誌代、いくらになりますか?」
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