底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#6 君のfancy

6-4 君のfancy

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翌日、西麻布の百名店で会食ランチを済ませた直矢は、その足でオフィスに戻る。
受付を抜け、役員室に向かう途中、昼休憩中の新卒社員たちのそばを通りかかった。レジャースペースの簡易バスケットゴールで、数人のアソシエイトが無邪気に遊んでいる。

「あ……お疲れ様です、高科さん!」

まだうら若い彼らは、じゃれ合いを中断して丁重な会釈をした。
悲惨極まりない限界社畜生活の中でも、尊敬の眼差しを向けられるのは悪い気がしない。

「お疲れ様。気にしないで続けてくれ」

直矢からしてみれば、見習い期間中の新米たちは可愛いひよこたちだった。
社会の波に揉まれて間もないが、勉強熱心で希望や野心に溢れている。この先に待ち受ける地獄を知らずに。

すると、直矢の元へ中堅の女性社員が駆け寄ってきた。最近は大型プロジェクトを任されるようになった優秀な彼女だが、急用であることが一目でわかる。

「戻られたばかりですみませんが……ネイサンの居場所ご存知ですか?」
「ん?今日はずっと内勤じゃなかったか?」
「はい……ですが、オフィス中探してもいらっしゃらなくて」

資料のファイルを抱えた彼女は、やや困惑した様子だった。

「至急本社側の承認が必要なんですが、メッセージも電話も応答がないんです……」

ランチタイムを過ぎても戻らないと来れば、大体の検討はつく。
直矢はファイルを引き取って、早足で元来た道を戻った。25階から1階へ再び移動するのは楽ではない。

例の店に向かうと、案の定テラス席で談笑している二人の姿が目に留まった。
休憩中のマコがエプロンを外して、美味しそうにパフェをつついている。ネイサンは一杯1,200円の紅茶を優雅に啜っていた。

「おや?ナオ、どうしたんだい。血相を変えて」
「っ……ネイト、連絡は見てないのか?」

テーブルに駆けつけた同僚に、ネイサンは労働とは無縁の気品で応じた。スマホを出したくなかったのであろう状況にも察しがつくが。

「マコとせっかくのデートだから、穏やかに過ごしたくてね。少しデジタルデトックスをしていたんだ」
「そうか。もう充分デトックスできただろう?斎藤が承認してほしいと急いでいたぞ」

直矢がファイルの表紙を指し示すと、二人の間に離れがたい空気が流れる。自分が間男にでもなった気分だった。

「ああ……残念だけど時間みたいだ。パルフェparfaitは私の奢りだから、また今夜」

ネイサンはマコの頭を撫でると、エレガントな後ろ姿で店を後にした。
オフィスへの移動中に器用に書類をチェックする。米国投資ファンドによる都内メーカーの買収案件だった。待たせていた斎藤に承認のメッセージを入れるなり、溜息を吐いた。

「アメリカ人はよくASAP至急を使うけれど、せっかちで興ざめだと思わないか」
「……君はよくこの業界で生き残ってこられたな」
「そこは、私の魅力と社交術の賜物だろう?」

職業柄、国境を超えた交渉をまとめる必要があり、外面が良く口達者な男が多い。そして、恋愛事にだらしない男も。

「そういえば、今夜もマコと会うのか?」

直矢が何気なく尋ねると、ネイサンは『ああ』と思い出したように言った。

「彼、DJが趣味らしくてね。今夜、近くのラウンジでプレーするらしいんだ。ナオと行くと言っておいたよ」
「おい……君はどうしてそう勝手に……」
「今朝からシケた顔をしていたからさ。大方、好きな子fancyにでも振られたんだね?」

さすがに本社のトップともなれば、観察眼は侮れない。
直矢がどう誤魔化そうとしても、この男の前では嘘をつけないのだろう。音信不通が三日も続けば、メールボックスを開くのも億劫だった。事故や病気をも疑ったが、SNSにアップされた子豚のぬいぐるみの写真が投稿主の無事を知らせていた。

「一つ山を越えたことだし。たまには腹を割って話そうじゃないか」

*

六本木駅から1分という好立地にある、カフェ&ミュージックバーラウンジ。
ワークラウンジを兼ね備えている話題の複合施設には、一日中来客が絶えない。至る所に設えられたグリーンや、木の温もりを感じられる内装デザインが目を惹く。
ネイサンは客席奥のブースで演奏中のDJを見つけると、情熱的に抱き締めた。オーバーサイズニットにハーフパンツという、学生らしいファッションに身を包むマコ。ヘッドホンを片手に、イコライザーを巧みに操作する姿はさながらアーティストだ。

二人はカウンターに座って、多国籍料理をつまみにカクテルグラスを傾ける。エレクトロニックなビートに合わせて揺れる尻を、ネイサンは遠目で眺めていた。

「音楽も良い趣味tasteをしているね。早くマコ自身を味わってtasteみたいよ」

果たして、同僚はどちらを正妻に据えるつもりなのか。
直矢はマティーニを呷って、スマホケースからぶら下がるキーホルダーとDJを見比べた。

「ところで、ナオの好きな子fancyってどんな子だい?」
「……まだ気になるinterested程度さ」
「へえ?」

直矢は言葉を濁したが、好奇に溢れる眼差しから逃れそうにない。

「……不器用で鈍臭いけど、目標に一生懸命な子だよ」
「なるほど。夢を持っている子は応援したくなるよね」

ネイサンは頬杖をついて、興味深そうにヘーゼルアイを細めた。

「ああ……自分の若い頃を少し思い出すんだ」

夢なんて大層なものではない。だが、がむしゃらに突き進んできただけの自負はある。
彼が垣間見せた一面が演出だとしても、直矢は無意識のうちに昔の自分を重ね合わせていた。

「ナオは銀行マンbankerだったよね?前から聞きたかったんだけど、転職した本音は何?」
「経歴に箔がつくっていうのもあるけど……周りから羨ましがられたかったのかもしれない」

身分、経歴、そして容姿も兼ね備えた男の前では、虚飾をしても無意味だ。度数の高さも手伝って、直矢は饒舌になった。

「昔の俺は何の取り柄もない、家柄も平凡な人間だった。
せっかく良い大学に入っても、周りは議員の息子なんて化け物みたいな連中ばかりで、いつもコンプレックスを抱えてたんだ」

弱さを曝け出すというのは、何と気力のいることか。
あえて目を逸らして、仕事で忙殺されることで、なんとか今日まで生きて来られたのかもしれない。

「それが嫌で、何が何でも出世したかった。
際どい営業もゴマすりも平気でやったし。それで影口を叩かれることも多かったな。それなら、うんといい会社のトップに就こうと思ってさ」
「……素晴らしい野心だ。感服したよ」

だが、真に余裕のある人間は、偏見なく受容することができるのだった。
ネイサンは最後の一口を飲み干すと、わずかに遠い眼差しになる。

「私の場合、ゆくゆくは先祖代々の家業を継ぐことになるから。経営の勉強のつもりで入社して、あっという間に18年さ」

手持ち無沙汰にオリーブの串を弄って、ネイサンは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「壮大なビジョンなんて無い。ただ、かっこいいcoolとは思ってるよ」
「……ああ、確かにかっこいいcoolよな」

打算を無くした男達は不意に笑い合った。
酔えば子供じみたワードが出るほど、本質的には高校生から成長していない。

「私達は外部の人間で敵視されることも多いけど、クライアントの事業を立て直せれば立派なヒーローだからね。
男っていう生き物はさ、結局誰かのヒーローになりたいんだ」

その言葉で、直矢は過去をすべて肯定された気がした。
温室育ちのサボり魔かと思えば、愛情と誠実さも兼ね備えた懐の深い男だった。

「君の本音も聞けたし、そろそろお開きにしようか」
「ん?もういいのか?」

ネイサンの視線の先を辿ると、マコが次のDJと交代するところだった。
君なら察してくれるだろうと言わんばかりの訴えには、承諾するしかない。

「マコはとても良い子でね。私の好きな物は、一緒に好きになりたいって言ってくれたんだ」
「へえ……それは喜ばしいことだな」

今夜は味見どころでは済まないかもしれない。
進展の速さに驚く直矢の前に、『カイト』のストラップがかざされる。昨夜見た動画のせいで、名前だけはぼんやりと覚えてしまった。

「君も早く帰って寝た方が良い。今日は一段とクマがひどいみたいだ」

演奏後の高揚に頬を染めたマコが早足で駆け寄ってくる。
ネイサンは彼を腕の中に抱き留め、振り向きざまに助言を残した。

「そんなんじゃ想い人fancyにも嫌われてしまうよ」
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