底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#1 マリエットホテル2504号室にて

1-3 マリエットホテル2504号室にて

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勤務初日の代打とは、災難は続くものだ。
引き出しの中にあったランドリーバッグを取り出し、直矢はフロントに電話を繋いだ。

「シミ抜きは黄色の伝票に?……えっ?そうですが……ああ、それはご丁寧にどうも」

すでに伝達が行き渡っていたのか、電話口でイベント名が出される。すぐにスーツの引き取りに伺うことと、料金はホテル側で負担をすると手短に説明があった。スマートな謝罪も添えて。そのおかげで、電話を切った時には直矢の興奮も収まっていた。
反面、青年は心配そうな顔で客の様子を伺っていた。気弱そうに垂れた目尻をますます下げ、そのせいでひどく幼く見える。

「あっ、あの……改めてお詫びを……」
「ハァ。今度は何だ?」

おずおずと差し出されたのは、くしゃくしゃの茶封筒だった。

「ク……クリーニング代です……」

走る途中で握り締めていたのか、封筒は皺だらけだ。そして、その表には『給料』と印字がある。
直矢は女絡みではクズの自覚があったが、良識人として分別は弁えているつもりだった。

「……もういい。ホテル側の負担でやってくれることになったから。
お前の仕事は終わりだ」

これで、惨状の元凶を堂々と追い出せる口実ができた。
額にかかる前髪をかき上げ、直矢はドアの方を顎でしゃくる。

「子供は帰って寝ろ」
「……っこ、子供じゃありません!!」

大人しく出ていくかと思いきや。予想に反して、青年はすかさず反論した。

「ちゃんと……っ、成人してます……!」

童顔の顔立ちにつられて、つい言ってしまったのだが癇に障ったらしい。
おどおどしているかと思えば、急にムキになる。それも、想定外のポイントで。
そもそも一日限りの代打バイトで給料も渡されたのなら、わざわざ追いかけてこなくても、逃げ出せる状況だった。
意外と肝は据わっているということだ。直矢の中で、ゼロに等しかった関心が頭を擡げる。

「なら、飲めるってことだな」
「――えっ?」

能無しの烙印を押された青年が、自分の犯したミスをどう収集つけるのかも見物だった。
解釈に驚いた青年は、瞳を瞬かせる。

「封筒は仕舞え。俺の許しを貰えるまで帰れないなら、一杯ぐらい付き合えるだろ?」

元々は、モデル級の美女としっぽり飲む予定が潰されたのだ。少なくとも、酒の相手ぐらい務まらないと困る。
直矢はドロワーの中に入っていた、ルームサービスのメニューを手渡した。有無を言わさぬ物言いに、青年はしぶしぶ承諾する。

「っ……一杯なら、構いませんが……」
「何でもいいから好きに選べ。奢ってやるから」
「えっ!?そんな……」
「遠慮はいい」

無理やり押し付けられたメニューを受け取り、青年は躊躇いがちにページを捲る。

「甘めのカクテルもあるぞ」

直矢がそう付け加えたのは、青年の容姿を改めて観察した後のことだった。
間接照明の下で浮き彫りになる、色白で中性的な顔立ち。内気そうな瞳を縁取る長い睫毛。血色の良いぽってりとした唇。ギャルソン風の制服に包まれた細身の体も、彼を西洋人形のように見せている。
辛口の蒸留酒より、果実をたっぷり使ったカクテルを好みそうな容貌だった。

「じゃ、じゃあ……一番上の……キールロワイヤルを……」

直矢は再び受話器を取り、二人分の注文を頼む。程なくして、ボーイがワゴンを押しながら客室を訪れた。デザートプレートはサービスだという。スーツを丁重に引き取ったボーイは、慇懃なお辞儀をして部屋を後にした。
そこへ、スマホの長い振動音が着信を知らせる。

「――Hello?」

ロンドン本社からの電話だった。現地は14時半。
返信の督促だと、夜でも冴えた勘が告げた。パーティー会場を出る直前から、今の今までメールを確認できていなかったのだ。

「Great. Will check amended the QBR docs ASAP. Bye now」

結果は予想通り。
協働しているプロジェクトで、資料の確認を頼まれたのだ。ウッドデスクに近づき、直矢はノートパソコンの電源を入れ直した。

「ちょっと仕事するから……適当に座って飲んでろ」

直矢はぼんやり立ったままの青年に声を掛けた。注文の品は、すでに窓際のガラステーブルに給仕されている。精巧な盛り付けのデザートプレートは、旬のフルーツとカットケーキで彩られていた。酒のチョイスから、女の連れを呼んだとでも思われたのだろうか。

「それも食べていい」
「あ……!ありがとうございます」

青年はおずおずとソファに腰を下ろし、プレートとカクテルを交互に眺めていた。
直矢はPCメガネをかけると、画面に目を向けた。添付の資料を一語一句漏らさず目を通すこと、約20分。手持ちのデータと数字を入念にチェックし、相手に内容承諾の返事を出して、カバーを閉じた。
作業中あまりに静かだったので、直矢はついもう一人の存在を忘れていたぐらいだ。

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