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序章 いざ、あの素晴らしき世へ。
第一話 前兆①
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暑い。まるで真夏のような暑さだ。
空を見上げると、太陽が強く照り付けている。真冬の放課後(夕方)とは思えないような明るさだった。現に太陽が真上に位置している。それに加え、先ほどまで敷地だった場所に木や草が多く不規則に生えている。
「......は?」
生徒達は訳が分からなかった。自分がどこにいるのかすら分からなくなってしまうほど、世界が変わってしまったような心地がした。
そこには、道路も、ビルも、電車も、住宅街も、周りにありふれたものが何一つとして無かった。ただ森と草原、田畑がただ広がっているだけだった。
「校長先生!!一体何がどうなってるんですか!?」
「わ......私にもわかりません!」
全員がパニックに陥る中で、ある男は狼狽え、またある男は頭をかきむしる。異変と自殺、景色の変化、急激な気温上昇、説明のつかないような出来事が立て続けに起き、理解が追いつかない。
俺もその中で、ただ茫然と、変わり果てた世界を眺めていたのだ。
なぜこんなことになってしまったのか。話はその日の朝に遡る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今から八時間前
一月四日 午前九時十五分
「......であるから、ここは初項a、公比rの等比数列の形に......」
何気ない日常。何気ない授業風景。県立北大宮高校二年三組、清重達志は頬杖をつき、大きな欠伸をする。
(毎日やってて、先生もよく飽きないよなぁ......)
先生は生徒に教え、生徒は先生の話を聞き、板書や先生の言葉をノートに取る。そんな光景、もう十年以上も見てきた。
窓際の席に座っている達志は、外の景色を見る。雲一つない冬晴れだ。こんな日に休みだったら、どんなに良かっただろうか。と、世間が休みであることを思い出した青年はため息をつく。
達志たちの通う北大宮高校は、進学率県内トップを誇る屈指の進学校である。受験期を迎える二年生は、毎年年明けの一月二日から、クラスごとに日替わりで授業を受けることになっている。達志たちの学年は四クラスある為、冬休み中四日に一回、朝から晩まで授業が入る。それだけでなく、補修と名を改めているから、それもそれでタチが悪い。
「じゃあ、清重。この問三の答えは?」
「え......あっ、は、はい!」
突然の指名に彼は慌てて立ち上がる。授業をさらさら聞いていなかった彼には分からない問題だった。何も言えず戸惑っていると、横の席に座っている女子生徒が、達志にそっと紙を渡す。その紙には、この問題の答えが書いてあった。
「えっと......2n+6です。」
「うむ、正解だ。座っていいぞ。」
達志はほっと一息吐くが、間髪入れることなく紙を手渡した女子が話しかけてきた。
「またぼぉっとしてたでしょ。ほんと変わってないんだから。」
「うるせ、おれは休日授業アンチなんだよ。まあ、さっきは助かった。」
彼女は「どういたしまして」と笑顔を見せるが、達志は彼女の顔を見ようとはしなかった。
彼女の名は千歳唯。クラスのマドンナ的な存在で、成績も優秀。これまでに何人もの男子に告白されているが、すべて断っているという。彼女は達志と幼稚園からの付き合いで、小さい頃はそれしか記憶が無いというほどよく一緒に遊んでいたが、この歳になると流石にそれはなくなった。こんな風に隣の席になって話すことさえ、実に中学入学頃以来なのである。
「ほんと変わってない。喋り方とか強がりなとことかさ。まぁたっくんはそのままでもいいと思うけどね。私、昔も今も変わらないたっくんが好きなの。あっ、違う!好きってそういう意味じゃなくて、あくまで幼馴染としてっていうか......」
「そんなの分かってるよ。」
達志は彼女に対してそっけない態度を取っていたが、そこまで否定され、多少悲しい気持ちになってしまったのは事実だ。しかし、彼は決してそれを表に出さなかった。
一月四日 午後零時三分
午前の授業が終わり、昼食の時間がやってくる。黒板に書いてある今日の時間割を見ると、午後からも授業がびっしり入っている。達志はこの時間割を、見る度に元気を根こそぎ持っていかれる悪魔の板書だと思うことにした。
「清重、ちょっといいか。」
昼ご飯を食べようと弁当を取り出した瞬間、後ろから男子生徒に話しかけられる。彼の名は遠藤(えんどう)公(きみ)靖(やす)。達志の親友で、彼は小学校からの幼馴染である。
「田渕先生から呼び出しだ。今すぐ来てくれとのことだ。おそらく部活のことじゃないか?」
「先生が?わかった、行ってみる......って、お前も呼ばれてんのか?」
「ああ、お前と俺の、二人だけな。」
達志と公靖は剣道部に所属しており、田渕先生は彼らの担任であるのと同時に、二人の所属する剣道部の顧問でもある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まず、お前らに謝らなければならないことがある。」
職員室で出会った田渕先生の第一声がこれだ。何か重大なことなんだろうか。
「よく聞け。実はな......」
二人は唾をごくりと飲む。
「お前たちも知っているだろう。部活メンバーの半分以上が赤点を取ると、三か月部活停止になっちまうというルールを。」
「はい、知ってますけど......え?まさか......」
「そう、そのまさかなことが起きちまった。」
二人は目を丸くする。どうやら半数以上が赤点を取ってしまった様だ。
「え、ちょっ!どうするんですか!?春の大会に無練習で出場することになっちゃうじゃないですか!!」
「まぁそうだ、だがそれは学校にばれないところで活動すりゃ問題ない。」
「せんせい?」
今教師としてあるまじき言葉が聞こえたような気が
「まあ本題に入ろう。実は他に問題がもう一つある。それは、赤点を取ったほとんどの生徒が、俺の教えている教科で落としている(赤点を取った)ということだ。このままでは俺の教師としての面子が丸つぶれだ。部にも影響してしまうかもしれん。あぁ困った。非常に困った。という訳で、お前らをここに呼んだのは、清重、遠藤、お前たちに最重要任務を言い渡す為だ。」
そう言って田渕は二人を指さす。
「今からこれを持って校長室へ行け。」田渕は大きな段ボールを取り出す。中を開けるとそこにはお茶のパックが大量に入っていた。
「お前たちはこれを駆使して、校長の前で田渕先生ってめちゃくちゃ良い人だよねアピールをしてこい。」
「いやですよ。何で校長先生を接待しなくちゃいけないんですか......」
「ついでに部費も上げてきてくれっ!」
「どうして僕らに頼むんですか!そういうのは自分で言ってくださいよー!」
田渕はこれ以上言うことなく聞こうともしなかった為、二人は諦めた様に段ボールを持って、ひとまず校長室へ行くことにしたのである。
「全く、先生も扱いひでぇよな。」
「あはは......でも、良い先生だよ。」
「清重、お前将来絶対詐欺にあうタイプだな。気をつけた方がいいぞ。」
段ボールを持つ遠藤は大きなため息をつく。
北大宮高校は進学校であるのと同時に、部活でもなかなかの功績を残しており、文武両道をスローガンに掲げている。その中でも剣道部は、以前はかなりの強豪校だった。個人団体、合わせて数十回全国大会に出て、個人では三度優勝している。しかしそれは昔の話で、今や剣道部エースの清重でさえ、地方大会止まりなのだ。
〈おまえは試合になると、どうも固くなってしまうな。〉
いつかの田渕先生の言葉が頭をよぎる。清重の実力は全国に通用するレベルであることは間違いないが、試合になるとそれが思うように出せない。試合となると目の前が全く違う世界に見えてしまい、身体をうまく操作できないのだ。
(俺が父さんだったら、どんなに良かっただろうか。)
達志は妄想に浸り始めていた。
「きゃっ!」
「うぁっ!」
その時、呆けたように歩いていた清重は、曲がり角で女子生徒にぶつかる。その拍子に彼女が持っていた紙がそこらに散らばってしまった。
「清重おまえ、ぼおっと歩いてるからだぞ!いやぁすみませんねぇ、こいつたまにそういうとこある奴なんですよ。」
前を歩いていた遠藤が駆け寄り、彼女に説明する。達志にはあまり良い気がしなかったが、こちらに非があったのは事実のため、仕方なく受け入れることにした。
「......ごめん、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。」
達志は散らばった紙を見る。楽譜、どうやら彼女は吹奏楽部のようだ。
(今日も練習なのか......さすが強豪校だな。)
達志がそれらを拾おうと地に手を伸ばした。
その時だった。
身体中に寒気が走る。
突然ある映像が頭の中を流れ始めた。
辺りは火の海。鎧を着た武士のような男たちが、怒号と共に刀や槍を振り回して戦っている。
「うがぁぁあぁぁぁぁあああぁ!!!」
目の前の武士が別の武士に槍で刺される。うめき声をあげ、瞳孔が開き、びくんびくんと身体中が麻痺したように反応するが、敵が槍を抜くと膝から崩れ落ち、血しぶきが飛ぶ。草の臭い、血の生ぬるい感触が、神経の細部まで伝わってきた。
「……っっぁ!!!」
達志は屈んだまま目を見開いて固まる。身体の震えが徐々に大きくなる。遠藤はその様子を見て、まずいと彼の肩をつかんだ。
「清重......清重っ!」
達志ははっと我に返って遠藤を見る。身体は熱く、息を切らし、額から大量の汗があふれ出ていた。
「だ、大丈夫......?」
女子生徒は突然のことに驚いたのか心配するように尋ねるが、達志は深呼吸して状況を理解し、作り笑いを浮かべる。彼女は既に全ての楽譜を拾い終えていたようだ。
彼女は立ち上がり、お大事にと去って行った。達志は苦笑いを浮かべていたが、直ぐに無表情になる。
「......またか......」
達志は頷き、遠藤は眉間にしわを寄せ、険しい顔を浮かべる。
北大宮高校二年三組には最近、妙な現象が頻発している。ある時突然意識が吹っ飛び、時代劇のような映像が頭の中に流れるという現象である。しかしそれは普通の映像とは違う。たった十秒ほどの映像なのだが、におい、感触、味、音が鮮明に感じられる、まるでその場にいるような臨場感を伴うのだ。その現象は二年三組に関わる者にしか起こらないらしく、十二月に入ってから生徒の保健室利用が増えているが、そのほとんどが二年三組の生徒で、皆が同じ症状を訴えているという。しかし、保健の先生によると原因は不明らしい。
「気味悪(きみわり)いな......」
達志たちは何も考えないでおこうと、自分たちが今やるべきことをするために再び歩き出した。
――――――――――――――――――――――――
校長室では、男が椅子に座り写真を眺めている。その男とは言わずもがな、校長先生である。校長はその写真を机に置き、俯く。その時だった。
頭の中に、映像が現れる。
「......っ!!」
大きな屋敷だろうか。和室に武士が集まる軍議のような情景。目の前にいるのは、きらびやかな着物を着た男。彼はゆっくりと近づいてきて、にやりと笑みを浮かべ校長に話しかける。その時、彼の意識は途切れた。
視界が校長室に戻ると、校長は息を切らしながら、汗ばんだ手を握る。
(なんなんだ......いったい......)
先月から起こるこの現象は、彼に少しずつ〈追い打ち〉をかけている。
「失礼します。」
そこに入ってきたのは、灰色のスーツを来た一人の男だった。
「教頭先生......」
教頭は机の前に立つ。
「......校長先生、まだそんな風に落胆しておられるのですか?まさか生徒の前でその様な振舞いを見せるつもりではないでしょうな。」
鋭い声に校長はぴくりと反応する。この手の震えは、先ほどの〈現象〉のせいなのか、それとも、この男のせいなのか。
「何の用ですか教頭先生......」
教頭はふんと鼻を鳴らし、机に手を置く。
「私の用事は先ほど言ったことですよ。学校のトップというべき人がそんなことでは駄目でしょうに。要はしっかりしてもらいたいんですよ。」
そう言って教頭は校長の傍に歩み寄り、肩に手を置く。校長はびくっと反応し、固まる。
「私にとってすれば……あなたを貶めるなど簡単なことなんですから......」
「まて、それだけはやめてくれ......っ!」
教頭は校長の肩を組む。ゆっくりと彼の耳元にささやく。
「しっかりしてくださいね。こうちょうせんせい。」
教頭は不敵な笑みを浮かべながら、校長の肩をポンポンと叩き、部屋を出ていく。
俯く校長の手は、まだ微かに震えていた。
続
空を見上げると、太陽が強く照り付けている。真冬の放課後(夕方)とは思えないような明るさだった。現に太陽が真上に位置している。それに加え、先ほどまで敷地だった場所に木や草が多く不規則に生えている。
「......は?」
生徒達は訳が分からなかった。自分がどこにいるのかすら分からなくなってしまうほど、世界が変わってしまったような心地がした。
そこには、道路も、ビルも、電車も、住宅街も、周りにありふれたものが何一つとして無かった。ただ森と草原、田畑がただ広がっているだけだった。
「校長先生!!一体何がどうなってるんですか!?」
「わ......私にもわかりません!」
全員がパニックに陥る中で、ある男は狼狽え、またある男は頭をかきむしる。異変と自殺、景色の変化、急激な気温上昇、説明のつかないような出来事が立て続けに起き、理解が追いつかない。
俺もその中で、ただ茫然と、変わり果てた世界を眺めていたのだ。
なぜこんなことになってしまったのか。話はその日の朝に遡る。
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今から八時間前
一月四日 午前九時十五分
「......であるから、ここは初項a、公比rの等比数列の形に......」
何気ない日常。何気ない授業風景。県立北大宮高校二年三組、清重達志は頬杖をつき、大きな欠伸をする。
(毎日やってて、先生もよく飽きないよなぁ......)
先生は生徒に教え、生徒は先生の話を聞き、板書や先生の言葉をノートに取る。そんな光景、もう十年以上も見てきた。
窓際の席に座っている達志は、外の景色を見る。雲一つない冬晴れだ。こんな日に休みだったら、どんなに良かっただろうか。と、世間が休みであることを思い出した青年はため息をつく。
達志たちの通う北大宮高校は、進学率県内トップを誇る屈指の進学校である。受験期を迎える二年生は、毎年年明けの一月二日から、クラスごとに日替わりで授業を受けることになっている。達志たちの学年は四クラスある為、冬休み中四日に一回、朝から晩まで授業が入る。それだけでなく、補修と名を改めているから、それもそれでタチが悪い。
「じゃあ、清重。この問三の答えは?」
「え......あっ、は、はい!」
突然の指名に彼は慌てて立ち上がる。授業をさらさら聞いていなかった彼には分からない問題だった。何も言えず戸惑っていると、横の席に座っている女子生徒が、達志にそっと紙を渡す。その紙には、この問題の答えが書いてあった。
「えっと......2n+6です。」
「うむ、正解だ。座っていいぞ。」
達志はほっと一息吐くが、間髪入れることなく紙を手渡した女子が話しかけてきた。
「またぼぉっとしてたでしょ。ほんと変わってないんだから。」
「うるせ、おれは休日授業アンチなんだよ。まあ、さっきは助かった。」
彼女は「どういたしまして」と笑顔を見せるが、達志は彼女の顔を見ようとはしなかった。
彼女の名は千歳唯。クラスのマドンナ的な存在で、成績も優秀。これまでに何人もの男子に告白されているが、すべて断っているという。彼女は達志と幼稚園からの付き合いで、小さい頃はそれしか記憶が無いというほどよく一緒に遊んでいたが、この歳になると流石にそれはなくなった。こんな風に隣の席になって話すことさえ、実に中学入学頃以来なのである。
「ほんと変わってない。喋り方とか強がりなとことかさ。まぁたっくんはそのままでもいいと思うけどね。私、昔も今も変わらないたっくんが好きなの。あっ、違う!好きってそういう意味じゃなくて、あくまで幼馴染としてっていうか......」
「そんなの分かってるよ。」
達志は彼女に対してそっけない態度を取っていたが、そこまで否定され、多少悲しい気持ちになってしまったのは事実だ。しかし、彼は決してそれを表に出さなかった。
一月四日 午後零時三分
午前の授業が終わり、昼食の時間がやってくる。黒板に書いてある今日の時間割を見ると、午後からも授業がびっしり入っている。達志はこの時間割を、見る度に元気を根こそぎ持っていかれる悪魔の板書だと思うことにした。
「清重、ちょっといいか。」
昼ご飯を食べようと弁当を取り出した瞬間、後ろから男子生徒に話しかけられる。彼の名は遠藤(えんどう)公(きみ)靖(やす)。達志の親友で、彼は小学校からの幼馴染である。
「田渕先生から呼び出しだ。今すぐ来てくれとのことだ。おそらく部活のことじゃないか?」
「先生が?わかった、行ってみる......って、お前も呼ばれてんのか?」
「ああ、お前と俺の、二人だけな。」
達志と公靖は剣道部に所属しており、田渕先生は彼らの担任であるのと同時に、二人の所属する剣道部の顧問でもある。
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「まず、お前らに謝らなければならないことがある。」
職員室で出会った田渕先生の第一声がこれだ。何か重大なことなんだろうか。
「よく聞け。実はな......」
二人は唾をごくりと飲む。
「お前たちも知っているだろう。部活メンバーの半分以上が赤点を取ると、三か月部活停止になっちまうというルールを。」
「はい、知ってますけど......え?まさか......」
「そう、そのまさかなことが起きちまった。」
二人は目を丸くする。どうやら半数以上が赤点を取ってしまった様だ。
「え、ちょっ!どうするんですか!?春の大会に無練習で出場することになっちゃうじゃないですか!!」
「まぁそうだ、だがそれは学校にばれないところで活動すりゃ問題ない。」
「せんせい?」
今教師としてあるまじき言葉が聞こえたような気が
「まあ本題に入ろう。実は他に問題がもう一つある。それは、赤点を取ったほとんどの生徒が、俺の教えている教科で落としている(赤点を取った)ということだ。このままでは俺の教師としての面子が丸つぶれだ。部にも影響してしまうかもしれん。あぁ困った。非常に困った。という訳で、お前らをここに呼んだのは、清重、遠藤、お前たちに最重要任務を言い渡す為だ。」
そう言って田渕は二人を指さす。
「今からこれを持って校長室へ行け。」田渕は大きな段ボールを取り出す。中を開けるとそこにはお茶のパックが大量に入っていた。
「お前たちはこれを駆使して、校長の前で田渕先生ってめちゃくちゃ良い人だよねアピールをしてこい。」
「いやですよ。何で校長先生を接待しなくちゃいけないんですか......」
「ついでに部費も上げてきてくれっ!」
「どうして僕らに頼むんですか!そういうのは自分で言ってくださいよー!」
田渕はこれ以上言うことなく聞こうともしなかった為、二人は諦めた様に段ボールを持って、ひとまず校長室へ行くことにしたのである。
「全く、先生も扱いひでぇよな。」
「あはは......でも、良い先生だよ。」
「清重、お前将来絶対詐欺にあうタイプだな。気をつけた方がいいぞ。」
段ボールを持つ遠藤は大きなため息をつく。
北大宮高校は進学校であるのと同時に、部活でもなかなかの功績を残しており、文武両道をスローガンに掲げている。その中でも剣道部は、以前はかなりの強豪校だった。個人団体、合わせて数十回全国大会に出て、個人では三度優勝している。しかしそれは昔の話で、今や剣道部エースの清重でさえ、地方大会止まりなのだ。
〈おまえは試合になると、どうも固くなってしまうな。〉
いつかの田渕先生の言葉が頭をよぎる。清重の実力は全国に通用するレベルであることは間違いないが、試合になるとそれが思うように出せない。試合となると目の前が全く違う世界に見えてしまい、身体をうまく操作できないのだ。
(俺が父さんだったら、どんなに良かっただろうか。)
達志は妄想に浸り始めていた。
「きゃっ!」
「うぁっ!」
その時、呆けたように歩いていた清重は、曲がり角で女子生徒にぶつかる。その拍子に彼女が持っていた紙がそこらに散らばってしまった。
「清重おまえ、ぼおっと歩いてるからだぞ!いやぁすみませんねぇ、こいつたまにそういうとこある奴なんですよ。」
前を歩いていた遠藤が駆け寄り、彼女に説明する。達志にはあまり良い気がしなかったが、こちらに非があったのは事実のため、仕方なく受け入れることにした。
「......ごめん、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。」
達志は散らばった紙を見る。楽譜、どうやら彼女は吹奏楽部のようだ。
(今日も練習なのか......さすが強豪校だな。)
達志がそれらを拾おうと地に手を伸ばした。
その時だった。
身体中に寒気が走る。
突然ある映像が頭の中を流れ始めた。
辺りは火の海。鎧を着た武士のような男たちが、怒号と共に刀や槍を振り回して戦っている。
「うがぁぁあぁぁぁぁあああぁ!!!」
目の前の武士が別の武士に槍で刺される。うめき声をあげ、瞳孔が開き、びくんびくんと身体中が麻痺したように反応するが、敵が槍を抜くと膝から崩れ落ち、血しぶきが飛ぶ。草の臭い、血の生ぬるい感触が、神経の細部まで伝わってきた。
「……っっぁ!!!」
達志は屈んだまま目を見開いて固まる。身体の震えが徐々に大きくなる。遠藤はその様子を見て、まずいと彼の肩をつかんだ。
「清重......清重っ!」
達志ははっと我に返って遠藤を見る。身体は熱く、息を切らし、額から大量の汗があふれ出ていた。
「だ、大丈夫......?」
女子生徒は突然のことに驚いたのか心配するように尋ねるが、達志は深呼吸して状況を理解し、作り笑いを浮かべる。彼女は既に全ての楽譜を拾い終えていたようだ。
彼女は立ち上がり、お大事にと去って行った。達志は苦笑いを浮かべていたが、直ぐに無表情になる。
「......またか......」
達志は頷き、遠藤は眉間にしわを寄せ、険しい顔を浮かべる。
北大宮高校二年三組には最近、妙な現象が頻発している。ある時突然意識が吹っ飛び、時代劇のような映像が頭の中に流れるという現象である。しかしそれは普通の映像とは違う。たった十秒ほどの映像なのだが、におい、感触、味、音が鮮明に感じられる、まるでその場にいるような臨場感を伴うのだ。その現象は二年三組に関わる者にしか起こらないらしく、十二月に入ってから生徒の保健室利用が増えているが、そのほとんどが二年三組の生徒で、皆が同じ症状を訴えているという。しかし、保健の先生によると原因は不明らしい。
「気味悪(きみわり)いな......」
達志たちは何も考えないでおこうと、自分たちが今やるべきことをするために再び歩き出した。
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校長室では、男が椅子に座り写真を眺めている。その男とは言わずもがな、校長先生である。校長はその写真を机に置き、俯く。その時だった。
頭の中に、映像が現れる。
「......っ!!」
大きな屋敷だろうか。和室に武士が集まる軍議のような情景。目の前にいるのは、きらびやかな着物を着た男。彼はゆっくりと近づいてきて、にやりと笑みを浮かべ校長に話しかける。その時、彼の意識は途切れた。
視界が校長室に戻ると、校長は息を切らしながら、汗ばんだ手を握る。
(なんなんだ......いったい......)
先月から起こるこの現象は、彼に少しずつ〈追い打ち〉をかけている。
「失礼します。」
そこに入ってきたのは、灰色のスーツを来た一人の男だった。
「教頭先生......」
教頭は机の前に立つ。
「......校長先生、まだそんな風に落胆しておられるのですか?まさか生徒の前でその様な振舞いを見せるつもりではないでしょうな。」
鋭い声に校長はぴくりと反応する。この手の震えは、先ほどの〈現象〉のせいなのか、それとも、この男のせいなのか。
「何の用ですか教頭先生......」
教頭はふんと鼻を鳴らし、机に手を置く。
「私の用事は先ほど言ったことですよ。学校のトップというべき人がそんなことでは駄目でしょうに。要はしっかりしてもらいたいんですよ。」
そう言って教頭は校長の傍に歩み寄り、肩に手を置く。校長はびくっと反応し、固まる。
「私にとってすれば……あなたを貶めるなど簡単なことなんですから......」
「まて、それだけはやめてくれ......っ!」
教頭は校長の肩を組む。ゆっくりと彼の耳元にささやく。
「しっかりしてくださいね。こうちょうせんせい。」
教頭は不敵な笑みを浮かべながら、校長の肩をポンポンと叩き、部屋を出ていく。
俯く校長の手は、まだ微かに震えていた。
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