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第四話 『無色の終夜』を君へ
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「怖い?」
「なんとなくそう思うだけなんだけど」
本は見つからないならそれでもいい、と憂えた悠馬の顔が思い出されて、沙代子は後悔する。
もう一歩、踏み込んであげたらよかったかもしれない。何をやらせても完璧な悠馬に悩みがあるならそれは、沙代子にしか解決してあげられないことだと思うからこそ。
「あ、そうだ。葵さん、ちょっと買い物に付き合ってもらいたいんだけど、いい?」
落ち込む沙代子を元気づけようとしてくれたのか、天草さんは明るくそう言う。
「買い物?」
「秋祭りに使うメニュー表をつくる材料とかさ」
「メニュー、決まったの?」
「それも相談に乗ってもらえるとうれしいな」
「うん、いいよ。秋祭りに出すお菓子ね、ひとつ考えてることがあるの。おばさんもいいんじゃないかって言ってくれて」
「案がある?」
そう尋ねてくれるから、沙代子はうなずく。
「フィナンシェなんてどうかな? 天草さんのおばあさんが雑誌で紹介するぐらいのおすすめ洋菓子でしょ? 天草農園のもう一つの看板商品って言ってもいいと思う」
「食べ歩きにも向いてそうだね」
「でしょ?」
提案を彼に認めてもらえると、どこか誇らしい気持ちになる。
「じゃあ、そのあたりも一緒に決めよう。一度、家に帰ってから、駅前商店街の入り口で待ち合わせしようか」
そうと決まるが早いか、沙代子は天草さんと一旦別れると、自宅へ戻った。
彼もすぐに帰って来れたのだろう。沙代子が玄関を出たところで先に行ってると連絡が入ったが、結局、待ち合わせの場所に着く前に、道端でばったりと彼に出くわした。
「まだ文具屋さん空いてるかな? 駅前商店街はあんまり行ったことなくて」
薄明るい空の下、商店街へ向かって肩を並べて歩き出す。
「この時間ならまだ大丈夫だよ。近くによく行く居酒屋もあるから、食べて帰ろう」
「天草さんは、商店街によく行くの?」
「俺さ、仕事ばっかりでなかなか遠出できないから、商店街のおいしい店は結構知ってるんだよね。まあ、そんなの自慢にもならないし、デートが商店街じゃ、いやだよね」
デート? と、どきりとしたが、恥じ入るように苦笑する天草さんを見ていると、ああ、前にお付き合いしてた人とはよく商店街で会っていたのかなと思う。
「おいしいお店、私にも教えて」
そう言うと、彼は救われたような笑顔を見せて、沙代子を扇動してひと足先に商店街へ入っていく。
すると、突然、天草さんが足を止めるから、沙代子の鼻先が彼の背中にぶつかりそうになる。
「天草さん?」
見上げると、彼は前方を見つめている。その視線の先を追いかけた沙代子は、こちらへ向かって歩いてくる女の人を見つけた。
女の人は買い物帰りのようだった。大きくふくらんだマイバッグを下げている彼女の、上品な身のこなしと人目を引く美貌は、遠くからでもそれが誰であるか気づかせるにはじゅうぶんな華やかさを見せていた。
「あの人……」
ぽつりとつぶやいたとき、天草さんがハッとしたように体を揺らした。同時に、女の人もこちらに気づいて足を止めた。
「行こう、葵さん」
「えっ?」
いきなり、かかとをひるがえす天草さんに驚いて立ち止まっていると、「行こう」と彼はもう一度言って、沙代子の手首をつかむ。
早足で歩く彼についていくのが精一杯で、しばらく沙代子も無言でいたが、まろう堂のある通りに差し掛かったとき、思い切って声をかけた。
「あの人、知ってるの?」
「なんとなくそう思うだけなんだけど」
本は見つからないならそれでもいい、と憂えた悠馬の顔が思い出されて、沙代子は後悔する。
もう一歩、踏み込んであげたらよかったかもしれない。何をやらせても完璧な悠馬に悩みがあるならそれは、沙代子にしか解決してあげられないことだと思うからこそ。
「あ、そうだ。葵さん、ちょっと買い物に付き合ってもらいたいんだけど、いい?」
落ち込む沙代子を元気づけようとしてくれたのか、天草さんは明るくそう言う。
「買い物?」
「秋祭りに使うメニュー表をつくる材料とかさ」
「メニュー、決まったの?」
「それも相談に乗ってもらえるとうれしいな」
「うん、いいよ。秋祭りに出すお菓子ね、ひとつ考えてることがあるの。おばさんもいいんじゃないかって言ってくれて」
「案がある?」
そう尋ねてくれるから、沙代子はうなずく。
「フィナンシェなんてどうかな? 天草さんのおばあさんが雑誌で紹介するぐらいのおすすめ洋菓子でしょ? 天草農園のもう一つの看板商品って言ってもいいと思う」
「食べ歩きにも向いてそうだね」
「でしょ?」
提案を彼に認めてもらえると、どこか誇らしい気持ちになる。
「じゃあ、そのあたりも一緒に決めよう。一度、家に帰ってから、駅前商店街の入り口で待ち合わせしようか」
そうと決まるが早いか、沙代子は天草さんと一旦別れると、自宅へ戻った。
彼もすぐに帰って来れたのだろう。沙代子が玄関を出たところで先に行ってると連絡が入ったが、結局、待ち合わせの場所に着く前に、道端でばったりと彼に出くわした。
「まだ文具屋さん空いてるかな? 駅前商店街はあんまり行ったことなくて」
薄明るい空の下、商店街へ向かって肩を並べて歩き出す。
「この時間ならまだ大丈夫だよ。近くによく行く居酒屋もあるから、食べて帰ろう」
「天草さんは、商店街によく行くの?」
「俺さ、仕事ばっかりでなかなか遠出できないから、商店街のおいしい店は結構知ってるんだよね。まあ、そんなの自慢にもならないし、デートが商店街じゃ、いやだよね」
デート? と、どきりとしたが、恥じ入るように苦笑する天草さんを見ていると、ああ、前にお付き合いしてた人とはよく商店街で会っていたのかなと思う。
「おいしいお店、私にも教えて」
そう言うと、彼は救われたような笑顔を見せて、沙代子を扇動してひと足先に商店街へ入っていく。
すると、突然、天草さんが足を止めるから、沙代子の鼻先が彼の背中にぶつかりそうになる。
「天草さん?」
見上げると、彼は前方を見つめている。その視線の先を追いかけた沙代子は、こちらへ向かって歩いてくる女の人を見つけた。
女の人は買い物帰りのようだった。大きくふくらんだマイバッグを下げている彼女の、上品な身のこなしと人目を引く美貌は、遠くからでもそれが誰であるか気づかせるにはじゅうぶんな華やかさを見せていた。
「あの人……」
ぽつりとつぶやいたとき、天草さんがハッとしたように体を揺らした。同時に、女の人もこちらに気づいて足を止めた。
「行こう、葵さん」
「えっ?」
いきなり、かかとをひるがえす天草さんに驚いて立ち止まっていると、「行こう」と彼はもう一度言って、沙代子の手首をつかむ。
早足で歩く彼についていくのが精一杯で、しばらく沙代子も無言でいたが、まろう堂のある通りに差し掛かったとき、思い切って声をかけた。
「あの人、知ってるの?」
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