57 / 139
#14 茉莉子の苦悩
14-2 茉莉子の苦悩
しおりを挟む弟のデビュー当時から現場に通い詰めた彼女こそ、酸いも甘いも嚙み分けていた。
ある日は、血の気の多い大地ファンによる場外乱闘を制圧した。個人写真集の在庫をめぐって、櫂人後援会の派閥争いを仲裁したこともある。佑真担当の大多数を占めるホストクラブの客は情緒不安定な気質が多く、ライブハウス屋上からの飛び降りを何度か制止したものだ。ファン管理においてトラブルが無いのは温厚な性格の奏多だが、彼自身が一番深い闇を抱えていると踏んでいた。毎週末、近所の斧投げバーに通っていることを知っていたから。
弟の天賦の才能は元より、誰よりも≪SPLASH≫の潜在力と課題を知り尽くしている。
プロダンサー仕込みの多彩なパフォーマンス、抜群の作曲作詞センス、コアな層を鷲掴みにする集客力を兼ね備えた新感覚ボーイズグループ。ウォーターガンから繰り出される放水は『聖水』と重んじられ、古参勢からの崇拝は根強い。
今度の晴れ舞台には、演出家も音響監督も必要ない。彼女こそが総合プロデューサーだからだ。
「問題はやっぱり衣装よね。もっと洗練されたイメージが欲しいの」
「良いですね!どんな感じですか?」
ティーセットを片付けていた奏多が、興味ありげに顔を上げた。
今の週替わりの衣装は、櫂人後援会の奥様方から寄贈されたもの。実質的に最高位スポンサーであり、大いなる御意向には最大限添えなければいけない。しかし、アイドル史90年代の遺物のようなデザインが、何とも言えない芋臭さを醸し出していた。今時、王子様風衣装なんて2次元か2.5次元でしか見たことがない。
茉莉子は緩く巻いたロングヘアを束ねると、小気味よく手を叩いた。
「お勉強も兼ねてショッピングに行くわよ」
*
人工甘味料たっぷりのトゥンカロンは、健康志向のグリークヨーグルトへ。
ネオンカラーのストリートファッションは、気品漂うハイファッションへ。
ひしめくコンクリートは、秋風が吹き抜けるケヤキ並木へ。
たった一駅離れただけで、サイネージ広告のノイズは立ち消え、心地良い喧噪が流れる。
オフィスとマンションからほど近い青山通りは、茉莉子の通い慣れたテリトリーだ。彼女のすぐ後ろを歩いていた佑真は、セルカ棒を片手に朗らかな笑顔を溢した。
「皆で揃って出かけるの、かなり久しぶりだよね」
「本当だね。嬉しいなぁ」
と、彼女の愛弟も口元を綻ばせた。
それぞれ別の仕事を抱えながらレッスンに明け暮れる彼らが忙しいのは、今に始まったことではない。だが、待望のライブオファーが舞い込んでからというものの五人は上機嫌だ。まだファンへの正式発表が叶わず、動画撮影中もどこか落ち着きがない。
「気になるの?櫂人君」
どちらかと言うと、櫂人だけは物珍しそうな様子で、通り過ぎる雑貨屋やカフェテラスを眺めていた。高貴な身分ゆえに、大衆店には馴染みがないのか。ある店に差し掛かった時、敷地を一周囲むほど連なった行列を見つめていた。
「いえ……あまりにも長蛇の列なので。一体何の店でしょうか?」
「生ドーナツ専門店よ。日曜は特に多いわね……ちょっと待ってて」
茉莉子が連絡を一本入れると、裏口からスタッフが袋を提げて顔を出した。
作りたてのドーナツを奏多に手渡すと、純粋な感動を見せてくれた。
「さすがお姉さん。超人気店で顔パスなんて最高ですね」
「ふふ。現場の差し入れでよく利用するから、特別にね」
人気メニューの詰め合わせを前に、櫂人はなおも当惑を隠せない。名家の方針で、ドーナツそのものを禁じられてきたのではないかと訝しむほどに。
「生とは……よもや加熱されていないのか?」
「ちゃんと揚げてるけど、生みたいな食感ってこと。食べてみればわかるよ」
奏多はピスタチオ味を取り出すと、器用に半分に割って櫂人の口元に運んだ。
「!っ……もちもちして美味しい」
乙女のように頬を染めた一言に、ドッと笑いが起こる。
茉莉子は隠し撮りをしたい衝動を堪え、心のアルバムに仕舞った。甘酸っぱい恋の行方を誰にも共有できないことは、彼女の数ある苦悩の一つだった。
茉莉子の特権は生ドーナツだけではない。
これから向かう隠れ家セレクトショップでは、知人のスタイリストに掛け合って、試着室を予約してもらっているのだ。
次期CEOの仕事は早い。
五人が仲良くバターサンドを食べている間に、完璧な依頼を済ませていた。
高級住宅街にひっそりと佇むガラス張りのブティックは、モード上級者からのラブコールが絶えない。アートギャラリーを兼ね備えた空間には、上質な家具やオーガニックコスメと並んで、選び抜かれたデザイナークローズが陳列されていた。
「橘様、お待ちしておりました。
お送りいただいたムードボードを基に、お一人ずつ数パターンをご用意しております」
ドーナツに夢中だったアイドル達の間に、俄かに緊張が走る。
ローズウッドのソファに案内された茉莉子は、シャンパングラスを受け取って優雅に足を組んだ。
31
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました
大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年──
かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。
そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。
冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……?
若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。
みどりのおおかみ
BL
「強情だな」
忠頼はぽつりと呟く。
「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」
滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。
――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。
*******
雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。
やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。
身分差を越えて、二人は惹かれ合う。
けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。
※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。
※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。
https://www.pixiv.net/users/4499660
【キャラクター紹介】
●弥次郎
「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」
・十八歳。
・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。
・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。
・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。
・はねっかえりだが、本質は割と素直。
●忠頼
忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。
「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」
地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。
・二十八歳。
・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。
・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。
・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。
・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。
●南波
・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。
●源太
・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。
●五郎兵衛
・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。
●孝太郎
・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。
●庄吉
・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる