底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#1 マリエットホテル2504号室にて

1-5 マリエットホテル2504号室にて

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一般人には、およそ耳馴染みのない数字だろう。
青年は嘆息をつくと、胸元に手を当ててみせた。余程感心したのか、胸の高鳴りを落ち着かせようとしているらしい。

「すごい…すごいや……!本当にかっこいいなぁ……」
「……そんなに褒めても何も出ないぞ」

この生き物に尻尾が生えているとしたら、まさに今ちぎれんばかりに振っている。そんな光景が思い浮かび、直矢は目を細めた。
そんなことないとでも言いたげに、青年はぶんぶんと頭を振った。そして、きちんと居住まいを正して続ける。

「お客様は……僕が思い描く、理想の大人の男性……なんです」

途切れ途切れに紡がれるが、その口調には力強い想いを宿していた。

「知的でスマートで、仕事で結果を出してる成功者……そんな人間になりたかった」

忙しない都会に身を置く人間なら、誰しも一度は抱く野心。
美しい夢物語のはずが、それを語る青年の表情は、次第に悲しげな微笑に変わっていく。その儚げな移ろいに、直矢は魅入られていた。

「ずっとずっと憧れてて……でも現実は、全然ダメで」

心許なかった声は、とうとう途中で掠れてしまう。
そして、青年は力無く膝に乗せていた両手を、きゅっと握り締めた。

「どうしたら……お客様みたいになれますか?」

微かに震える目元には、うっすらと涙の膜が浮かんでいる。
そこには長く押し殺されてきた葛藤が溢れ、直矢の視線は釘付けになった。

「大人の……素敵な男性に……」

いじらしく火照った頬に、はらりと一滴が流れ落ちる。
直矢はその雫が零れぬよう、指先でそっと拭った。

「……知りたいのか?」
「教えて……くれますか……?」

それは、愛らしい懇願だった。
恨むべき相手のはずだったのに、潤んだ瞳が直矢の中である種の庇護欲を掻き立てた。くるくると変わる表情、そしてひたむきな態度に、今では目を離すことができなくなっている。
静かに見つめ合った後、直矢は優しく青年の肩を抱き寄せた。

「そうだな……まずは肩の力を抜くといい」

自分自身も何度も挫折を味わい、苦い教訓としていつまでも記憶から消すことができない。だから、その葛藤は理解できる。
普段なら、こんな未熟すぎる若者は突き放していたが、放っておけない何かが青年にはあった。

「がむしゃらに頑張っても、上手く結果が出ない時もあるさ。
そういう時は、思い切って遊んで……一息つくと、物事を俯瞰して見られるようになる」

唯一助言を贈るとしたら、成功を望むならしがみつくしかないということ。
そうして酸いも甘いも嚙み分けているのが、一流のビジネスマン。トップに立つ人間は概して、よく働き、よく遊ぶものだ。直矢にとって、手軽な遊びの一つがセックスだった。
本能を剥き出しにできる火遊びこそ、出世争いの休息にふさわしい遊戯はない。

「あ……遊び……ですか?」
「大人なら……遊びを知ることも必要だからね」

アルコールが手伝っているせいか。艶やかな空間が醸し出す雰囲気のせいなのか。
直矢はこの無垢な生き物に、本気で手解きをしてやりたい気分になっていた。うんと甘やかしてやりたい。その時、涙に濡れた表情はどう変わるのだろう。
恍惚とした青年の顔を覗き込み、直矢はその小作りな顎を掴んだ。

「例えば、そう……こんな風に」
「んっ……?!」

直矢は躊躇いなく、柔らかく熟れた唇に口付けた。

「!?ん……ぅ……んんっ……!」

甘酸っぱいカシスと、ほろ苦いビターチョコレートの余韻。
人工的な口紅とは程遠い、官能的な味わいだった。見た目も等しく、驚くほど柔い唇の感触は、男の神経を甘く痺れさせた。

「……気持ちイイことすると……緊張も解けるだろ?」
「あ……わかんな……んっ……」

直矢はもう一度唇を食み、丹念に味わう。
頑なに閉ざされた赤唇に、ゆっくりと舌を差し入れた。

「……口を開けて」

突然の口づけに戸惑いを見せながらも、青年は従順に従う。
半ば強引な舌を受け入れ、キスの手解きに身を委ねる。そんな様子が初々しく、男の自尊心を満たした。切なげに酸素を求めるのも、ひどく可愛らしい。

「んぅっ……むっ……はぁっ……」
「ん……鼻で息をするんだ……そう、いい子だね」

直矢は肩を抱いていた手を腰に回し、穏やかに抱擁を深める。
ちゅっ、くちゅっと、悩ましい水音が響く。たどたどしくも、キスに応えようとする証だった。

「もしかして……初めて?」
「っは……初めて……です」

唇から解放された青年は、深い息を吐いて直矢の胸に凭れかかった。
その頬は、完熟したカシスのように赤く染まっている。

「……キスも……こんなにドキドキするのも」

手慣れた女達とは違う初心な反応は、同性であるという禁忌すら忘れさせた。
困惑と期待が綯い交ぜになった瞳は、久しぶりに男の興奮を昂らせる。直矢は火照った耳元で囁いた。

「もっとイイことを教えてやろうか」

快楽に弱い体質なのか。初めて知った悦びに浸っているのか。
首筋まで赤く染めた青年は素直に頷く。
直矢は力の抜けた青年の体を横抱きにし、手前のベッドに雪崩れ込んだ。

馬乗りになった直矢は、腕時計を外してベッドサイドのテーブルに置いた。
一度男を抱いてみるのも箔がつく。そんな軽い好奇心が始まりだった。
だが、組み敷いた肉体を改めて検べると、それだけではない魅力のようなものに気付かされる。その得体の知れない何かを、暴いてみたい。そんな強い衝動に駆られたのだ。道端にひっそりと咲く花が、閉ざした花弁の下に極上の蜜を隠しているように。

「――名前は?」

直矢は片手で制服のベストをなぞり、首元のクロスタイに指先を絡めた。
パールをあしらったスナップボタンを外すと、無防備な喉元が露わになる。なだらかな隆起が遠慮がちに上下した。

「シオン‥‥…」
「可愛い名だね」

男の率直な感想に、青年はくすぐったそうに微笑む。

「お客様は……?」
「ナオヤだよ」

蝶が美しい羽を畳んで開くように、シオンは長い睫毛を瞬かせる。
そして、うっとりとした声で呟いた。

「ナオヤさん……」

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